第15話 炎上モード(3)

「どうするもこうするも、最初から決まっている」


 シツツメはゆっくりと凛音の肩を押し、自分の顔の近くから離れさせると事も何気にこう言った。


「お前の協力者になるつもりはない。この前のように、俺の仕事を手伝ってくれるというのなら大歓迎だがな」

「……分かりませんね。シツツメさんが今置かれている状況を考えれば、私に協力するというのが賢い選択だと思いますが。意地になっているのですか?」

「まさか。意地になるも何も、今まで通り俺がすることは何も変わらないというだけだ」


 とシツツメは肩をすくめた。シツツメからすれば凛音の配信に出たことも、そこでの発言が問題になり炎上しかかっていることも、大した問題にはならないということだ。

 シツツメはSNSも利用していなければ、配信や動画などを投稿している訳でもない。ダンジョンでの人助けを続けるという点であれば、気にする必要は無いと考えているのかも知れない。だが少なからず、影響が出る可能性もある。凛音はそれを潰すことでシツツメを取り込もうと画策していたようだがそうはならず、少なからず苛立っているようにも見えた。


「ダンジョンでこれまで通り、誰かを助け続けるつもりですか? シツツメさんのそのお考えは立派だと思います。ですが、それは本当にシツツメさんのためになっているのですか? 助けた方々がシツツメさんに何かあったときに、助けてくれる訳ではないでしょう」

「前にも言っただろ。それを望んだら終わりだと」

「……シツツメさんほどの方だったら、特別な存在になることは難しくないでしょう。それをしない、そうならないのは理解に苦しみます」


 凛音は首を振り、椅子に座っているシツツメを見下ろす。凛音が感じている苛立ちは頑なに自分の協力者となろうとしないのもあるだろうが、それとは別の何かが凛音の中にあるようにも思える。シツツメもそれを感じているのか、凛音を見上げるその目には少しの疑問の色がある。


「雨宮は特別な存在になりたくて、ダンジョン攻略の配信をしているのか?」

「なりたくてではありません。ならなければいけないのです。私は──」


 シツツメの問いに凛音が何かを言いかけた。その口調にはいつもの余裕は無く、年相応の少女の姿がそこにはあった。だが凛音は言いかけた言葉を飲み込むと、今の自分を落ち着かせるように黒髪を指先で撫で、さらりと揺らす。


「……いえ、何でもありません。ですがシツツメさんが私の協力者とならないのであれば、私がこの炎上を鎮静化するのに手を貸すことはありません。私に泣きついてきても、その時はもう手遅れですよ」

「心配してくれるのか、存外優しいんだな」


 からかうようなシツツメの言葉には応えず、凛音は「失礼しました」と静かに告げて、シツツメ商店を後にした。誰もいなくなり、雨音が良く聞こえる店内でシツツメは文庫本を開くと、再び読書を始めた。少なくとも、客が来る様子は見られない。



 ◇



(私の見込み違いでしたか──シツツメさんならばと思ったのですが)


 自宅としている高級マンションの最上階、その一室で凛音はソファに脚を組んで座り、スマホの画面を眺めながらぼんやりと思う。短めにしているスカートからは凛音の太腿、そしてその先もしっかりと見えているが、自分以外に誰もいないのでそれを直そうとはしない。もしこれが学校の教室内や食堂だったら、無数の視線が集まっているだろう。配信で映ったとすれば、完全な事故になる。シツツメとはまた違った形で話題になるに違いない。


(シツツメさんがダメだとすれば、私一人であのダンジョンの攻略をするのを考えなければいけませんね。もしくは他の配信者と共同で…?)


 代案を考えながらも、凛音の頭の中にはシツツメの姿が浮かんでいた。ああまでして自分に靡かない、自分のものにならない人間は初めてだった。そうならないのは、シツツメの中に確固たる何かがあるからなのだろうか。

 そうだとしても、炎上の件をちらつかせてもまったく揺らがなかったのは凛音としては想定外だった。凛音自身も卑怯だとは思ったが、流石にシツツメは首を縦に振ると思っていた。しかしそれでも、シツツメは凛音の協力者となることを拒んで、今までと変わらずあのダンジョンでの人助けを続けることを選んだ。


(見返りも、日の目を浴びることもなく、誰かを助け続ける……それがシツツメさんにとっての特別なのでしょうか。なら、私は──)


 と凛音は考えながら、いつも利用しているSNSを開いた。様々な芸能、音楽、スポーツなど様々なジャンルの話題がひっきりなしに飛び交い、更新されている。凛音はそこでダンジョンや配信についてのトレンドを確認した。そこに並んでいるトレンドのひとつに「シツツメ」と書いてあるのを見て、凛音は思わず「え?」と声を出してしまう。炎上が考えている以上に大きくなったのかと思い、そのトレンドについて調べる。

 そこには、凛音の配信で問題になったシツツメのことを擁護するコメントがずらりと並んでいた。凛音はソファに座り直すと、食い入るようにそれに目を通す。


『俺の友達がシツツメって人に助けられたことがあるんだけど、マジで感謝してる。この人いなきゃ死んでたって言ってるし』

『うちの学校にもいるよ、この人に助けられた生徒。めっちゃイケメンだったって』

『てかボランティアでやってんだろ、シツツメって人。普通できねえって』

『凛音の配信をいきなり切れって言ったのも、何か理由があるんじゃね?』

『それな。配信見直してるけど、何か倒れてるっぽい人影が見えるし』

『それ俺も気づいた。もしかして……死体だった、とか?』

『まさかそれを映さないようにするため? じゃあ、この人悪くなくねーか?』


 勿論、シツツメに対して好意的な意見ばかりではないが──明らかに炎上しかかっていた最初とは雰囲気が違っていた。これは凛音が働きかけた訳ではない。自然に流れが変わっているのだ。

 だがそのコメントを読んでいけば、これまでにシツツメが行ってきたことが垣間見える。シツツメは助けた人間に一切の見返りを求めてはいない。

 救った人間にそれを求めれば、その行動は醜いものになる──シツツメが貫いてきたことだ。これはある意味、それが実を結んだ結果とも言える。


(まさか──シツツメはさんはこうなることが分かっていた?)


 と凛音は思い至る。そうであればシツツメのあの余裕も頷けるが、凛音は勘違いをしていた。シツツメはSNSを見てはいないので、現状など欠片も知らない。シツツメからすれば、知らない所で勝手に盛り上がっているだけだ。

 だが勘違いであれ何であれ、凛音は何か感じる所があったようだ。スマホを手に立ち上がると、自宅で定期配信をする際に使用しているパソコンが置いてある、配信用スペースに向かった。今日は配信をする予定は無かったが、これを見たからには自分からも言わなければいけないことがあると、パソコンを立ち上げながら凛音は思った。


(私にも気に入るやり方と、気に入らないやり方がありますからね)



 ◇



「はあ……何か昨日は疲れてすぐに寝ちゃったな……」


 しっかりと寝たというのに、伊月は元気無さそうな声で呟きながら生徒玄関で内履きに靴を履き替えた。シツツメにみっともない所を見せてしまったので少々会いにくいが、炎上の件もありシツツメのことは気になるという感情の板挟みに伊月は苦しんでいた。


(それに二人で何を話したんだろう。気になるけど、聞くのも何かなあ……)


 はあ、と色々な感情がこもった溜息を吐きながらも伊月は教室へと向かう。そして教室内に「おはよー」と朝の挨拶をしながら入った瞬間、琉衣が「伊月! 昨日の見たか!?」と駆け寄ってきた。


「昨日に続いてどうしたのよ、いきなり。見たかって何を?」

「見てないのかよ! 雨宮さんの配信だよ! 昨日雨宮さん、この前のダンジョン内での配信について謝罪してたぜ!」

「え? 謝罪って……?」


 訳が分からず「どういうこと?」と言う伊月に、琉衣はその配信の様子を見せた方が早いと思ったのか、スマホの画面を見せた。昨日の夕方過ぎに定期配信ではなく、突発的に凛音は配信をしていたようだった。制服姿のままなのを見れば、シツツメと二人きりで話した後にすぐ配信を行ったのだろう。

 その配信では凛音がシツツメの行方不明者の捜索に無理を言って同行したこと、いつもの気分で配信してしまった自分の考えの浅さ、そしてシツツメが配信を止めろと言ったのは、行方不明者の遺体を発見したこと──それらを説明し、今回のシツツメの件に関することは全て自分の責任にあると、真摯な様子で謝罪をしていた。SNSなどでもシツツメに対する中傷は止めるようにとコメントもしている。


「まあこの雨宮さんの配信が決め手になったのかな。SNSでもシツツメさんに対する擁護の書き込みはあったけど、この配信の後に手の平を返したようにぱったりとシツツメさんへの中傷の書き込みがなくなってさ。雨宮さんの影響力すげーよな」

「雨宮さんが……」


 と琉衣が説明を終えたタイミングで、凛音が「おはようございます」と爽やかに挨拶をしながら教室へ入って来た。クラスメイト達が昨日の配信について聞こうと凛音の周りに集まる中、凛音は伊月の前にやって来て、向かい合う。この前のこともあり、クラス中の視線が二人の美少女に注がれる。


「八雲さん、シツツメさんについてはああいった形で、私なりに責任を取らせて頂きました。不十分に思われるかも知れませんが……」

「いや、そんなこと……昨日、シツツメさんと何を話していたか気になっていたけど、あの配信について話していたのね」

「ふふ、それについては少し違いますが……そういうことにしておきましょうか」


 と凛音は小さく笑いながら、自分の席へと向かう。伊月は訝しそうにしながらも凛音が座った隣の席に腰を下ろした。伊月が机の上に鞄を置いた所で、「そういえば」と思い出したように凛音が口にする。


「どうしたの、雨宮さん」

「いえ──昨日、シツツメさんと話していた時なのですが……頬ではなく、首筋を撫でるべきだったと思いまして」

「……雨宮さん、それ聞かせてもらえる? できるだけ事細かく」

「構いませんが……八雲さん、顔怖いですよ?」


 爽やかなはずの朝の時間、シツツメの炎上が収まったかと思いきや、別の炎上が始まろうとしていた。これに関しては凛音は無自覚である。

 二人の様子を眺める周りの生徒たちは、思わず固唾を飲み込んでいた。

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