ドラゴンのしっぽ刈り①


 初めてエマと会ってからまだ一週間も経ってない。あたしは一昨日に水飴と砂糖を納品に来たばかりなの。

 なので、あたしもエマも何が何だかよくわかっていない。


「今日は天気も良く、絶好の狩り日和だろ」


「……おとうさん?」


「今日こっちの天気がいいと聞いてな。ドラゴン狩りに行こうと決めた。明後日から崩れるともいう話だしさ」


 今日も普通に出勤したあたしが朝一番に申し渡されたのは「今日はガダウェル」という一言のみ。店長の命令に逆らうつもりのないあたしとしても、エマの所へ行くということしか理解できなかったのよ。


 それが、いきなりドラゴン狩りの話へと進む。

 エマの住む世界は何かとヤヴァい匂いしかしないというのに、その中でも一等ヤヴァい題材に頭から突っ込まざるを得ない状況よ!


「おとうさんだけ、行ってきなさいよね!」


「そうはいかない。リースもリエルもこっちでの狩りは経験している。最初に勅命で拾ったのはルゥ族だが、次に拾ったのはあの姉妹。その後、偶然拾ったエマとおっさんがそのままとはいかないだろ? 聞けば、おっさんもルゥ族の為に動いているとか」


「ぐぅぬぬ……。確かに、確かに叔父はルゥ族の為に評議会の株を入手したわ。だけど、その元手はエマが用意したものよ!」


「その金も元を質せば、俺のだろ?」


「……うぐぅぅ」


 店長が魔王に見える。幼気いたいけなエマを嬲る魔王の如く!

 まあ店では店長なので王様ですが……、店長はお客様を王様に見立てることが多くあり、微妙なところではある。

 「王様なんて一揆クーデターでも起これば只の人なんだぜ?」と店長はよく言うので。


 でも、この時ばかりはエマに頑張ってもらわねばならない。


「と、いうことで。二人には同伴を願いたい」


 ソッチ系のお仕事をしていた友人に聞いたことがある。同伴にはチップが支払われると! どう考えても店長の言う同伴に支払われるチップは、あたしとエマの命でしかないわ。



「エマもイオリも職工魔術師よ! イオリはまだ魔法師にも満たないけど」


 エマ、そこはもっと強く! もっと強く言い返さないと!

 店長はそういった理論の穴を強く攻め込んでくるの。


「そう、だから見せる必要がある。エマにも佐藤さんにも」


「エマはあと少しで魔導士なのに!」


「先生の言も借りりゃ、”だからこそ”だ。あの婆さん、ああ見えて武闘派だぞ?」


「おばあちゃん先生に何度もトラウマを植え付けたっていう、おとうさんの言う台詞ではないわ!」


 店長は、一体何をしたのだろうか?

 未だ見ぬ、魔法の先生に何かとんでもないことをしていそう。

 こと、戦闘に於いてなら、店長が何をしていても不思議ではない。そう、あたしは思った。


「……まあそれはさて措き。連れて行くことに変わりはない。

 職工魔術師を謳いながらもエマは普通に闘えるだろう? リエルはまだしも、リースがそれを許すはずがない。『闘えない女はあすかろんに不要!』と言い張る女だからな、あれは」


「お姉さんたちは正しくもおとうさんの眷属だから! エマとイオリはまだそこまでではないの!」


「そう、心配するな。二人とも死なせるつもりはない。わかったら準備しろ、山越えだ」



「準備できたわ!」


「……できました」


 あたしとエマが背負っているのナップサック?

 リュックを越えてバックパックよ。それも食料品が満載の!

 山を少なくともふたつは越えるのよ。歩く距離は勿論のこと、時間の経過もある。当然そうなれば、食料も必要となるの。

 あたしはあたしで普段の装備の、完全武装よ? 釘バットは当然よね。


「物資が多すぎないか? 今度、賄いで栄養食でも教えようか」


「賄いは単純でおいしい方がいいです!」


「いや、普通にうまいぞ? 止められなくなった前例は多々いる。今は常備こそしていないがリエルが早晩戻る予定だから、頻繁に造ることになると思うぞ。だから造り方を覚えていて損はない」


「あれね! 水飴でつくるオヤツ」


 おやつ? おやつと聞いて甘いものを思い浮かべるのは早計よ。

 賄いで何度も、甘くないおやつに遭遇したあたしならわかる!

 エマが水飴を使ったおやつと言っても、反論こそしない店長だけれども。絶対に甘くないおやつの類いよ。

 水飴の甘みって砂糖ほどのくどさのない、あっさりとした甘みなのよね。


「じゃ、行くわね」


 エマの指す山を見上げる。高尾山くらいの山ね。

 エベレストに登らされるわけでもなし、あのくらいの山なら丘も同然よ。


 と、考えていた自分を殴りたい。


 店長もエマも平然と歩いているけど、あたしは木の根に何度躓いたことか。

 店長が「山歩きは腿上げだと思うよ?」なんて微妙なアドバイスを寄越すも、「へぇ~」と聞き流したあたしも悪かったけどさ。歩幅ではなく、歩の高さを考えて歩けと素直に教えて欲しかったわ。



「ここで休憩ね」


 エマが宣言する。

 山頂の手前。決して山頂ではない所で休憩に入る。

 山頂では峰で休む龍や魔物の類いが居るので危険であるらしい。店長さえ居れば、何とでもなりそうだけれども。


「この陣に魔法円を敷いて薪を組み、定位置に魔石を設置。イオリ、火をちょうだい!」


「ここ? ……これでいいの?」


 発現しかできないあたしはエマに言われるがまま、用意された焚火の中心に火を灯した。すると、一瞬にして焚火が焚火になった。

 地球で焚火をするのならば、消防署に届け出て……じゃなくて! そうじゃなくて!

 くしゃくしゃにした新聞紙にライター等で火をつけてから細い枝に、そして薪や炭に火を移していくのが普通なのよ。空地の焚火に着火剤なんて使わないわ。コスパが悪いもの。でも、アルミホイルに包んだお芋を放り込んだりしていた経験が役に…………立ってないけど!


 過去の経験が少しも役に立ってないけど、あたしの発現できる火が……焚火の熱源になった。という事実は捨てがたい経験だわ。

 これであたしも、いつでもどこでも焚火ができる。放火犯じゃないわよ!


「ところで、これ何なの?」


「エマ印の即席焚火セット。おばあちゃん先生の錬金術を応用して、おとうさんが開発した売れ筋商品よ。

 元々はエマの店しか売っていなかった商品なのだけど、冒険者はいっぱい死ぬじゃない? 仲良くなったお客さんが次の日からぱったり来なくなって、それとなく訊いてみると『死んだ』の一言。だから厭になって店での小売りは辞めたの。今はルゥ族の商店に並んでいる品ね」


 即席焚火セットに興味を示した結果。単純な質問のつもりが、エマの苦渋を引き出す結果に……。そんなつもりは一切なかったのだけれども。

 エマは苦笑を浮かべながらも店長の上腕を殴っている。きっと支店を任せた店長への八つ当たりだろう。

 でも、エマの腕はあたしよりも太く逞しいのよね。現在進行形で殴られている店長も、涼しい顔で受け流しているのもどうかと……。


「芋を焚火で焼くのに何時間掛かると思ってる?」


「そのくらいの休憩は必要だわ。エマもイオリも本職ではないの!」


「そうかぁ、佐藤さんは半分本職なんだがな」


 そう、あたしはアーミルではハンターギルド所属なのだ。でも、


「あっちとこっちでは事情が違うでしょ!」


「俺が威圧している間は妙なの以外は寄って来ないと思うが……」


「その妙なのの代表が龍でしょうがっ!」


「アポカリプスを呼べば、雑多な龍も蜘蛛の子を散らすように逃げるんじゃないか?」


「お兄ちゃんを呼ぶのはナシよ!? 何もかも逃げていなくなるわ! 冒険者だけでなくて、エマやルゥ族の生活にも支障が出るの!」


 こっちは本気でヤバいと店長とエマが声を揃えて言うのだし、あたしも店長の戦闘訓練を修了した程度で大きく出たりはしないわよ。

 それにしても、エマのお兄ちゃん?


「お兄ちゃんて?」


「エマにはお兄ちゃんと妹がいるの!」


「……実の叔父もいるだろうに」


「おとうさん、うるさい! エマと出逢うまでにお父さんが育てていた龍と、エマと出逢ってから育て始めた龍がいるの」


「……血は全く繋がってないけどな」


「おとうさん、うるさい! 今はおばあちゃん先生に預けられているのね。で時々、様子を教えてもらえるの。そうそう、ヒルダが最近やっと飛べるようになったんですって!」


 ちょくちょく合いの手を入れる店長を蔑ろにしつつ、エマは嬉しそうに兄妹のことを語る。

 店長曰く、血は繋がっていないそうだけど、嬉しそうに語るその姿からは血の繋がり云々は何の障害にもなっていなさそう。随分と仲の良さそうな兄妹なのね。


「ヒルデガルドが飛ぶ? つい最近まで幼龍だったのに?」


「おとうさんがおばあちゃん先生の世界に組み込んだんでしょ? その影響よ。お兄ちゃんだって、かなり強力になったっておばあちゃん先生は言ってたわよ?」


「ん~~、二年放置した程度でそれか。様子見がてら召喚してみるか」


 口に手を当て店長は思考している。すごく絵になる光景だ。

 だが、


「だからダメだってば! 本当に冒険者は食いっぱぐれるし、エマも困るの!」


 エマは両腕を振って拒絶する態度を示す。

 あたしが考える以上にエマの兄妹の、特に兄の存在はエマ的にヤバいものらしい。世間を騒がす、程度では収まらないようね。

 どんだけイケメンなのか、興味が尽きないけど。たぶん、そういうことではない。


「ふぅむ」


 店長は虚空に右腕を突っ込んだ。

 何を!? と、思うだろうが言葉の通りよ。焚火の炎に照らされただけの空間に、店長の右腕が半ばまで埋もれている。消え去っていないというには、空間が歪んでいて腕が埋もれていると認識できているからよ。

 

「ダメだって言ってるのに!!」


「ん、噛んだな。小さな歯の感じはヒルデガルドか。アポカリプスは忙しい、のか? ならヒルデガルドだけでもおいで」


 店長の右腕が歪む空間から引き抜かれた。その腕を半ばまで呑み込んだ何かと一緒に。


「ヒルダ!」


 真っ白いトカゲ、ではない。

 背に翼の生え、がっしりとした四股を持つ、西洋の代表的なドラゴンスタイル。ドラゴンと呼ぶに相応しい、正統派ドラゴン! ただ真っ白で、赤い目がやたらと目立つけど。


「ヒルデガルド。見ない間に随分と大きくなったな」


『パパ!』


 店長の右腕を吐き出したドラゴンは、店長を”パパ”と呼んだ。エマの再現だと思えば、可愛いものね。

 実際、可愛いかといえば微妙な処ではある。何せ、大きいのよ。

 動物園でいうと象までではないものの、サイやカバくらいの大きさはたぶんある。そんな白いドラゴンを、ドラゴンの頭を抱きかかえる店長を、あたしは眺めることしかできなかった。


「ヒルダ」


『おねえちゃん。と、ごはん?』


「ごはんじゃないわ! イオリよ。あなたの妹になるわね」


 あの、エマさん?

 ごはんと間違えられたのもどうかと思うのだけど……唐突に姉ができても困るのよ、あたしは。


 あたしには実の姉がいるのよね。最近は極めてむかつく存在だけど、いるものはいるの。そこに突然、人外の姉ができても困るのだけど……。


 いえ、餌よりはずっとマシだけども!

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