店長とお店のひみつ



 唐突に、店長が明後日の方向を見た。


「眼が……っ!?」


「伊織ちゃん、ダメよ! 拝謁の邪魔をしてはダメなの!」


 お侍さんと話していた店長が明後日の方向を見たと同時に、その瞳の色が変わったの。金色に。

 夜中に見る猫の瞳のようでもあり、爬虫類の縦長の瞳のようでもある、それ。店長の突然の変化に、あたしは声を掛けようとしたところでリエルさんに遮られた。

 着席していたお侍様とあたしを押し留めたリエルさんは席を立つと、その横で跪く。店長が顔を向けた方向に対して、だった。


「…………ここではダメだとさ。下に行こう」


 店長の瞳の変化が元に戻ると同時に発せられた一言。

 食べ放題のケーキとお茶の時間も既に終焉を迎え、あたしのお腹も八分目を越えて九分目を少々超えたところ。何よりも店長の独白の印象が強過ぎて、もう満腹と言いたいところなのよね。


 パーティーの残飯処理をしていた面子が、そのままゾロゾロと動き出す。什器や食器の片付けは後回しになるようね。

 あたしも含めて、ただ”下”と言われただけなのに行き先が分かってしまう。慣れとは恐ろしいものね。





「店長……事故死していたんですね」


「伊織ちゃんの気持ちもわからないではないけど、そういう感情はマスターに向けても無駄よ? マスターは気付いていても無視するもの。姉さんがいい例。私は早々に諦めた。エマちゃんみたいな立ち位置が理想的だわ」


 住宅部分に足を運ぶと共に、誰にでもなく呟いた独り言に、リエルさんが応えるの。別に誰に問うたわけでもなく、確認の為なのに。


 エマは店長を父親のように扱っている。でも店長は一線引いている感じがあるの。

 リエルさんはマスターと呼び、ことある毎に、何も無くともスキンシップを図ろうとする。リースさんは……ほぼ接点はないけど、店長を名前で呼ぶのよね。


「言っては何だけどね。エマちゃんよりも私や姉さんの方が、マスターとの付き合いは長いのよ。私たち姉妹が、このくらいの身長しかなかった幼い頃にマスターが保護してくれたのだもの」


「んん? でも、それっておかしくないですか? リエルさんて結構なお歳を召していらっしゃったような……」


 リエルさんは御歳百五十を超えるB……お、お姉さんだったはず。自分の腰の辺りに手を水平にやるくらいの年齢ともなれば、相応の若さであったはずよ。

 店長が見せてくれた新聞記事の日付は四捨五入でも十年前と言ったところなのに。


「取引をしたと聞いたでしょ? マスターは神様と取引をして、使徒の身体を手に入れた。でも、それをもらい過ぎだと感じたマスターは雑事を引き受けることを代償としたの。ルゥ族の%▽&+$■!*¥○§&Ю――ごめんなさい、禁則事項でこれ以上は話せないみたい」


「えぇ?」


「上級眷属には厳しい縛りがあるのよ。伊織ちゃんも含め、エマちゃんや姉さんみたいな下級眷属は縛りはぼぼ皆無で緩いんだけど。私はほら……地球人と結婚してるでしょう? マスター的にもイレギュラーの、後付けの上級眷属枠なのよね。正確にはグランドマスターが四割、マスターが五割、お侍様が一割の眷属率ね。

 伊織ちゃん場合はそう。お侍様が七割、マスターが三割ってとこよ」


 ルゥ族のヴェオやルフェイが言うから、あたしはてっきり店長の眷属なのだと思っていたけど。どうやら違うらしいわ。


「意外って顔ね。マスターは地球上、日本だと全く役に立たないわよ? 第一、この敷地外に出られないもの。その点、お侍様だと周辺の”うぶ……つちがみ?”という神様に相当するらしくて結構なお利益があるわ。家内安全・無病息災とか……。

 一度は衰退してしまったみたいだけど、最近は寄親をグランドマスターに乗り換えて勢い付いているからね」


 リエルさんの説明を聞くと、一段とブルーになるわ。

 店長に守ってもらえていると考えていたのに、実は今日初めて会ったお侍様が守護していてくれたとか……。


 移動する列の最後尾があたしとリエルさん。他の皆は続々と地下室へ向かっていた。遅れること十数秒で、あたしたちも地下室へ至った。



「敷地は先輩の聖域。ここはゲートを敷いている関係上、うちのボスの聖域と先輩の神域が重なっていて、かなり厳重になっている。上だと一定以上の神格を有する存在なら覗き放題だが、ここではそうもいかない」


「冥界の争乱を引っ掻き回したお前さんらの注目度は異常に高いからなぁ」


「……その話は止めよう。参戦していない先輩と言い争っても、どこまでも平行線だ。そんなことはよりも早く本題に入ろう」



 地下室は毎度のように真っ暗ではなかった。

 最近だと建物の中に神社があっても驚くほどではないのかもしれない。でも、居酒屋と言う名のレストランの地下に神社が、何と言っても鳥居や注連縄があるのは異様だと思うの。

 それに……店長とお侍様との間に問答あったようではあるものの、お侍様がすぐに退くことで険悪になることもなかった。そもそもここには店長の用があって来たのよ。それも店長からお侍様へのお願いという形ね。忘れちゃダメ、ゼッタイ。


 店長は階上でやっていたように、両手の掌底部分を擦り合わせる。

 そして擦り合わせた右手をお侍様へと向けると、右の掌底部分から何か出てきた。


「拵えはケビン曰くスタンダードなものらしい。俺は刀を振るう技術はなくて、その辺はよくわからん。だが、数打ちの中でも上等な出来の一本だ。一応、真打というか影打もあるにはあるが……こっちはボスが封印指定にした」


 右手から出てきた刀は時代劇でよく見るような姿。長さも一メートルはたぶんない。六、七十センチくらいかも。あたしの釘バットよりも短い。

 その後、左手から出てきたのも刀だと思う。こちらは桐ダンスのような色合いの木で柄と鞘が出来ているようね。


「――っ!!」


 あたしには理解できないけど、お侍様は店長の掌から出てきた二本の刀を見ると、ただ呆然としていた。


「まるで神刀ではないかっ!」


「こっちの白鞘は二本ある影打の一本。原則、俺とケビンに封印。先輩に奉納するのはあくまでも数打ちで、当然だが無銘となる」


「答えになっておらんぞ?」


「俺やケビンは呪詛こそ得意だが祝福や加護が苦手でね。その練習をしたのさ。そうして出来たのが、これらだ。コンセプトが決まるまでに百ほど、品質の向上と加護の研鑽に二百ほど。真打と影打は俺とケビンだけでなく、悪ノリしたマルティナも加護を重ねている。コンセプトは斬鉄剣。鉱物の剪断及び摩擦抵抗を無視、メンテナンスフリー。ただ、刀に対しての造詣のない俺はティナがどんな加護を重ねたのか知らないが」


「…………あの御方がお前さんらを放任する意味がわからぬわ。少しは自重しようと思わぬのか?」


「俺たちの自由は最初に担保されている。とはいえ自重があるからこそ、封印指定を許諾したのさ。ほら、白鞘を抜いてみろ。今を逃せば、金輪際お目に掛かれないぞ?」


 あたしには刀の良し悪しはわからない。リエルさんもエマも、オーナーもたぶん一緒だと思うの。

 だけど、店長の解説を聞いているだけで、とんでもない物だというのは理解できないなりに理解させられる。


 リエルさんが言うにはお侍様は神様のはず。その神様に対して悪魔のように囁くのは、我らが店長よ。


「よ、良いのか?」


「ここなら構わないと許しが出ている。今回に限るが」


 白い木材で出来た鞘から刀が引き抜かれた。

 真っ直ぐではない刀身には若干の反りがあるわね。だから刀なんでしょうけど。


「これはまた、ふつくしぃ」


「真打と影打の選抜基準は……俺やケビンを斬れることだ。数打ちではそうもいかない。試し斬りしてみたいだろ?」


 刀身を眺めて感動しているお侍様に、店長は追い打ちをかけた。

 自らの左前腕を差し出し、ここを斬れとでも言うように。


 耳からするりと入り込んだらしい店長の言葉に、お侍様は疑問を抱く暇もなかった様子。

 あたしたちもその行動を抑止する暇もなく、振われた刀は店長の左前腕を容易く斬り落としたの。


 あ! と、気付いた時には店長の左腕は肘の先がなかった。

 

「――しまった! ……上手く乗せられた」


 お侍様も悪魔(店長)の誘惑に気付くも、もう後の祭り。

 でも、腕を斬られたはずの店長はケロっとしたまま。


「先輩、そんな顔すんなよ。これは良い機会なんだ。こいつらに俺が血も涙も、肉も骨もないナニであるかを知ってもらう、な」


 そう言って、店長はつい先程切断されたばかりの、肘の先をこちらへと向けたの。


「俺も先輩も人間の形を模しているだけだ。元が人間だから人間に擬態することは造作もない」


 一切出血していない。それ以前に、切断面もおかしい。

 肉も骨も何もない。ただの空洞だったの。

 店長が左腕を振れば、斬り落とされたはずの左前腕が宙を舞って戻って来る。そして何もなかったかのように、あるべき場所へとくっついた。

 左の掌をグーパーと握る開くを繰り返し、違和感がないことを確認してさえいるのよ。


「……お前さんを何の抵抗もなく斬れるとなれば、儂らなど微塵に出来よう。儂には過ぎた代物よ」


「それこそ封印指定。燻る火種とも取れるがな」


「儂は何も知らぬ。何もしておらぬし、見てもおらん」


 お侍様が差し出した白鞘の刀は、店長の左掌底から体内に戻された。

 その後、店長は跪くと最初に取り出した立派な拵えの刀を両手で捧げるように持つ。そして、その姿のまま、お侍様に向き合った。


「どうぞお納めください」


「い、要らん! そんな曰くありげな刀など、要らぬわ!」


「指導してもらう対価が必要でしょう?」


「要らぬと言ったら要らぬ。少なくともこの二人は儂の信徒である! それ以前に、お前さんには返しても返しきれない恩もある」


「まあいいや。じゃあ、そういうことでお願いします」


 お侍様は店長が捧げ持つ刀を頑なに受け取ろうとはせず、痺れを切らした店長も無理に受け取らせようとはしなかったわ。

 その代わり、捧げ持っていた刀をリエルさんに向けて放り投げたのよ。


「リエルは居合術と薙刀術を習ってたよな? そのままでも、柄を伸長して長巻か薙刀に加工してもいい。好きにしろ」


「え……えぇ、でも……これ、真剣んん!?」


 出逢って以降ずっと余裕の構えを崩さなかったリエルさんがテンパっているわ。いやぁ、あたしでも真剣の刀をいきなり渡されたら同じ状況になると思うけどね。

 あたしは釘バット愛好家なので、真剣はノーセンキューと言い切るわよ!

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