第3話 報復
その朝義の翌日、
「小宇よ、聞いたぞ。遂に徐宰輔まで敵にまわしたそうじゃないか。なぜそんなことになったんだ。目立たず、騒がずがお前のやり方だろう」
話好きの
「師叔、私も出来ればそうしたかったのですが。どこからその話を?」
宇軒はため息をつきつつ尋ねた。
「噂話になっているぞ。高一派を蹴落とそうとした徐宰輔をお前が邪魔したとな。医学的なことならば、お前がそこで騒がずとも、いずれ太医から真相の説明があっただろう。どうしてお前がしゃしゃり出る必要があった?」
白右副都御史が眉を顰めて宇軒に問う。
「そこまでご存知なのですね。ただ、知っていることを口にしなかったが為に、不利益を被る方がいるのは忍びないと思ったのです。ましてや、宮中では何が起こるか分からない。真相を明らかにするのは、早い方がいい」
宮中では誰がいつどのように陥れられて、どんな目に遭うか分からない。
「だからといってお前が明らかにする必要はなかろう。高指揮使とは知り合いか?」
白右副都御史が不思議そうに首を傾げる。
「いえ、昨日初めてお会いしました」
宇軒は首を横に振る。
「では、なぜ高一派を庇うような真似を?」
なぜ、そんな馬鹿な真似を?そう言いたげな師叔に宇軒は問い返した。
「高一派を庇ったつもりはありませんが。師叔、徐宰輔について職務上知り得たことはありますか?」
「まぁ、噂程度には色々と。相手の官位が高すぎて、迂闊に手出しできないが。下手をすればこちらが消されてしまう」
怖い、怖い。白右副都御史が己の身を擦る。
「それでは、高指揮使については?」
宇軒はそんな師叔を見て、更に問うた。
「高指揮使について?……言われてみれば、『泣く子も黙る錦衣衛』としか聞いたことがないな」
暫く考えた白右副都御史がそう返す。
「『恐怖の捕縛』、『鬼の尋問』とは私も聞いたことがあります。ただ、弾劾すべきような噂を聞いたことは一度もないのです。この仕事をしているとそんな官吏はめったにいないことがよく分かります。そんな方が蹴落とされるのを黙って見ていろと?はっきり申し上げて、気に食わないのです」
宇軒は白右副都御史を正面から見て、はっきりと言った。
「そのような理由で……。後の祭りなので仕方あるまいが、徐宰輔の報復に気をつけるのだぞ」
白右副都御史が呆れたように、しかし心配を顕にそう言う。
「やはりあると思われますか?」
困ったように眉を下げる宇軒を見て、白右副都御史は苦い顔をした。
「あるだろう」
宇軒はあきれ半分、ため息をついた。
「遠くを飛んでいた羽虫が、たまたま近くを通りがかっただけで……。分かりました。ご忠告ありがとうございます」
それからは、怒涛の日々だった。賭博場に入り浸っているという根も葉もない噂を立てられ、入り浸っているのはその二軒先の菓子屋だと白状させられたり。(あやうく菓子屋の看板娘に淡い恋心を抱いていることまで白状させられそうになった)
帰宅途中強盗に遭遇し、撲殺されそうになったところを通りがかった錦衣衛に助けられたり。(打ち身で済んだ)
挙げ句の果ては、兵部の事件で武器の横流しを手伝わされていた鍛冶屋の下男の減刑に関する嘆願書を逆手に取られ、職権の逸脱であると二官位降格の上、華南の端に左遷された。
錦衣衛に命を救われたあたりから、本格的に徐宰輔が羽虫を取り除こうとしていることには気づいた。と、同時に錦衣衛がそれを阻止しようとしていることも。
宇軒は下男の減刑だけは成し遂げたが、左遷は免れることが出来なかったため、ほとぼりが冷めるまで地方で都察院の仕事をすることにした。
華南での生活は平和だった。徐宰輔も遠くに行った羽虫には興味がなくなったらしい。四月後、都察院の本分を全うした宇軒は県令の横領を暴き、県令が所有する畑から約一年分の国費にあたる金を押収した。
その報せを受けた皇帝は、県令の悪事に大いに憤慨したが、宇軒の働きには喜び彼を左副都御史の地位に呼び戻した。
まさか、呼び戻されて日も経たない内にこんなことになるとは。胡督公と高指揮使は、この件を指揮したとしても、実際の調査は自分のような下官が行うことになるだろう。
とはいえ、謀反に関わること、限られた者にしか知られてはならないことだ。とすると、実際に調査に当たるのは東廠、錦衣衛の実務上の各次官だろうか?
その時はこんなことになろうとは、思わなかったのだ。
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