第26話 魔法陣の修理


 翌日、私達4人は朝からクルミさんの後を追いかけていた。

 道は結構人が多く、ぶつかってしまいそうになる。


 私は人をよけながら、依頼についてクルミさんに聞く。


「どんな依頼なんですか?」


 昨日の夜は明日の楽しみということではぐらかされてしまったからだ。


 クルミさんは楽しそうに言う。


「ふふふ、それはね。魔法陣の修理だよ! これなら安全だし、ちゃんと相手が貴族じゃないことも確認済み。あたしがちょちょっと直すだけでいいからね!」

「それなら、私達は外でしょくざ……魔物を狩って来てもいいのでは?」


 私がそう言うと、クルミさんは足を止めて振り返る。


「そんな悲しいこと言わないでよー。それに、今は外にはあんまり行かない方がいいよ」

「どうしてなんですか?」

「なんでもAランクの魔物がいるらしくって。それで危険だからって通達が出てたんだよね」

「Aランクの魔物……それって、美味しいですか?」


 今まで、戦った……というか、倒して来た魔物に関して、ランクが高い方が美味しかった気がする。

 だから、Aランクならもしかして……そう思ったのだ。


 クルミさんはとまどいながらも答えてくれる。


「え……えぇ……どうだろうね。一応、外にいる魔物はクリスタルリザード。っていう魔物で姿が見えないんだってさ。しかも、この町の周りを縄張りにしているらしくって、時々商隊も襲われてたりするんだって」

「この町の冒険者の方々は戦わないんですか?」

「今も出ているみたいだから、そのうち討伐されるんじゃないかな。だから、それが終わるまでは基本的にこの町の中でやろうね。人が多いのも逃げてきているらしいし」

「分かりました」

「さ、着いたよ」


 私達の目の前には結構大きな屋敷がある。

 クルミさんはためらいもなく屋敷の中に入っていく。


「たのもー!」


 私達は彼女に続いて入っていくと、しかめっつらをしたおじいさんが少しだけ扉を開けて顔を覗かせる。


「なんじゃ貴様らは」

「あたし達は依頼で来ましたー! 魔法陣の修理ということなんですよね? ちょちょっと修理しますよー!」


 クルミさんはテンション高めに依頼人の元にむかう。


 ムスッとしたおじいさんは表情を変えずに扉を少しだけ開いて中に招き入れてくれた。


「入れ」


 中々に気難しそうな……気がする。

 それとも寝起きでテンションが低いとかだろうか?


 私達は4人で中に入る。


「失礼しまーす!」

「失礼します」

「失礼するのです」

「お邪魔するよ」


 クルミさんとミカヅキさんは堂々と、私とネムちゃんはキョロキョロしながらおじいさんの後を追いかける。


 屋敷は年季ねんきが入っているけれど、手入れはしっかりとされていてきれいだ。

 そんな屋敷を進んでリビングに案内される。

 席に着くと、クルミさんが代表して話す。


「初めまして、あたしはクルミこっちから……」

「私はサフィニアです」

「わたしはネムなのです」

「アタシはミカヅキだ」


 皆が言い終わると、おじいさんは口を開く。


「ワシはセドリス。この町の役員をやっておる」


 ムスッとしたおじいさんはセドリスと名乗る。

 彼は髭をフサフサに生やしていて、服も仕立てのいいきれいなものだった。

 印象としてはとても厳格そうで、不用意なことを口にしたら怒られそうだ。

 さっきのムスッとした表情も変わらない。


 彼は話を続ける。


「別に仲良く話をしよう。そんなことは思っておらん。だから単刀直入に言う。地下にある部屋の扉に魔法陣が描いてある。が、ワシは魔法陣は専門外でな。それの修理を頼みたい」


 聞いていた通りの依頼だ。


 クルミさんも頷いていて、話を詰めていく。


うかがっています。それで、依頼内容に関してなんですが、本当ですか?」

「何がだ?」

「依頼料のお話です」

「ああ、当然だ。魔法陣の修理ができた場合は10万ゴルド出そう」

「10万ゴルド⁉」


 私はあまりの金額に声を上げてしまう。


 10万ゴルド……それだけあったら……一体どれだけの美味しいものが食べられるのだろうか。

 よだれがが出そうになるのを止める。


 その声にセドリスさんは私の方を見て、口を開く。


「当然だ。以前Aランク冒険者に依頼したが、魔法陣は専門外ということでできなかった。それでも依頼を出しつづけて5年。もう諦めようかと思ったが……流石にここまで来たら見てみたい」

「見てみたい? 魔法陣を修復するとどうなるか……ご存じなのですか?」


 クルミさんは少しでも情報を引き出そうと聞いた。


 セドリスさんは少しまゆを寄せて答える。


「修理を頼んでいるのは部屋を開けるための魔法陣だ。部屋を開けるにはその魔法陣を描いて開く必要がある。だが、祖父は毎回描いて開けていたが、ワシ等には決して入れないようにしていた」

「魔法陣を鍵代わりに? そんな事をしたら、魔法陣がかける人には簡単に入られてしまうのでは?」

「それについては本職の魔法陣を専門とする魔法使いを呼んで聞いてみた。祖父が描く魔法陣は普通の魔法陣を暗号にしているらしく、簡単には解けない描き方をしているのだ」

「なるほど……では、早速拝見はいけんしてもいいでしょうか?」

「構わん。ついてこい」


 そう言ってセドリスは立ち上がって部屋から出て行く。


 私達は彼についていき、地下への階段を降りる。

 そこには古ぼけた木製の扉に、白い塗料とりょうでかすれた魔法陣が描かれていた。


 クルミさんはそれを見て、セドリスさんに聞く。


「なにかセドリスさんの祖父に関する情報はありませんか? どんな人だったとか……どんな事が好きだったとか……」

「そうだな、祖父はとても厳格な人だった。いつもムスっとしたような顔をしていて、笑った記憶などないほどだ。いや? いや……なんでもない。とても厳格で、公平で…、誰よりも正しくあり続けた人だ」

「なるほど……。では、少しここで調べて見てもいいですか?」

「構わん。メイドがいるから、メイドに言って料理を作らせてもいい」

「そこまでして下さるんですか?」

「ああ、ワシも……何があるのか気になっていてな。お前達がそれを開けてくれるのであれば気にせん。では、後は任せる」


 そう言ってセドリスさんは私達に背を向けて上に上がっていく。


 私は魔法陣をじっと見つめていたクルミさんに聞く。


「クルミさん。どうですか? 分かりそうです?」

「んー正直……これは厳しいかも……。普通に魔法陣が描けるだけならできるけれど、本当に……暗号になっていて、どうやってこういうのかけるんだろ……ちょっと時間かかりそう。皆はのんびりしてて」


 クルミさんは1人でぶつぶつ言いながら魔法陣にかじりつくようにしている。


「どう……しましょうか」


 私は2人に向きなおった。


「わたし達もなにかできたらいいのですが……」

「そうだねぇ……強引に殴って開けたらダメなのかい?」


 ミカヅキさんがそう言うと、クルミさんがグリンと首を回して止めてくる。


「ダメだよ! こういう魔法陣はどんな効果かちゃんと把握しないと大変なことになるの! 壊そうとすると、爆発したり、攻撃魔法が放たれたりっていうこともあるんだからね! だからそういうのは絶対に禁止!」


 クルミさんはそれだけ言うとまた魔法陣に向きなおる。


「では、私達はどうしましょうか」

「家のお手伝いでもするのです?」

「それは……やってもいいかな」


 私達は上に戻ってセドリスさんに聞く。しかし、


「家の手伝い? メイドにやらせている。貴様らがやることは魔法陣の修理以外にない」

「はい……」


 ということでやることは特にないと言われてしまった。

 でも、セドリスさんは続ける。


「ただ、ウチのメイドも年だ。手伝いたいのならメイドに聞け。今はキッチンにいるはずだ」

「分かりました」


 私達はキッチンに行くと、確かにセドリスさんよりも年上の女性が仕事をしていた。

 立っている足は少し震えていて、少しというかだいぶ心配になる。


 私は彼女の声をかける。


「すいません。私達依頼を受けてきた冒険者なんですけど、なにかお手伝いできることはありませんか?」

「あぁ? なんだって⁉」

「お手伝いできることはありませか⁉」

「でっかいアリ? 食えねーよそんなもん!」

「お手伝いです!」

「ならこれを運んでおくれ!」


 メイドの方はそんな風に言って、私達に指示を出してくれる。

 私達は何とか彼女とやり取りをして手伝いを続けた。


 体力的には結構辛いものがあるのか、重たいものを運んだりということをできる限りやると、彼女ととても喜んでくれる。


「いやぁ! 助かるねぇ! 若い子達の力があって本当に助かるよ!」

「お気になさらず!」


 私達は彼女と仲良くなり、仕事を手伝いながら話す。


 それから半日近く経ってやっていたけれど、クルミさんはまだ終わっていないらしい。

 時々様子を見に行っているけれど、ずっと魔法陣とにらめっこをしていた。


 私はクルミさんの力になれないかと思い、休憩をしているメイドさんに聞く。


「すいません! メイドさんから見て、セドリスさんの祖父はどのような方でしたか⁉」

「とっても厳しいお方じゃったよ! でも、セドリス様に好かれようと色々と試行錯誤しておったでな!」

「なにを試行錯誤していたんですか⁉」

「そんなもん! 孫を喜ばせることといったら……言ったら……なんじゃったかな」


 そう言って思い出そうとする彼女にやきもきさせられる。

 でも、それから数十分後、根気強く聞いたら、セドリスさんの話とは違った言葉が出て来た。

 だから、私はそれをクルミさんに伝える。


「それほんと⁉」

「はい! メイドさんは確かにそうだ……と」

「待って、っていうことは……そっか……そういうことなら……こうかな⁉」


 クルミさんはなにか分かったらしく、物凄い速さで魔法陣を描き始めた。

 そして、描き始めて1分も経たないうちに、魔法陣が薄っすらと光る。


「あってるの⁉ 開くよ!」


 そして、その扉は開かれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る