い、異世界ですって(困惑)


 先程、リビングルームから地下室までの道のりはコンクリートだったはずなのに、今あたしの足元にある上り階段は木製に変わってしまっていた。真新しい木の香りがする。でも、何だろう、少し埃っぽい?


「レオ! 初心者キットをカウンターに置いて、解体場を掃除しとけ」


「エェーー、ハンターギルドに行くんじゃねえのかよ!」


「阿呆。佐藤さんがこっちの言葉を理解できるようにするための初心者キットだろうが! お前も最初そうだっただろうが」


「あっ。いや、ほら、あの、おいらはもう…………ごめんなさい。掃除してきます」


 店長にゴツゴツした手に引かれてやってきたのは、朝に出勤してきたお店とは別のお店、だと思う。何せ、あたしが今朝出勤してきた店舗はもっと広く、この二倍以上の空間があったはずだ。

 もしかすると、新居さんはお店を幾つか所有しているのかもしれない。


「佐藤さん。まずはこのペンダントを付けてもらう」


「こんな高そうなもの、戴けません!」


「いやぁ、これは制服と一緒で貸与だからね」


 一瞬、店長に口説かれたのかと勘違いして、断ってしまったけど。違ったらしい。顔が、耳まで真っ赤になってるのがわかる。とても恥ずかしい!


「後ろ髪をあげてもらえる? そのまま、大人しくしててね」


 店長は慣れた仕草でペンダントのチェーンを外すと、あたしの背後にまわった。あたしは髪の毛を纏め、背中側にまわった店長にうなじが見えるようにした。

 ちなみに、普段家でだらけている時のあたしは専らポニーテールだけど、昨日の面接や今日の出勤時は結うこともせず、髪を下ろしていた。姉が言うには、ポニーテールよりも下ろしている方が清楚そうに見えるらしい。そんな意見を参考にしていたのだけど、仕事の時はシニヨン(お団子)にしてほしいと店長は言う。


「そこそこ綺麗なペンダントだけど、盗られるといけないから服の中に入れておいて」


「はい」


 今日のあたしは店長のお下がりのツナギ姿。こんな格好に高そうなペンダントって……。馬子にも衣裳じゃなくて、豚に真珠?


「それで次はツナギの上に付けるプロテクターだ。胸当てから付けていくよ」


 胸当てって……金属でできたスポーツブラみたいの。いやぁ、ちゃんとワイヤー入り押して上げるブラをしてるんですけど! そうじゃない? うん、そうじゃないよね。

 慌てるあたしを余所に、店長は慣れた様子で胸当てを装着させてくれた後、肘当てや膝当てをひとつずつ丁寧に取り付けてくれた。


「佐藤さんは格闘技や武術は何かやって……はないね。スポーツは?」


「高校時代はサッカーをやってました。フットサルの大会に出たこともあります」


「ほぅ、スタミナは期待できそうだけど。武器はどうするかな? 定番のアレで様子を見るかな」


 えっ武器? 武器って言った今?

 店長が直接装着してくれた自身が纏う胸当て等に、改めて視線を向ける。どっからどう見ても、これ防具じゃん!


「――聞こえてたぜ。これだろ?」


「おぅ、それそれ。佐藤さんの武器は暫定でこれです。その昔、俺が作ってレオがしばらくの間使ってたモノだ。ちょっと黒ずんでいるけど、威力は保証する」


「えっと……こんなの持ち歩いてて、逮捕されたりしませんか?」


 昔のヤンキー漫画やアニメに出てくる伝説上の武器、釘バットですよ!? あたし、本物は初めて目にしたんですけど!


「これ軽いから調子が狂うようなら先端の方に鉛を巻くといいぜ。おいらも新居さんもそうやって使ってたんだ」


 橘くんはそう言って、丸められた帯状の鉛の板を見せてくれた。

 手渡された釘バットを実際に持ってみると、確かに軽く感じた。でも、その次に手渡された鉛の板は、すごく重くて落っことしそうになってしまった。

 か弱いあたしになんてもの持たせんのよ!


「ああ、手袋忘れてたわ。オープンフィンガーグローブ、両手分ね」


「これは……」


 釘バットに続き、伝説の指ぬき手袋ではありませんか!

 でもなんかアタシの中のイメージと違う。手の甲の部分にクッション材のようなものが込められている?


「ほら、早く行こうぜ!」





 お店を一歩出ると、そこはあたしが出勤時に通ったシャッター街と化した商店街の一角ではなかった。

 青空市場のようなものが広がり、アスファルト舗装だったはずの道は十センチ角の石を敷き詰めたような石畳に変化していた。

 そしてあたしたちの歩みに合わせるように、店長や橘くんに声を掛けてくる人々?


「マサトちゃんもレオくんも、久しぶりねぇ♪」


「よぅ、レオ! 今晩、呑みに行こうぜ!」


「「キャー、マサトさまぁ♡」」


 恥ずかしそうに声援から目を逸らす橘くんと、面倒くさげに適当に手を振る店長。あたし? あたしは新参だし……他人のふりよ。


「店長さんのお名前って」


「昔から正人ただひとをちゃんと読めるやつはま稀でね。同級生連中もマサトって呼ぶヤツばかりでさ。いちいち訂正するのも面倒で、そのままにしてたらニックネームとして定着したんだ。こっちでは偽名なんだけどね。佐藤さんも好きに呼んでいいよ」


「あたしは、店長ってお呼びしても構いませんか?」


「ん~でも、佐藤さんは店長候補だよね? 将来的には佐藤さんも立派な店長になってもらう予定なんだけどな」


 えっ、佐藤さん”も”?

 なんだろう、あたし何かを見落としている、かも。


「あの、それで店長。ここ、一体どこなんですか? 皆さん、日本人っぽくないと言いますか、西欧人と欧米人とかならあの商店街が池袋とか六本木界隈みたいな特殊な立地ということで納得できなくもないんですけど。あからさまに人間ぽくない方々も見受けられて……」


「正直な処、拍子抜けなんだよね。俺もレオも佐藤さんは腰を抜かすくらいびっくり仰天してくれると期待していたんだよ! そういう意味では前回の青年は良い反応をしてくれたものだ」


「佐藤ちゃん、見たまんまだぜ! 地球とは違う惑星の完全に異世界ぃ! この前、面接にきた兄ちゃんなんてもっと弾けてたぜ。気味の悪い声で笑ってたし。……あ~それと、おいらのことは親しみを込めてレオって呼んでくれよなっ」


 橘くん改めレオくん。同い年だし、レオって呼び捨てでもいいのかしら? いきなりだと馴れ馴れしいし、今しばらくは君付けが妥当かしら。


「あのがっしりとした彼はリザードマン。見たまんま直立したトカゲだから表情は分かり難いけど、性格は実直で良いやつが多い。あの少女はキャットピープル、あっちの小さな彼はあの尻尾だし、パピーじゃなくてたぶんウェアウルフだろうな。エルフは最近めっきりと姿を見せなくなった――――」


「――いよぅ、兄弟! あれから何日経ったと思ってんだ、こんちくしょうめ!」


「げぇ……ガング爺さん」


 バチン! と、すごく景気の良い音がした。店長のお尻辺りから。

 ハッとして見れば、あたしよりも背の低いけどレオくんみたいにがっちりとした筋肉を見せつけるノースリーブ姿の髭モジャが佇んでいた。いつの間に!

 レオくんは一目散に逃げだして、距離を置いた。


「随分なご挨拶だな、ガング。だが、その話は後にしろ。今は新人の引率中なんだ」


「わかってるって! 嬢ちゃん、しっかり働いてくれよ。店が開かないとオレたちゃ、酒を愉しめねえんだ。本当に頼むぜ! この通りだ」


 髭モジャお爺ちゃんはあたしに向け、土下座せんばかりの勢い。ちょっと処か、ドン引きしちゃうわよ。


「こういう連中がドワーフだな。色々な物語にあるように酒に目がない。あと、めぼしい連中は…………いたいた。おーい、シシル!」


「先生! つい先日も来訪していたと小耳に挟みました。それで、御付きの少年はいいとして、この娘は何なのですか?」


「彼女はうちの幹部候補生。期待の新人だよ」


 店長の言葉は小さな髭モジャお爺さんへの返答とは異なり、かなり大きく出たものだった。店長は平然としたものだけど、幹部候補生と評されたあたしの方が呆気に取られてしまう。でも、一応は店長候補なのだし間違ってはいない……のかしら?


「ほぅ」


「姫様よぅ。こいつぁ、数日前にも似たようなことをほざいた挙句、結局は連れてきた野郎を解雇しやがったんだぜ」


「まあそう言うな。俺は佐藤さんには特大の期待を寄せているんだ。前回野郎と同じ轍は踏まんさ。…………っと、佐藤さん紹介するね。彼女はドラゴニュートという種族のお嬢さんだ。何か困ったことがあったら彼女を頼ればいい。俺の関係者の頼みを無碍にはできまい?」


「……くっ、我が一族が断れないことをいいことに!」


 ドラゴニュートと言えば竜人だよね。でも、この人はなんて言うかドラゴンぽくない。先程、店長が解説してくれたリザードマンとの違いが非常にわかりにくい。

 ただ、顔なんか西洋人の若い女性という感じで、髪の毛なんてプラチナブロンド。こんなに輝く髪の毛なんて初めて見たわ! そういう意味で見ると、リザードマンは完全に二足歩行するイグアナだったわね。

 また、シシルさんの首筋や髪の生え際の辺りにうっすらと細かい鱗状に見える部分があったりする。あまり注視するのも悪い気がして、今のあたしは若干俯きぎみなんだけれども。


 そして店長の言葉に一瞬だけ、くっ殺さんが垣間見えたのだけど……。どうも勘違いだったらしい。厭らしい質問をした店長も、ドラゴニュートのシシルさんも互いに気にした様子はみられず、朗らかに笑顔を浮かべている。

 こ、これが社交辞令というやつかしら?

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