第38話鏖殺の影狼

 助けた村娘を村人に預けた俺は空に火球を放ち爆発させる。

 事前に定めて置いた習合の合図だ。

 暫くすると、騎士達が集まる。


「被害と状況は?」


「軽微です死者0名、軽症者3名、武具の破損が5つと言った所です……村人はひとまとまりに固まり農具で武装しながら他の村へ逃げるように指示を出しました。賊は粗方殲滅しましたが、狼煙を焚かれたので本体は逃走を開始したと思われます」


「重畳だな……」


 部下の報告を訊いて俺は呟いた。


「では久方ぶりの夜戦。それも掃討戦を行おうではないか……すべては此度の賊の犠牲者への手向けとするために」


「はっ! しかしアジトの場所の見当が……」


「問題ない既に召喚獣を放ってある」


 今回追加で放ったのは、高い知能と嗅覚、長距離移動を可能とする脚が特徴的のシャドウウルフと呼ばれる索敵用のモンスターだ。


「流石です! では、召喚魔法と騎兵戦力で敵を叩くのですね……」


「その通りだ」


 盗賊狩りの基本戦術は、召喚魔法で本拠地を割り出し、魔法で焼くか召喚魔法と騎兵戦力を使って。詰将棋のように最善手を打ち続ける事だ。

 しかし、今回のような夜戦……それも相手が逃走している場合はかなり分が悪い。

 ただでさえ土地勘がないのに、夜闇に紛れられたら将の首を雑兵が取りかねないからな……慎重に行くべきだ。


「アォォオオオオーーーーーーン!!」


 狼の遠吠えが聞こえる。

 山や木々に反響し細かな場所は判らないものの、それは確かに俺が放ったシャドウウルフの遠吠えだった。


「鏖殺が始まる……」


………

……


 それは奪う者であった盗賊達が、より強い別の略う者に蹂躙される合図であった。

 奪う者と奪われる者が反転し、奪う者と奪われる者の立場が逆転する。


 逃げるために一度仲間と略奪品を集める事になっている場所に集まっていた一団は、狼煙を見て援軍に来た一団と合流していた。


「何者かに略奪隊は襲撃を受けているようだ」


「何だって!」


 一方的に奪う側だと思っていた盗賊にとって、攻撃を受けているその事実は戦意を挫くには十分だった。

 多少訓練を積んだり、略奪を働いたとはいえ元は農民。殺しの技術と心構えを教えられている騎士や兵士とは訳が違うのだ。

 

「へ、そんな奴ら俺の足元にも及ばねぇよ」


 野性味を感じさせるものの比較的整った顔立ちの男は仲間を勇気づけるため大きな声を上げる。


「流石ですオーウリョさん!」


 いつもヨイショしてくれるスーネオ・トガーリンが一団の外から声をかける。


「取り合えず。略奪品をアジトに持って帰る事を優先する。しかし、命が危なければ躊躇いなく捨てろ! 一人は皆の為に力を尽くせ」


 リーダー格の男が声を上げた時だった。


 スーネオが宙を舞った。

 皆顔を突き合わせるようにしているのでスーネオが空中を待った事実を目撃したのは、オーウリョを含めて数人だけだった。

 しかし、何が起こったのか? その事実を目撃してもなお事実を理解する事は非常に困難だった。

 ついさっきまで、自分を持ち上げてくれる弟分が何者かの手によって放物線を描いて宙を舞い柘榴が爆ぜるようにベチャりと嫌な音を立てて死亡する。

 そんな事実を……


 木々の影からそれは現れた。

 獅子ような立派なたてがみを持ち、ピンと立った三角耳まで裂けた大きな口をカッ開くと、今にも飛び掛からんと低い姿勢で俺達を睨み付ける有角の黒い狼が現れた。

 ある者は木の影から、またある者は藪の中から現れ俺達を包囲するように陣取っている。

 しかし、所詮は獣。

 その包囲は完璧ではなく、逃げる隙はある。


「ぎゃぁぁあああああああああああ!」


 恐怖が限界を迎えたのか、心の折れた盗賊は一人、また一人と略奪物を捨て声を上げて逃げる。

 ただでさえ心が折れかけていたというのに、二度目の恐怖によって盗賊の精神はポッキリと折れ発狂したのだ。


 しかし、逃げ出した盗賊の殆どはシャドウウルフの攻撃によって無残な死を迎えていた。

 腕を失って逃げ伸びた者は運がいい方だ。

 上半身と下半身を二つに別たれた者、片足を脚を捥がれ複数のシャドウウルフに生きたまま捕食される者もいる。 

 周囲の空気は一気に変化し、鉄の匂いと酸っぱい匂いそして獣の匂いが入り混じった死臭が漂う死地と化していた。


 そしてその光景を見た盗賊は理解した。

 犬面の怪物はこの虐殺を楽しむだけの知性があるのだと、自分たちが村人に行う予定だった事をされている。ただそれだけだと……自分たちは兎や狐と言ったブラッドスポーツの得物でしかないのだと……

 自然と身体の動かなった賊はぐるりと円陣を組んだり、背中を合わせてシャドウウルフに備える。

 

「ふざけるな! 何でこんなところに! シャドウウルフの群れがいるんだよぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおっ! 」


 自身の剣の腕に自身のあオーウリョ・ネトーリは悲鳴混じりの絶叫を上げ、腰に佩した長剣を素早く鞘から払うと中段に剣を構える。

 両手で構えた長剣の切っ先は留まる事無く、小刻みに揺れている。

 とある流派では切っ先を動かす事で「いつ攻撃を仕掛けるのか?」と行動の起こりを誤魔化す技はあるが、それは刀の話で剣の技ではそう言った話を訊いたことない。

 戦場でかっぱらって来た鎧を修理した。チグハグのボロ鎧が、カチカチと小刻みに震え耳障りな音を立てている。

 

 野性味を感じさせるものの比較的整った顔立ちは、目尻に浮かんだ涙と鼻から垂れた鼻水、口元に付いた泡によって見るも無残なモノになっていた。


「ひぃぃいいいいいいい!」


 情けなく叫びながらも、長年の訓練で嫌というほど染みついた袈裟斬りをシャドウウルフに放つ。

 しかし、シャドウウルフはヒラリと身を翻し剣を躱す。

 オーウリョの攻撃の隙を付いて第二、第三のシャドウウルフが攻撃を仕掛ける。

 

「俺は騎士なのに……なんで! どうしてぇ!!」


 まるでいやいやと駄々をこねる子供のように、剣をブンンブンと振いシャドウウルフを威圧する。


 単体では左程強力なモンスターではないシャドウウルフだが、群れる事でその危険度は一段階上乗せされる。

 しかし通常騎士相手であれば勝負になならいシャドウウルフだが、オーウリョには荷の重い相手だった。


 一人、また一人と賊は骸と化していく……


「俺は立派な騎士で、こんな犬コロに苦戦するわけ……」


 オーウリョは剣を振るう。

 しかし、大振りに振ったせいで左手をシャドウウルフに噛みくだかれてしまった。


「ぎやぁぁぁああああああああああ!」


 余りの苦痛に絶叫を上げるオーウリョだが、神は気絶すると言う救済を許されない。

 ワニなどが行う――得物にかぶりつき身体を回転させ、捩じ切る――デスロールをされオーウリョは手首から先を失っった。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ! い゛だい゛! い゛だい゛!! い゛だい゛!! い゛だい゛ぃぃぃぃいいいいいいい!!」


 口の端には白い泡を浮かべ、目は赤く充血し鼻水が漏れ涙がとめどなく流れている。

 下半身は濡れ水溜まりを作っている。

 あまりの痛みに膝から崩れるオーウリョ。

 その隙を見逃す程シャドウウルフは愚かではない。

 膝から崩れ落ちるオーウリョに思わず視線が動いた盗賊達はシャドウウルフの攻撃によって一人、また一人と硬い地面に組み敷かれ鎧で覆われていない首や太腿を噛みつかれ命を奪われていく……それはオーウリョも例外ではない。


「んおッ! お゛れ゛だぢがッ!! お゛れ゛だぢがだに゛を゛じだどい゛う゛の゛だッ!!」


 襲いかかるシャドウウルフの攻撃によって、オーウリョの儚い命の灯は既に消えかけている。

 オーウリョは心の奥底から自分の命を奪おうとする簒奪者を否、世界を呪う呪いの言葉を吐き捨てるため身体強化の魔法を振り絞る。


「貴族が先に奪ったではないか! 俺達は奪われたから奪い返しただけだ!」


 自身の行いを棚上げし自己を肯定する賛美の言葉は続く。


「俺は何も間違っていない! 間違っているのはこの世界だ! 貴族など浅ましい血統書付きの高貴な賊でしかない! 俺は俺を虐げた貴族を! 世界を呪う!」


 その言葉を引き金にしてオーウリョから閃光が放たれた。


 刹那。


 轟音と熱を伴い周囲一帯が爆発した。

 オーウリョの爆発は、シャドウウルフの過半数と逃げる事無く戦った盗賊その全てを爆殺した。

 オーウリョは命の灯が消えんとするその瞬間に曲がりなりにも、『騎士』であったことを思い出したのかもしれない。


 主君の奥方と不倫し、奥方の指示で物品の横領までしたというのに最愛の不倫相手には捨てられ、横領の全責任を押し付けられ放逐された過去を持つオーウリョにとって、『騎士』であったという事実は唯一無二の心の拠り所であった。

 だが実際は、不倫相手が手を回し実力がないのに騎士にされたという事をオーウリョは知らない。

 そして横領はより年若い美少年の騎士に箔をつけつつ、少年に贈り物をするための資金にされていたということも……

 世の中には知らない方が良いことがあるというが、オーウリョにとっては違ったのかもしれない。

 もう少し早くその真相をしり、騎士としての誇り高い精神を取り戻していれば盗賊に身をやつす事無く、戦地で華々しい名誉ある死を享受できたのかもしれない。

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