第4話  美しい彼女

「お、おはよう、麻美!」

一瞬にして笑顔になった弘樹が振り向く。

そこに立っていたのは斜め分けの黒髪ショートヘアが良く似合う女子大生。桐岡麻美だ。

同じ西中岡大学一年。

弘樹の彼女であり人文学部所属だ。高校時代からの付き合いだ。

テニスラケットを持ち、スポーティーな装いは体育会系女子そのものであった。

にっこりと笑うと途端に顔を赤らめてやや視線を落として話す。

「今更だけどさ、イブの夜はとても楽しかった。素敵なひとときありがとう・・」

「ああ、こっちも楽しかったよ。僕たちは恋人同士なんだ。楽しまなきゃ」

二日前のイブの夜、西中岡駅北口のショッピングモールでのクリスマスムードの中。

設置されていた大型ツリーの前で二人は見つめ合い、抱き合う。そして熱いキス。

声援を送る他の客たち。他カップルも負けじと続く。この世の天国とも言える光景が繰り広げられていた。若さを存分に楽しんだ一夜だった。

その時の情景を思い出した。しばらくニヤニヤと表情が緩んでしまう。

「さ、講義に遅れないようにしてよ。私は2号館に行くからね。サークルにも早めに顔を出してね。またね」

いきなり現実に戻された。麻美も察してはいたのかちょっと照れくさそうにしていたが。

「ああ、またな。そうだ、昼食は一緒に学食でどうかな?雅敏も呼ぶよ。サークルのことも話し合いたいし」

「分かった。今日の昼は予定はないから。LIMEで連絡してね」

「また」

手を振って別れる。ああ、なんて僕は幸せなんだ。

気を取り直して政治学原論の講義がある大教室に入っていく。

なるべく熱心な所を教授に見せたい。最前列に着席する。

テニスラケットを見つめると、ああ部室においておけばよかったかな、と考えた。

家での素振りの練習も熱心にやっていたからなあ。

「もう一つ同じラケットを買うかなあ。家での素振り用に・・いかん、授業の予習だ」

ノートを広げ、テキストを読み込む。

授業が始まる前でも他の学生たちはテキストを読んだりして勉強に励んでいた。

「おはよう田中君・・ちょっとここの記述についてどう思うかな?」

他の学生らがやってきて弘樹に対して質問や疑問をぶつけた。

「そうだね、私はまず思うんだけど・・そもそも・・・・」

ちょっとした討議も行う。身振り手振りも交えて。この大学は向学心のある学生ばかりだ。

やがて齢を重ねた重鎮のような教授が教室に入ると一瞬に静寂に包まれる。

遅刻する学生などまだ見たことがない。

皆、真剣に教授の講義に聞き入り、彼の発言や黒板の文字をノートに書き写していく。

あっという間の90分であった。高校時代は50分授業であったから最初は慣れなくてきつかったもう慣れた。そして大学の講義は充実していると改めて感じた。

その後も教養の講義を受けて教室から出る。

スマホを取り出すとLIMEを雅敏や麻美に次々と送る。

「昼食は学食でとりたいから集まろう」

快諾の返信が即、鳴り響いた。

その直後、

「お兄ちゃん!キャンパスライフをエンジョイしてる?イエーイ!」

と妹の春奈からも来た。苦笑いするしかなかったが。


最近の大学の学食はお洒落化が進んでいる。

カフェテリアや高級ランチを出すレストランのような雰囲気を醸し出している。

ここ西中岡大学も同様だ。数年前に学食を改装したらしい。

学食に一足先に着いたと思ったら、同時に雅敏と麻美が着て合流。早速注文して四人掛けテーブルに運ぶ。

「あれ、弘樹君はもり蕎麦か。好きだねえ。もうすぐ大晦日だから食べられるのに」

「まあ僕の好物だからね。もり、かけ、きつね、たぬき・・ローテーションに迷う」

「そういう雅敏君もカレーと丼ものが多いわ。ま、私も人の事言えないけどw」

「麻美ちゃんはこの前もうどんだったね。皆好みが丸わかりだねw」

「僕たちは一応アスリートなんだけどね。食の偏りは良くないw」

「ははは!」

食べ物談議に花が咲く。弘樹は蕎麦をはじめ麺類が好きだった。なぜかは自分には分からない。前世というものがあれば前世の私も麺類が好きだったのだろうか。

ふと、そんな思いが頭をよぎった。前世??まさか・・・ね。

「ちょっと一緒にいいかな?」

もり蕎麦の膳を持った一人の男子学生が声をかけてくる。

「木原先輩!こんにちわ!どうぞ!」

三人は一斉に食事の手を止めて一斉に起立せんとする。

さすが体育会系の気質が備わっているだけある。

「いやいや、そんなにかしこまらなくても。座って座って・・」

「はい」

空いた席に着席した先輩。木原孝二。政経学部地域政治学科二年。通称チセイ所属だ。秀才的な風貌が落ち着きを感じさせる。

「さて我々、『指導ソフトテニス部』なんだけど今後の活動予定について・・・」

「はい、丁度集まったことだし、話し合っておこうかと」

「うむ、そろそろ指導する高校生や中学生のカリキュラムを作成しておかないと」

四人は「指導ソフトテニス部」というサークルに属している。

木原は来年度は部長になると囁かれている。

大学の看板を背負うガチガチの体育会系の部でもなく。

軽いノリのテニサーでもなく。

地域の高校生や中学生にソフトテニスを指導したり家庭教師を受け持ったりという地域連携のれっきとした大学公認のサークルだ。ちょっとした部室も与えられている。

「ありがとうございました」

「食事の手を止めて悪かったな。また今日が今年最後のサークル活動だ。今日は年末でもあり手短に終わらせたいとのことだ。この後の予定のある者もいるし。私もだ」

「お気づかい感謝します」

一同礼をして見送る。

「ちょっと田中君、いいかな?」

「はい、木原先輩」

他の二人とは少し離れたところで立ち話をする。

「サークルの後、街づくり市民会議と懇親会は一緒に出席できるよね。期待しているぞ。

 『西中岡街づくり研究会』の会長としてな」

「はい!お任せください」

「一緒に会場の市民文化センターに行こう。予定としては・・」

年末だというのになんて忙しいのだろう。

年末だからか。

そしてなんて充実しているのだろう。














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