第46話 仮の市

「王都……ですか?」


 村の中ではそんな楽し気な声が聞こえてくる。

 でも、どうして今更になってそんなことが聞こえて来るのかが分からない。


「とりあえず行ってみる?」

「それがいいんじゃないかな」


 クルミさんとミカヅキさんも気になっているようで、興味津々だった。


「それでは行きましょうか。ネムちゃんもいいですか?」

「はいなのです」


 話はまとまったけれど、ラミルさんに報告をしないといけない、ということになった。

 ラミルさんの元に向かうと、大体の仕事は終わっているので行っても問題ないという事を言われる。


 それと同時に、これまでの依頼料として1人2万ゴルドももらうことができた。


「こんなに……いいんですか?」

「うん。それだけの働きをしてくれたからね。クルミ君は水やりを想像以上にやってくれたし、ミカヅキ君の働きぶりも他の棟梁とうりょうがほめていたよ。サフィニア君にいたって……うん。どうほめたらいいんだろうね? それに、ネムちゃんも多くの人から可愛がられていたよ」

「わたしのは違うと思うのですが……」

「まぁ、そんな感じで、君達の働きはとても助かったよ。この村に居ついてほしいと思うくらいさ」


 そう言ってラミルさんは肩をすくめる。


「ありがとうございます?」

「という訳で本当にありがとうね。王都に向かう商人達が道が通れる事を感謝して一種の市みたいになっている。王都ほどではないが、行ってみるといいよ」

「もう通れるんですか?」

「いや、《女神の吐息アルテミス・ブレス》なら問題ないだろうということだよ。彼女達の勇名はこの村にも届いているからね」

「なるほど、ありがとうございます」

「ああ、楽しんでくるといい」


 ラミルさんがそう言ってくれたので、私達はその市というのに行くことになった。


 市と言っても村長の家から割と近い場所で、東の門に近い辺りにある。


「らっしゃい! じょうちゃん達! 見ていきな!」

「こっちはアクセサリーがあるよ!」

「なにを、こっちの薬草は最高品質だぜ!」


 多くの人はゴザを引いていて、その前に商品を並べている。

 口で言われた通り、アクセサリーや薬草、筆記具や食器、初めて見る食材など、本当に色々な物が売られていた。


「すごいですね……ロックリーンの町でもこんなになかった様な気がします」

「だろうね。だてに王都に集まる品じゃないからね」


 クルミさんはそう言って薬草とかを品定しなさだめしている。


「クルミさんは薬草を食べるんですか?」

「食べないよ? あたしのことなんだと思ってるの?」


 クルミさんは驚いてびっくりしている。

 それからすぐに笑顔に変わった。


「これはね。ネムちゃん!」

「はいなのです?」


 クルミさんは近くでペンを見ていたネムちゃんに抱きつく。


 ネムちゃんはなんでもないことのように振り返る。


「ポーションを作ってほしいんだよね!」

「ポーション?」


 私が首をかしげると、クルミさんは嬉しそうに話す。


「だって、ネムちゃんってポーションを作ることができるんでしょ? 今までは素材がなかったり、タイミングがなかったりで言えなかったけど、ネムちゃんの作るポーションはどんなのかずっと気になってたんだよね!」

「それはもちろんいいのですよ。少し材料を見てみるのです」

「やった! あたしが稼いだ分は全部使っていいからね!」

「全部なのです⁉ 流石にそれは……と。とりあえず見てみるのです」


 ネムちゃんはクルミさんに後ろからせっつかれながら薬草を色々とみたり、店主の人と話したりしていた。


 一方でミカヅキさんはと言うと、楽しそうにアクセサリーを見ていた。


「ミカヅキさんはアクセサリーに興味があるんですか?」

「いや? アタシはないよ」

「え? そうなんですか?」

「ああ、可愛い子猫ちゃんにあげるならどれがいいかなって言うのと、包丁に入れる装飾の参考にでもなればいいかなって」

「そういうのもあるんですね」

「最高の包丁は見た目にも気を遣わなければいけないからね。お、あのアクセサリーもいい感じ。サフィニアちゃんも着ける?」


 そう言ってミカヅキさんは可愛らしい花のアクセサリーを見せてくる。


「その花って美味しいんですか?」

「君は気にするのがそこなのかい?」


 ミカヅキさんが苦笑する。


「そうですけど……変でしょうか?」

「いいや、そんなことないさ。でも、食べられる花って言うのはあるんだろうかね」

「あるのです!」


 私達の後ろで、大声で叫ぶネムちゃんがいた。


「あるんですか⁉」


 何という花だろうと思ってミカヅキさんとそちらに向かうと、ネムちゃんがクルミさんと一緒に薬草を見ている。


「ネムちゃん?」

「サフィニアさんにミカヅキさん……これを見てほしいのです!」


 そう言って、ネムちゃんは黒色に灰が振りかけられた様な色合いの薬草を見せてくる。


「これはヒュドラの毒に効く奴なのですよ! どうしてこんなのが売っているのです?」


 ネムちゃんは店主の人に詰め寄っている。


 店主の人は驚きながらもそれに答えた。


「え……いや、それはヒュドラの毒用のじゃない……ぞ?」

「本当です?」

「それはススケムリソウといって、体の不調を治すものだ。毒を治療するなんてそんなことできる訳がない思うが……」

「そう……なのです?」

「これでも薬草を取り扱っている商人だぞ? それくらい間違える訳ないだろう」


 そう言って商人はネムちゃんに告げていた。


 でも、ネムちゃんはそれに納得出来ていないらしい。


「では、少し調べたいのでこれをいただきたいのです」

「そうかい。まぁ、買ってくれるんならそれでいい」


 それからネムちゃんは調べるためにススケムリソウを買い、急いで村長の家に向かう。


「ネムちゃん⁉ あたしのポーションは⁉」

「すみません! ここの材料ではわたしは作れないので、王都に行った時に作るのです!」


 ネムちゃんはそう言って走り去ってしまった。


「あぁ……あたしのポーションが……」

「クルミさん……ポーションのアクセサリー着けます?」

「そのなぐさめ方はどうなのサフィニアさん……」


 私達はそれから食事を見たり、アクセサリーを見たりして過ごす。

 そして、お昼ごろには新しい食材を使って調理を始めた。


 場所は村長の家のキッチンを借りてだ。


「さて、今回私が作るのは……」


 今日はネムちゃんが部屋にこもってしまっている。

 だから、なにか作業をしながらできる料理がいいと思う。


「ならこれだね」


 私はザラの野菜と、日持ちがすると言われているお肉、ソーセージを使った料理を作る。

 料理……と言ってもソーセージを焼いて野菜を切って、細長いパンに挟むだけの簡単なものだけれど。

 名前はホットドックだ。


 それらを作り、クルミさんとミカヅキさんに差し出す。


「お、もうできたの?」

「いい匂いがするねぇ」


 2人はそう言って受け取って、それにかぶりついた。


「うん! 美味しい! 野菜がシャキシャキしていて、味もしっかり!」

「それにこのソーセージ! 食べた瞬間にパキっと音がして食べ応えもすごいよ!」


 2人はそう言って美味しそうに食べてくれる。


「それでは、私はこれをネムちゃんの所に届けてきますね」

「うん! よろしく!」

「連れてきてもいいよ?」

「できればなんですけどね」


 ネムちゃんと一緒に食べたいと思うけれど、今彼女は集中して取り組んでいる。


 さっき私達の部屋で一生懸命ワールドマップをめくって調べ物をしていたからだ。

 声をかけてもぶつぶつと言っていて、私達の声は届いていなかった。


「失礼しまーす」


 私はそっと部屋に入ると、ネムちゃんが先ほどと全く同じ姿勢で同じことをしていた。


 ベッドの上に座り、ワールドマップと薬草を見比べている。


 私が部屋に入った事も気付いていないようだ。


「ここに置いておきますね」


 私はそう言ってホットドックの載った皿を近くの台の上にそっと置く。


 彼女は何やら調合するようで、真剣なまなざしを浮かべていた。


「頑張ってください」


 私はそっとつぶやいてクルミさんとミカヅキさんが待つリビングに戻る。


 すると、そこにはラミルさんが来ていた。


「あ、ラミルさん」

「サフィニアちゃん」

「は、はい? なんでしょう?」

「《女神の吐息アルテミス・ブレス》が帰って来たよ」

「本当ですか⁉」


 今朝出て行ったばかりなのにもう帰ってくるとは、流石だ。

 ただ、ラミルさんの表情は浮かないものだった。

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