第17話 To be or not to be, that is the question(1)

 世間的には大型連休に入った初日、シツツメは珍しく朝から店を開けると店内の掃除に取り掛かっていた。昨日に引き続き天気は快晴で、まさに連休日和である。シツツメとしても気分が良くなるような日なので店の掃除をし、これからの来客に備えようという考えだった。

 とは言え、大型連休が始まったということは学生たちも学校が休みで、夜桜市のダンジョンに挑戦しに来る連中もいるだろう。シツツメは藤村からの連絡が無いことを祈りつつ、店の掃除を進めていた。


「すいません、シツツメさんという方はいらっしゃいますか?」


 ふいに男性の声が聞こえ、シツツメは掃除をしていた手を止めた。マスクを外し、店の入口に視線を向けて見ると、そこには一人の初老の男性が立っていた。髪は白髪が混じっているが足腰はしっかりしているようで、杖は使用していない。背中にはリュックサックを背負っており、ウォーキングの最中に見えなくもないが、どうやらシツツメに用事があるようだった。


「はい、シツツメは私ですが……何かご用件でしょうか?」


 道を尋ねるためならばわざわざ、シツツメを名指しするのは妙だ。もしかしたらデカい発注を頼まれるかも知れないと考えたシツツメは、完全に来客モードに入っている。普段、子供や夜桜高校の生徒を相手にしている時とは真逆の対応である。


「良かった、シツツメ商店はここで合っていましたね。私は御柳ミヤナギと申します。今日ここに来たのは、シツツメさんの評判を耳にしまして」

「私の評判──ですか? ということは、つまり」

「ええ。シツツメさんに依頼したいことがあるのです」


 御柳と名乗った老人が頷いたのを見て、シツツメは正直「またか」と思ってしまった。流石に配信者には見えないので、どこかの企業のお偉いさんがお忍びでやって来たというところかとシツツメは答えを出す。とは言え初老の人間を追い返す訳にはいかないので、適度に話を聞いて断ろうとシツツメは考える。


「そうですか、ではお話を伺いましょう。あー、ちなみに……依頼したいことをお聞きしてもよろしいですか?」

「はい。夜桜市のダンジョンで行方不明になっている、私の息子を見つけ出して欲しいのです」


 それを聞いたシツツメの顔つきが瞬時に変わる。休日、そして来客モードで穏やかだったシツツメの表情が鋭いものになると「こちらへどうぞ」と、テーブルと椅子が置いてある店の奥のスペースへと御柳を案内し、椅子を引いて御柳をそこに座らせる。


「ご丁寧にありがとうございます」


 頭を下げて礼を言う御柳の、テーブルを挟んで前に置いてある椅子に腰かけたシツツメは「御柳さん」と話を切り出した。


「息子さんが行方不明になったということですが、それはいつからでしょうか? 私の友人に藤村という、夜桜市のダンジョン周辺の警備などを担当している人間がいますが、その藤村からはそういった話は聞いていませんでした」


 とシツツメが御柳に聞いてみる。事実、シツツメはそんな話を藤村からは聞いていなかった。御柳はぽつりと、静かな声でこう答える。


 

「息子が行方不明になったのは、丁度一年前です。ですが、まだ生きているはずなんです。あのダンジョンの中で」


 シツツメは口の中で自分の舌を緩く噛み、どう反応したものかと考えた。ダンジョン内で一年前に行方不明になり、そこから何の音沙汰も無い。間違いなく、ダンジョン内で死んでいるだろう。だが目の前の御柳は息子が、まだダンジョン内で生きていると思っている。

 あのダンジョンで一年間も生き抜くなど、どうやっても不可能だとシツツメは断言できた。不老不死であればそれはできるだろうが、そんな人間は存在しない。恐らく正式に捜索を打ち切ったという報告をされているはずなのだが、それを認められていないのだろうか。


「御柳さん。息子さんがまだ生きているという根拠は何ですか?」

「まだ息子の遺体は見つかっていません。そういった報告も入ってはいない。だから、きっと生きています。生きて助けを求めています」

「もし仮に、息子さんが知らない間にダンジョンから脱出したとしましょう。ですがそれならば、とっくに御柳さんに会いに行っているはずです。まさかそのまま、行方をくらませたなんてことはないでしょう」

「……息子はもう生きてはいない。そう仰っているんですか?」

「そう捉えて貰って構いません。厳しい言い方になりますが、あのダンジョンで一年も生き抜くことは不可能です」


 とシツツメは御柳に忖度することなく、自分が思っていることをそのまま伝えた。御柳はシツツメの顔から視線を外すと、椅子に座る際に床に下ろしたリュックサックをテーブルの上に置いた。どさりと音がしたので、一体何が入っているのかとシツツメは疑問に思うが、その中身を御柳が見せ、シツツメの疑問は晴れた。

 リュックサックの中には無数の札束が詰め込まれていた。どう数えても、二千万円以上はある。そのリュックサックをシツツメの目の前まで、御柳は差し出した。


「まさか自慢したい訳ではないでしょう、御柳さん」

「ええ。四千万円用意しました。もしシツツメさんが私の息子を探して下さるのなら、このお金を全てシツツメさんに渡します。前金で半分などというケチなことはしません」

「こんな大金を持って歩いていたんですか……」

「大したことではありません。それにこの金はもう──」


 そう言いかけて、御柳は口を閉ざした。シツツメはそこに違和感を覚える。

 データ上で目にすることはあるだろうが、実際に現金でこれだけの札束を見ることはなかなかないだろう。しかもその現金を全て渡すというのであればぐらりときて、冷静な判断力を失っても無理はない。

 しかしシツツメは表情ひとつ変えることなく「お金を仕舞ってください、御柳さん」と言い、差し出されたリュックサックを御柳の方まで押し戻す。御柳は戻されたリュックサックとシツツメの顔を交互に見れば、「足りませんか?」と掠れた声で言った。シツツメは首を横に振り、否定する。


「そう言う問題ではなく、私はこういった報酬を一切受け取っていません。それに先ほども言いましたが、御柳さんの息子さんはもう亡くなっているはずです。遺体を回収するということであればまだ可能性はありますが、一年前となれば恐らく白骨化もしている──そうなってしまっては不可能でしょう」

「……受けては貰えないのでしょうか」

「ご期待に沿えず申し訳ありません」


 シツツメは頭を下げる。できるならば遺体だけでも見つけてやりたいが、ダンジョン内で発見した人骨を手当たり次第に回収し、それを鑑識まで回す──というやり方では、あまりにも効率が悪すぎる。御柳には諦めてもらうしかなかった。

 御柳は「そうですか」と呟けば、リュックサックのジッパーを閉めると椅子から立ち上がり、リュックサックを背負った。それを見たシツツメも椅子から立ち上がる。


「このような話をしに、突然お邪魔してしまいすいませんでした。丁寧に対応して頂き、感謝しています」

「いえ……そういえば、御柳さんは夜桜市に住む方ですか?」

「私ですか? いえ、夜桜市から車で数時間ほど離れた所から来ました。何度か立ち寄ってはいるのですけどね」

「そうですか。夜桜市は、他にも観光する場所があります。帰る前に、是非見てもらえればと思って」


 御柳は「時間があれば」小さく笑えば、シツツメにぺこりと頭を下げ、店内から出て行った。この近くの駐車場に車を停めているのだろう。シツツメは見送ろうかとも考えたがそれを止め、しばらくしてから店の掃除を再開した。

 掃除をしながら、シツツメは先ほどの初老の男性、御柳のことが頭の中にあった。話している最中にも感じていたが、あれだけの大金を何の躊躇いもなく、まるでゴミを捨てるかのような感じで差し出して来たのは、違和感しか覚えなかった。もう必要ないと思っていなければ、大金をああやって簡単に渡そうとしないだろう。


(必要ない……あれだけの大金が? 余程の金持ちなのか? いや、違うな。息子が行方不明になったから──? ……それだけじゃない)


 シツツメは持っていたモップから手を離すと、スマホをポケットから取り出して藤村の番号に電話をかけた。杞憂であれば、それが一番良い。だがもしシツツメの考えが合っていたら、連休初日から面倒なことが起こりそうだった。


(俺の予想が正しかったらあの爺さん、もう生きるつもりが無い。多分……死ぬつもりだ)

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