第23話:流石のあたしも怒りました!


 ラルクとリーシャが階下で大暴れしている最中――客室のベッドに寝かされていたディアが目を覚ました。


「んー」


 ディアが億劫そうにベッドから半身を起こす。


「……あ……れ? ここは……?」


 すっかり酔いはさめてしまったが、現状把握ができない。


「あたし、なんか変な水を飲んで……」


 なんて記憶を辿っていると、扉が開いた。


「ふふふ……目が覚めたようだね、ディアちゃん」


 そんな言葉と共に入ってきたのはマリウスだった。


「あ、マリウス……さん」


 それを見てディア困惑する。

 なぜマリウスがいて、ラルク達がいないのか。


「君が酔い潰れていたのをたまたま見掛けて僕が館へと連れ帰ったのさ」

「え、ああそうなんですか……ありがとうございます。それでラルクさん達は?」


 ディアが愛想笑いを浮かべそう聞くも、マリウスは笑顔のまま無言で近付いてくる。


「えっと?」


 なぜか本能的に、何かされると察知したディアが身構える。


「あいつらなら、帰ったよ」


 マリウスがあと一歩の位置まで近付いて、そうディアへと告げた。


「……はい?」

「君を僕の妻にすると言ったら、快く受け入れてくれたよ」

「……」


 無言のままのディアを見て、マリウスがさらに言葉を畳みかけた。


「嘘じゃない。現にあの男はいないじゃないか」

「ラルクさんは、そんな人じゃない」


 ディアがマリウスを見つめて、そう言い切った。

 そんなわけがない。そう強く思いながら


「君はあいつの何を知っているんだ? 


 当然、それは口からのでまかせなのだが……そう言えば何かしらの反応があるからそこを突けば説得できる、そう助言されたマリウスが愚直にそれを実践したのだった。


「秘密……?」

「そうだとも。知りたいかい?」


 マリウスがそう問うので、ディアが頷く。


「なら、僕の妻となれ。次期領主の妻だぞ? バレンジア中の女が羨む立場だ! 服も宝石も好きなだけ買ってやる! 贅沢し放題だ。悪くないだろ?」


 迫るマリウスから目を逸らさず、ディアが首を横に振ってそれを否定する。


「はあ? 次期領主の妻だぞ? 貴族だぞ?」


 信じられないといった様子で、マリウスがディアへと再び問い返した。


「興味ない」

「服を好きなだけ買ってやる! 宝石もだ!」

「いらない」


 ディアが頑なに首を縦に振らないのを見て、マリウスが苛立つ。


「海鮮串も肉も好きなだけ食べられて、酒も浴びるほど飲めるぞ!」

「……だからなに」


 ラルクと出会う前だったら……ディアは喜んでその提案に飛び付いていたかもしれない。

 でも今は違う。


 地位よりも、贅沢よりも、大事なものがあると知っているから。


「なぜだ!? あんなオッサンと田舎で貧乏暮らしする方が良いって言うのか!?」

「あたしは贅沢よりも、ラルクさんや青子やポット君、ついでにユーリとミーヤとのささやかだけど楽しい毎日を選ぶ。みんなで畑仕事したり、果実酒作ったりするんだよ」

「馬鹿なのかお前!」


 怒りを露わにするマリウスを前にしてなお、ディアは目を逸らさない。


「地位や金や物でしか自分を語れない人の言葉を、あたしは信じない。だから助けてくれたことにお礼は言うけど、それでおしまい。あたしは、ラルクさんのところに、キーナ村に帰る」


 ディアがそう言い切ると、マリウスの横を通り過ぎた。


 怒りのあまり、顔が白くなっていくマリウスが唾を吐きながら叫んだ。


「ふざけるな小娘! こっちが下手に出たからって調子乗りやがって!」


 マリウスが去ろうとするディアを無理矢理止めるべく、その肩に手を掛けようとする。


 しかし、なぜかその手が止まってしまった。


(……あ……れ? なんで僕は手を止めたんだ?)


 中途半端に手を伸ばしたままのマリウスへと、背中を向けたままディアが冷めた声を出す。


「――これ以上あたしに触れないで。触れたら……潰すよ」


 その言葉と同時に、ディアから放たれた黒い重力波が彼女とマリウスの間にある床と天井を破砕。


「あ、ああああ……ひいいい!」 


 マリウスが怯えたような表情のまま、床へと座り込んでしまう。もし、あのままディアに触れていたら……間違いなく右腕は潰れていただろう。


「さようなら、可哀想な人。あたしを口説きたいなら、ラルクさんぐらいカッコ良くて強くなってからにしてね」


 そう告げて去ろうとするディアの背中に、マリウスが泣き笑いの表情のまま叫ぶ。


「あはは! 残念だったな! そのラルクとやらも今頃死んでいるだろうさ! 僕が送った最強の刺客によってな! ざまあみろ! あの歳になっても独り身でしかも田舎で燻ってるような甲斐性無しの負け犬クソ野郎なんざ死んで当然なんだ! あははははは!」


 それを聞いてディアが立ち止まる。


「……今なんて?」

「お前には男を見る目がないってことだよ! あんなクソ雑魚男についていったって将来野垂れ死にするだ――」

「黙れ」


 振り返ったディアが右手を掲げながら、マリウスを睨み付けた。


「あっ……あああああああああああ!!」


 ディアの瞳が人のそれではなく、縦長の瞳孔になっていることに気付き、マリウスが恐怖で顔をゆがめた。


 その視線と右手に込められた膨大な魔力によって発生した空気が焦げるような音が、さらに彼の恐怖を増大させる。


 マリウスはここに来て初めて――死を覚悟した。


「ラルクさんを悪く言う人は……許さない」


 その言葉と同時にディアが重力魔法を発動。


 マリウスが恐怖で叫ぶ暇もなく――彼を中心とした発生した黒い渦が轟音と共に客室を破砕。その瓦礫がまるで引き寄せられるように彼へと向かって飛来。


「……ちょっとは反省してね」


 そんな言葉を残して、ディアが走り去っていく。


 残されたのは、自分の立っている位置だけ無事だった床と、ギリギリ皮膚に触れるか触れないかの位置でピタリと止まった、瓦礫。そして――恐怖のあまり失禁し、立ったまま気絶したマリウスだけだった。


***


「今の魔力は……」


 二階へと繋がる階段がある大広間で、ごろつき達を一蹴したラルクが大斧を肩に担ぎ直しながら天井を見上げた。


 それは確かにディアの魔力だった。


「……何今の魔力」


 足にしがみついてきた男を蹴飛ばしたリーシャが、驚いたような表情でラルクと同じ方向を見つめた。


(今のは……竜の魔力? でもちょっと歪ね……でもなぜ竜がここに?)


「どうやらディアは無事なようだ。行こう」


 ラルクが階段へと向かって走ろうとし、リーシャがそれに続こうとする。


 すると――


「つまらん。いっそそいつらを殺して死体にしてくれたら、


 そんな言葉と共に階段の上から現れたのは、何か不吉な雰囲気を纏う痩せぎすの男だった。青く染められたフード付きローブに、手や首にびっしりと刻まれた白い紋様。


 その特徴的な姿に、ラルクが見覚えがあった。


「お前は……あの時の邪教徒か」


 それは、いつかディアを生贄の儀式から救った時に見掛けた男だった。


 同時に……男もまたラルクの顔を見て、その存在を思い出す。


「っ! お前は……お前はああああああああああああ!!」


 突如怒り出す男を見て、リーシャが首を傾げた。


「誰あいつ? あんたなんかしたの?」

「いつだったか、竜を生贄に儀式をしようとしていたから止めた」

「お前のせいでえええええええ! 偉大なる黒き空の神を呼び、この世界に再び闇をもたらす計画が台無しになったではないかああああ!」


 男が激昂しながら、杖を掲げた。


「なるほど。竜を生贄にするなんてよっぽど気合い入れてたんでしょうね。それはご愁傷さま」


 リーシャがくだらないとばかりにそう言葉を返すと同時に、男の杖から無数の光弾が放たれた。


「どこを狙っている」

「っ!」


 しかしそれらの光弾はなぜかラルク達を通り過ぎ――倒れていたの心臓を貫通。


「ぎゃああああああ!」

「うげええええええ!」

「た、助け――」


 そんな悲鳴に振り返ったラルク達が、目にしたのは――


「アアアアア!」


 心臓が破壊され死んだはずなのに、フラフラと立ち上がるごろつき達の死体だった。


「あはははは! 死んでないなら殺して死体にすればいいんだ! その憎き男達を殺せ!」

「あいつがネクロマンサーか」

「全部繋がったわね」


 背後から死体達が襲いかかってきているというのに、ラルクとリーシャが普段通りの会話をはじめる。


「あとは任せていいか」

「……ええ。せっかく手加減したのにそれが無駄になったことがちょっとムカつくけどね。あんたはさっさとあの子を助けてらっしゃい」


 リーシャがヒラヒラと手を振って、そのままラルクの背後へと走っていく。


「というわけで、お前が何を企んでいるか知らんが……」

「私はネクロマンサーの中でも高位の存在であるデスルーラーだ! 前回は先手を取られたが、今回は負けな――」

「邪魔だ」


 男の言葉の途中で、ラルクが大斧を一閃。


 その刃から放たれた衝撃波があっけなく男を階段ごと破壊し、吹き飛ばした。


「悪いな。大事な人を迎えにいかないといけないんだ」


 そう言い残して、ラルクが破壊され尽くした階段を無理矢理登っていった。


「く……そ……ならば……!」


 瓦礫に埋もれ、瀕死となった男が最後の力で、右手につけていた指輪で秘術を発動させようとするも――


「Sランク冒険者のなんとか権で、なんやらアレコレな容疑のお前を拘束する。お前がやろうとしていたその竜を使った儀式とやらの詳細についてはたっぷりあとで聞かせてね?」


 そんな言葉とともに、一瞬でアンデッド化したごろつき達を倒したリーシャが、笑顔で男の右手を足で踏みにじった。


「あぎゃあああああ!」

「嘘ついたら爆破する。無言でも爆破する。知っている? ネクロマンサーって帝国法によると見掛け次第死刑でいいそうよ? 良かったわね、私が優しくて」

「ああああああ!」


 男の悲鳴が、館中に響き渡った。




*あとがきのスペース*

この世界ではSランク冒険者ともなるとあれこれ特権がついてきます。その代わりに度が過ぎた行動をすると、国全体を敵に回すハメになるので、一長一短ですね。


ネクロマンサー君とマリウス君は多分、死んでた方が幸せだったでしょうね……南無。人


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