第4話 新しい食材

 私はクルミさんを荷物ごとお姫様抱っこして、腕の中にいるクルミさんに安心させるように笑いかける。


 彼女が疲れているなら私が彼女を抱えて走ればいい。

 ロングホーンバイソンを持っていたのだ。

 クルミさんなんて重さにも入らないくらい軽い。


「それじゃあ行きますね。あ、口は閉じてて下さい!」


 私はクルミさんにそう言って半分くらいの力で走り出す。


「え? あ、ちょまっんんんんんんん!!!!!」

「クルミさん? どうかしました?」

「んんんんん!!!!!!」


 彼女は軽く涙を浮かべながら私にしがみついて首を振っている。


「クルミさん? どこか痛いんですか?」

「(ブンブン)」

「痛くはない……と」


 ならなんだろう?


 クルミさんが私に伝えたいこと……もしかして道が間違っている……とか?

 それとも、あ、ちょっと抱き方が緩いとか? 何かの拍子ひょうしに落ちてしまったら大変だろうか。


 そう思っていると、ちょっとした物にぶつかってしまった。


 バギィン!!!


「んんんんん!!??!!??」


 クルミさんは首を左右に振って何が起きたのかを確認しようとしている。

 だから、私は彼女に何があったのか教えた。


 教えればクルミさんも安心してくれるだろう。


「心配しなくても大丈夫ですよ。ちょっと木に当たっただけですから」

「ん!? んん、んんんんんんんんん!?」

「ええ、大丈夫です。木は折れちゃいましたけど、まぁ、いっぱいありますし大丈夫ですよ」

「んんん!!!???」

「そんなに暴れたら落ちて危ないですよ。大丈夫ですから私の腕の中でゆっくりしてて下さい」

「んーーーーー!!!!!」


 クルミさんはなにか私に伝えたそうに見ている。

 なんだろうか……ぶつかったのを教えても違った……


 そう思っていると、またしてもなにかにぶつかってしまった。


「ゴブ?」


 パン!


「ゴブウウウウウウ!!!???」


 私がぶつかったのはゴブリンだった。

 これは美味しくないし、襲ってくるし、数だけは多い本当に邪魔な魔物だ。

 ぶつかった拍子ひょうしに弾け飛んだけれど、ゴブリンなら問題ないだろう。


「あ、ゴブリンにぶつかったみたいです。っていうかここは巣とかですかね?」


 周囲には100ではきかないくらいに多くのゴブリンがいた。


「んんんんん!?」

「あ、大丈夫です。すぐに駆け抜けますから」


 私は数秒もしない間にゴブリンの巣の中を駆け抜け、グングンと先に進んでいく。


 でも、もう2回もなにかにぶつかってしまった。

 またなにかにぶつかったらクルミさんに悪い。


「あ! そういうことですか⁉」

「んん!!???」



 きっと、クルミさんは私がクルミさんの方を見て、前の方をあんまり見ていない事になにか言いたいのだろう。

 私がちゃんと前を見て進み、何にもぶつからないように気をつければきっとクルミさんも安心してくれるに違いない。


 だから、前だけ見て気をつけながら木や魔物を避けて進む。


 ポタ。


「雨?」


 私の顔に水滴すいてきが当たった。

 木々の隙間すきまから見える空は晴れ渡っているけれど、天気はいつ変わるかわからない。


「クルミさん。雨が降るかもしれないんで、ちょっと急ぎますね」

「んんんんんんんん!!!!????」


 私はクルミさんの方を見ず、進行方向だけをしっかりと見て、少しだけ速度をあげて先を急いだ。


******


 それから数時間後、私はもう少しで森が終わるという所で足を止めた。


「結局雨は降りませんでしたね。クルミさん? 大丈夫ですか⁉ クルミさん⁉」

「……」


 クルミさんは私の腕の中で真っ白になってぐったりとしていた。


「あれ……あたしはどうしてここに……。あの川……ポーションが流れてないかな……」

「クルミさん⁉ しっかりして下さい!」

「ああ、この川に入ればいいのかな……」

「このままだとやばい⁉ 急いで町にダッシュで!」

「⁉ 待って!」


 私が急いで駆け出そうとしたところで、クルミさんが目を見開いて私を真っすぐみつめている。


「クルミさん……無事で良かったです」

「う、うん。無事だからさ。降ろしてほしいなーなんて」

「降ろしてですか? 分かりました」


 私は彼女をそっと地面に降ろすけれど、彼女は小鹿の様に足をプルプルとさせて必死に座り込まないようにしている。


 やっぱり彼女は疲れていたのだろう。

 こんな足を震わせているなんて……私が彼女の助けにならないと。


「大丈夫ですか? 体調悪いんですよね? 私が抱っこしますけど……」

「だ、大丈夫。サフィニアの気持ちだけであたしは嬉しいから。だから……そうだね。ご飯にしようか。朝ごはんも食べてないもんね」

「あ、はい。食事をしてからまた抱っこしていこうかなって」


 私が彼女を心配して聞くと、クルミさんは真剣な顔で答えてくれる。


「サフィニア。その必要はないよ。あたしはもう……うん。そう。サフィニアが抱っこしてくれたからもう元気いっぱいなんだ。それに、ここからは町までも近い。だからゆっくりと話しながら行こう?」


 ただ、彼女の足は震えていたけど……。


 でも、私に心配をかけないようにそう言ってくれているのだろう。

 なら、その気持ちを無駄にしないように行動するべきだ。


「分かりました。それじゃあご飯とって来ますね」

「うん。あたしはちょっとポーション飲みたいから行ってきてもらっていい?」

「はい! 美味しいのをとってきますね!」

「うん。期待しているよ」


 私はそれから耳を澄まし、周囲にいる魔物を探す。

 そして、ラピッドラビットよりもだいぶ大きな音が聞こえた方に向かうと、大きな牙と体を持つ4足の魔物がいた。


 昨日と同じやり方で頭を吹き飛ばし、近くにいた似たようなのを2体合わせて3体狩ってクルミの元に戻る。


「クルミさん。戻ってきました」

「おかえり……ってそれファングボア? しかも3体も? 良くとれたね……」

「昨日と一緒で頭に当てれば大体は狩れますよ」

「そ、そうだね……。て、それ全部食べるの?」

「はい! この魔物はなんだが美味しそうじゃないですか⁉ 全力で調理しますから、クルミさんは待っていてください!」

「う、うん。あ、キッチンを作るね」

「お願いします」


 クルミはそう言ってキッチンを魔法で作ってくれた。

 ついでとばかりに地面には火をつけれくれたし、言えば水も出してくれるそうだ。


 私はそれを待っている間に、長年使ってきた包丁を取り出してファングボアの解体を行う。

 それから大きな肉のかたまりを見てどうしようかと悩む。


 ファングボアの肉はかなりの脂身があり、それでいて赤身も色が強く食べ応えもありそうだ。

 ただ、あんまり重たいものを作ってしまうと、今もぐったりとしているクルミさんには食べられないかもしれない。

 こういう時は……。


「よし、そうしよう」


 私は大きな鍋に水を入れてもらい、それを火にかける。

 その間に近くに生えていた野菜やキノコなどを食べやすい大きさに切っていく。

 もちろん、食べられると知っている物限定ではあるけれど。


「あ、でも実際に味がいいかどうか分からないから……」


 私は少しだけ先に肉を小さな器ででて、素材の味を確認した。


「うん。これならやっぱりそこまで味付けはいらないかな。でも、ちょっと臭いが強いから、家にあったハーブを入れよう。後は軽く整える程度に済ませて……後は煮込にこむ!」


 私は肉、火の通りにくい野菜、野菜、キノコの順番に鍋に入れていき、ひと煮立ちさせる。

 最後に人に出す前に軽く味を確かめて……。


「うん。これなら大丈夫かな! クルミさん! 出来たよ!」

「ほえ~もうできたの? でもあたしあんまり今ご飯は……」

「そんなこと言わずに、とりあえず一口食べてみてください!」


 私は木の器に鍋をよそって彼女に差し出す。


「それじゃあ一口だけ……ん! これは!?」


 最初はちょっと不安そうにしていたクルミだったけれど、野菜を食べるとその目はいつもより大きく開かれて驚いていた。


「どうですか?」

「美味しいよ⁉ すごい! ファングボアって結構臭みとかすごいのにどうやったの?」

「家で育ててたハーブを入れたんです」

「ハーブって普通高級品とかじゃないの? 大丈夫?」

「家の周辺には結構生えていましたので、適当に引っこ抜いて育ててたんです。マジックバッグにいっぱいあるので問題もないですよ」

「そうだったんだ。なら遠慮せずにもらおうかな」

「はい!」


 私はクルミさんがゆっくりとだけど、味わう様にして食べているのを見ていた。


「……サフィニアは食べないの?」

「え? あ! た、食べます! 食べますよ!」


 自分で作ったのを食べてもらうということが久しぶり過ぎてちょっと見てしまっていた。

 食事は温かい内に食べないと。


 私は自分の器の分のボア鍋に手をつける。


「ん~美味しい」


 ファングボアの味がしっかりとスープにしみ出していてとても美味しい。

 野菜なども本来の味と肉の味が合わさって、さっぱりとしているけれど色々な楽しみを感じられる。

 本命の肉はスープにうま味を出してもまだ味が強く、ハーブの香りも食欲をさそってくれる。


「うん! 美味しい!」

「だね。サフィニアはレストラン開けるよ~。これは毎日通っちゃう」

「本当ですか? ありがとうございます」


 そんなことをクルミは言ってくれて、久しぶりに楽しく会話をしながら食事をした。


「それじゃあそろそろ行こうか。町もここからだったら日が落ちるぎりぎりくらいには行けるだろうし」

「後少しなんですね」

「そうだよ。でも、1つ注意ね」

「はい?」

「サフィニア。君はいい子だ。でも、世の中はいい人ばかりじゃない。だから、相手の言うことにすぐにうんとか言っていたらダメだよ。あたしがいない時とかもあるだろうから。ちゃんと相手が言っていることを確認する。いい?」

「はい! わかりました!」

「……」


 そうして私達は準備をして、2人で草原を歩く。

 半日ほど歩いた所で、石が積み上げられた壁が見えてきた。


 町……ついに到着する。

 あの町に師匠が……。


「やっぱりあれが町なんですね! 師匠に会えるのが待ち遠しいです!」

「師匠がいるかは……聞いてみないと分からないかな。あと、町中では暴力は厳禁だからね。というか、君は強いから人前で戦ったらダメだよ? あたしと2人きりの時以外は戦わないでね?」

「人前で戦ったらダメなんですか?」

「あんまり強いと貴族がやとおうとしてきたりするからね。見つからないようにしておくのが私達の目的にはいいと思うよ」

「なるほど……あ、でも私はそんな暴力とかは振りません!」

「……うん。ソウダネ、ゴメンネ」


 それから私達は日が落ちるギリギリのタイミングで町に到着した。


 私が町の入り口で立っている人に笑いかけると、彼は槍をこちらに差し出してきた。


「貴様! 何者だ!」

「え……」


 私はいきなり槍を向けられてしまった。

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