この先に咲く花を

月那

第1話 天使のような死神


「どうしますか?」


 そう俺に問いかけるのは、美しい黒髪のロングヘアに白いワンピースを着た、まるで天使のような美少女だった。


「本当に…やり直せるんですか?」

「この状況でもまだ信じられませんか?」


 今、俺はこの子と一緒に空に浮いている。


 正確には、とある病室の天井辺りをふわふわと浮いている感じ。でも体はない。

 俺の体は下に見えるベッドに横たわり、その傍らには妻の瑠美るみの姿があって、彼女は涙を堪え、俺の亡骸を見つめていた。


 瑠美とは学生時代に知り合い、地元が一緒だったことや、更に中高と同じ学校だったこともあり、すぐ意気投合して仲良くなり、そして付き合うようになった。大学を出て3年後に結婚。子供も二人授かり、幸せな家庭を築いていたつもりだ。


 それなのに、今朝、仕事に行く時に事故に遭ってしまい、そのまま病院に運ばれ、そして今に至る。



「で?どうするの?死神も忙しいのよね」


 この自らを死神と言っているのは先程の美少女。決して厨二病ではない。


「え…口調が…」

「申し訳ありません…つい素が…」


 あ、それが素なんだ…


「今、この場で生き返ることは、やっぱり出来ないんですか?」

「はい。仮に、今意識不明でこの後亡くなられることになっていても、心の臓が動いてさえいれば、この場で完全に蘇生させることも出来たんですが…もう完全に停止していますので…」


 俺は…彼女を、瑠美を幸せにしてやれたんだろうか。彼女の心と体の傷を癒し、本当に笑顔にしてやれていたんだろうか。


 少なくともこうして先立つことになった時点で、不幸にしてしまったのは間違いない。


「あの…もう一度説明してもらっても?」

「はぁ…仕方ないですね…」

「す、すみません…」



 彼女達死神には担当エリアがあり、その経験や能力によって、配属地が変わったり、異動で現場ではなく新人の教官になったりなどと、まあ、俺達の社会と基本同じようなシステムのようだ。

 最初自分は死神だと言われた時、「鎌持ってないんだ」って思ったけど、その心を読まれたようで、「そういうのって人間の勝手なイメージで、そんな死神見たことありませんけど?」と、スンと表情を消して言われたのは怖かった。


 それは置いといて、何故、俺が生き返るとかやり直すとか、そういう話になったのか。


「決まった数の魂を主様の所に導くことによって、我々はを行使出来る機会を得られるのです」


 この祝福というのは、言わば「ちゃんとお仕事頑張ったね」という、死神達へのご褒美のようなもので、それを何回行使出来たかが、ステータスでもあるとのこと。


 なんか、色々と大変そうだな…


「もちろん、これは誰にでも行使出来る代物ではありません。悪人だったような人間は論外です。生前の徳であったり、我々個人の趣向も関係してきます」

「趣向…というのは?」

「あまり詳しくは言えませんが、我々は各々特殊な力があります。私の場所、人間同士の繋がり、と言いますか、絆のようなものですね。その糸が色になって見えるんです」

「はい」

「そして、あなた達の色が凄く綺麗で、私好みだったんです」

「それは、俺と瑠美のですか?」

「他に誰かいます?」

「すみません…」


 美少女のジト目は圧が凄い…


「それで、結局どうするんです?」

「やり直す…というのは、つまり、過去に戻るという認識でいいんですよね?」

「そうですね。今と違う別の時間軸に魂を導くことになります。過去に戻るというか、今流行りの転生ですか?」


 なんでそんな流行り知ってるんだよ


「死神…ということは、もしかして、俺達のこともある程度知ってて…?」

「あなた達の馴れ初めやお互いの過去であったり、糸の色が見えた時点でおおよその事は理解してますよ」

「じゃ、じゃあ、過去に戻って、瑠美のあの出来事も…」

「それはあなたの頑張り次第ですけどね」

「…ですね」


 もし、あの出来事が回避出来るとしたら、そうすれば、瑠美はもっと幸せになれるんじゃないのか…


「決まりましたか?」

「…はい。お願いします」

「ふふ。分かりました」


 そう言って微笑んだ彼女は、その佇まいからも、本当に天使のようだった。


「では、いつの時代へ?」

「はい。中学2年の時の、春、4月に」

「分かりました。見つかるといいですね」

「すぐに見つけてやりますよ」

「ふふ、そうですか」


 柔らかく微笑んだ後、すぐに凛とした表情になり、


「では、東雲凌真しののめりょうまさん、行使します」



 彼女が何か聞き慣れない言葉を唱えると、目の前がスーッと白くなり、俺の意識は遠のいていった。





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