克服


山田との1件があってから数日後、僕は家でギターに対するトラウマがやっと解消され、触れるくらいになっていた。


 久しぶりに少し弾いてみるかと思ったが1弦が切れてしまっていることを思い出し、バスに乗って少し都会の方まで出ることにした。

 楽器店の店員さんにギターを出すと1時間ほどで出来ますと言われたので少し周りで時間を潰すことにした。


 さすがに都会の辺りまで出ると実家の周りのような木造建築も無くなり、コンクリート造りの家やマンションが多くなってくる。

 楽器店に戻り、数分ほど中を散策しているとギターの修理が終わったという連絡が携帯に届いたので、受け取りを済ませる。


 そのまま家に戻ると、僕はギターをアンプに接続し、久しぶりに音を鳴らしてみる。

 1弦、2弦、3弦と少しずつピックで弦を弾いていく。

 久しぶりに鳴らすギターの音はどこか透き通っていて気持ちが良かった。

 気づけば僕は色々な曲のベースパートを弾いていた。


 バンドのみんなと初めて演奏したオリジナル曲の『ラストサマースカイ』、1度は僕を挫折させた『エピック・キャンパス』。

 いつも聞いているアーティストの曲をギターアレンジして弾いてみたりと気づけばもうすっかり日は落ちて夜になっていた。


 明日は久しぶりにバンドメンバーのみんなと曲練習をする日で夜更かしをする訳にもいかないので、夕飯を食べたあとはすぐにお風呂に入り、明日に備えて寝ることにした。

 翌朝、僕は村役場の集合している小ホールへ1番に到着し、ギターにアンプなどを接続させていた。


 小ホールには明梨の使っているドラムなどが組み立てられた状態で置かれている。

「明梨のやつ、スティック1本折っちゃったのかよ……。これで何本目だ?」

 明梨は昔から気合を入れて演奏しすぎるとスティックが折れてしまうことがあり、最初は部費で買っていたのだが経費が嵩むため、いつの間にか自腹にさせられていた。


 しばらくギターをチューニングがてら鳴らしていると小ホールに奏が入ってくる。


「おはよう、吉人。早いね。」

 奏は珍しくロングヘアを結んでポニーテールにしていて、いつもよりも少しクールな感じになっている。


「おはよう。そういう奏も早いじゃん、2番のりだよ?」

 僕は奏に返事をしながら残りのチューニングを済ませてしまう。


「お、チューニング終わった?ならさ、昔2人で作った曲やらない?」

 奏はマイクのセッティングをしながら提案をしてくる。

「昔作った曲って……小学校の頃に作った『アオナツ』のこと?」


 アオナツはその頃に流行っていたアオハルという単語を文字って作ったもので、夏の思い出などを詰め込んだ曲になっている。

「そうそう!1人で弾けてもボーカルと合わせたらズレるってこともよくある事だし、リハビリ程度にやってみようよ!」


 ゆっくりとしたギターソロから始まり、奏のボーカルが入る。

 奏のボーカルに合わせて弾こうとするして少しだけズレているが、久しぶりにしては上手くいっている方だろうと自分に言い聞かせる。


 ゆったりとして静かなAメロが終わり、サビに入ると一気に音圧のあるメロディーになる。

 サビが終わり、またゆったりとした静かなBメロに変わっていき、曲が終わる。


「いやー、やっぱり久しぶりだと大変でしょ?でも、久しぶりにしてはよく出来てたし、何よりすっごく楽しかった!」


 奏は額の汗を手で拭いながら、いつもよりも元気に話しているような気がした。

 「頑張って奏に合わせようとしてたけど流石にキツかった……。あと少ししか時間が無いのにいけるかなぁ。」


 「大丈夫、吉人ならいけるよ!」

 その後、お互いそれぞれの準備をしている間に残りのメンバーも集まったので当日の打ち合わせをする事になった。


 「やっぱりここのメロディーはこうして……。」

 「いや、ここはこうした方がいいと思うっすよ!」

 お互いにさまざまな意見を出し合って決まったのは曲はアンコールも含めて3曲で、一曲は事前に作ってあった新曲を出す。


 ギターは2本で演奏するので少し譜面の書き換えもしなくてはならないようでそれをあと1週間とちょっとで詰めるのは結構ハードなスケジュールだ。


 「多分、このスケジュールは相当ハードだと思うけど、みんな一緒に頑張ってくれる?」

 奏は全員の顔を見渡しながら質問をし、全員が頷いたのを確認してからもう一言付け足した。


 「いつものあの言葉、言わせて欲しいんだ。」

 奏は大きく息を吸ってから「最高のライブにしよう!」と普段より大きな声で言う。


 おー!と全員の声が小ホールに響き渡る。

 愛宕祭まであと1週間と数日。

 久しぶりのギターの演奏ができることにワクワクしている自分がいた。


 アオナツはまだ始まったばかりだ。

 

 

 

 

 

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