第52話 王都でのお仕事

 翌日、私達はみんなで冒険者ギルドに来ていた。


「大きいですね」


 私は首が痛くなるほど見上げる建物がこの街の冒険者ギルドであるらしい。

 赤いレンガ造りで5、6階建てのようだ。


「サフィニア行くよ」

「はい」


 クルミさんは見上げていた私を呼んで中に入る。


 私も彼女に続いて中に入ると、そこも人であふれかえっていた。


「この依頼もーらい!」

「あ! それは俺が狙ってた奴!」

「早いもん勝ちだぜ!」

「クッソ! 俺はこっちだ!」


 そのように依頼ボードの前で多くの人達が依頼の奪い合いをしていた。

 でも、そんな奪い合いもすぐに終わる。

 なぜなら、他にも依頼がこれでもあるため、すぐにもっといい依頼が見つかるからだ。


「あ、こっちの方がいいじゃねーか」

「え? まじ?」

「ああ、だからその依頼はお前にやるよ」

「クソ……ま、いいか。早いとこ仕事いかねーと」

「だな」


 そんな感じでケンカもたいして起きず、それぞれが依頼に向かう。


「あの中に行くの……です?」


 ネムちゃんはそう言って少し怖がっていた。

 ケンカはないけれど、かなり混んでいるからだと思う。


「なら、私が肩車しましょうか?」

「え? でもそれは悪いのです。わたしの荷物は重いですし」

「大丈夫です。私にとってはないのと同じですから」

「でも……」


 そう言っているネムちゃんを私は強引に肩車する。


「わわ!」

「さ、早い所いい依頼を見つけてお金を稼ぎましょう! ネムちゃんも私と一緒で早くお菓子を食べたいんでしょう⁉」

「そ、そうなのです! では今回はお言葉に甘えて!」


 私達はそれから依頼ボードの方に進み、様々な依頼を探す。


『出店でウェイトレスとして働いてほしい』

『貴族の護衛としてついて来てほしい』

『緊急でポイズンスネークの素材が必要なので狩って来てほしい』

『小麦を運ぶ荷運び人が足りないから手伝ってほしい』


 要約するとそんな事がこれでもかと書かれていて、多くの人がそれらを取ってはまた新たな冒険者が現れる。


 私達は事前に決めていた内容に近い依頼をネムちゃんが取ってくれて、それに行くことに決まった。

 その依頼は……。


「王都の中央で開かれている市に近い場所の屋台でウェイトレスのお仕事なのです!」


 他の仕事を受けなかったのには理由がある。

 護衛は貴族なんて論外でなし。

 魔物を狩って来るのはまた並んで入り直すが大変なのでなし。

 小麦を運ぶのは力仕事でネムちゃんとクルミさんがあんまり力になれないという事でなし。


 消去法でウェイトレスになったという訳だ。

 ただ、ネムちゃんが取った依頼はかなり高額だ。

 貴族の護衛ほどではないけれど、それに近いだけはあった。


 私達は早速受付に行き、それを受ける。


 お店の場所に行くと、かなりの面積を使って屋台が並んでいた。

 そこは何店舗ものお店が屋台を出しているという感じらしく、ざっと数えただけでも30以上もの屋台が並んでいる。

 私達が依頼を受けたお店は『魔女のかまど』という屋台だった。

 

「すごい人だねぇ」

「ですね。あ、でもクルミさん。あの屋台だけ人がいないみたいですよ? なんででしょう?」

「なんでだろうね? 味が微妙でもこれだけ人がいるなら普通は入るんだけど……」

「そうなんですか? なんでなんでしょうね。ちょっと行ってみます?」

「え……流石にやめておこう。これからお仕事だしさ。そこがあたし達の仕事先な訳ないだろうからね」

「そこなのです」


 私とクルミさんの言葉をネムちゃんの言葉が引きいた。


「え」

「本当……?」

「はいなのです。看板を見るとあそこが『魔女のかまど』なのですよ」

「……」

「……」


 私達が働く店は誰も人が来ない屋台だった。


 私達が依頼を受けた古びた屋台に向かうと、そこには魔女がいた。

 おとぎ話でうたわれる様な漆黒の髪をこれでもかとらし、顔すらも髪で覆っているので全く表情が見えない。

 そんな女性が1人でじっと紫色の何かが入った鍋をかき回している。


「……」

「……」

「……」

「……」

「これ……屋台だよね? なんか……沼地のあばら家とか……?」


 クルミさんの言葉に私達は頷きそうになりながらも、なんとかそれに同意することは避けた。


 ここで頷いてしまったらいけない気がしたからだ。


 ミカヅキさんはそんな私達にやれやれと言って屋台の店主の元に向かっていく。


「全く、こんなに可愛いレディーに向かってその言い方は良くないよ。初めまして、アタシはミカヅキ。ギルドで依頼を受けて来たんだ。問題ないかな?」

「あ……その……あ……あぁ……はい。よろし……く……おねいが……いします」


 店主の口から聞こえたのは、かなり高い歌声の様な声だった。

 それに、女性と言ったけれど、声から感じる年齢的に私達と同年代だろう。


「君はきれいな声をしているね。さて、それじゃあアタシ達が何をしたらいいか聞いてもいいかな?」

「あ……あの……お客……さんの……呼び込み……を……して……くだされば……」

「うん。分かったよ。でもその前にお嬢さんのお名前を聞いてもいいかな? 店主さんじゃ味気ない」


 ミカヅキさんはためらわずにぐいぐいと彼女に向かって聞いていく。


 彼女はちょっとびくびくしながらもゆっくりと答えてくれた。


「わた……わたし……は、ベラ……と申し……ます」

「そう。ベラちゃんって言うんだね。可愛い名前だ」

「あ、ありがとう……ございます」

「うん。これからお客の呼び込みをしたんだけど、それ、味見してもいい?」

「⁉」


 ミカヅキさんはそう言って紫色の何かを指さす。


「はい……どうぞ」


 ベラさんはそう言って紫色のドロリとした何かを木の器によそい、ミカヅキさんに差し出す。


 私達はじっとミカヅキさんの様子をうかがう。

 心なしか、隣の店に並んでいる他の人達もじっとミカヅキさんの様子を見ているような気がした。


 ミカヅキさんはゆっくりとスプーンで紫色の何かをすくい、口に入れる。


「ん! 美味しいよこれ!」


 ミカヅキさんは一口食べて、そう言って私達の方を振り向く。

 彼女は本当に美味しそうに笑顔でそれを食べて、私達にも食べるように言う。


「みんな! 食べてみて! これ、ピリッとしてて刺激的な味がするけれど、その奥にどこかまろやかさがあって、何杯でも食べられるんだ!」

「そ、そこまで言うのであれば……」


 ベラさんは私達の分も出してくれたので、私は意を決して食べる。


「本当だ! とっても美味しいです! 口の中にちょっと弱い電流が駆け巡って刺激してきて、キングアースシャークのトサカみたいな感じです!」

「分かるのです! でもこれは多分違う物を使っているのです! しかもこの後味の良さ……マシュマロマッシュルームを使っているのではないのです? かなり高級品で、普通だったら食べられないと思うのです!」

「これすっごくあたし好みかも! 見た目はたしかにあれだけど、すっごく美味しいよ!」


 私達がそう手放しに言うと、ベラさんはとっても嬉しそうに答えてくれる。


「あ、ありがとう……そんなに……言ってくれる……人……いなかった……から」

「こんなに美味しいのに?」

「はい……去年も……その前……も。誰も……食べて……くれなく……て。それで……そんな風に……言ってくれて……本当に嬉しい……です」


 つたなくも心に訴えかけてくるような彼女の言葉には、私だけではなく他の人達も感じるものがあったようだ。


 そして、それは当然ミカヅキさんも同じだった。


「ベラちゃん。それなら、今日は今まで体験した事がないくらい売って……ううん。みんなに食べてもらおう?」

「でも……今まで……食べて……もらえなかった……のに……」

「大丈夫。アタシ達がなんとかするから。だから……任せて!」


 ミカヅキさんの言葉に、私達は力強く頷く。


 ベラさんもそれを見て、了承してくれた。


「よろしく……お願いします」

「うん。その前に……アタシにいい考えがあるんだけど、やっていい?」


 そう言うミカヅキさんは何か企んでいるような雰囲気が、背中越しでも見えるようだった。

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