第3話


「清鈴神社行くの? アタシも行って良い?」

「ココも行きます!」

「みんなで行こう!」


 ナナの案内で、私は清鈴神社へと向かった。どうやら私がこの町に住んでいた時から、夏祭りを行っていたらしい。神社の名前は憶えていなかったが、子どもの頃通った時はさほど遠い道のりではなかった気がしている。保育園の帰り道に通った気がするが、保育園は学区外にあってナナの今住んでいる家から近い場所だった。


(可能性、高いんじゃない……?)


 期待に胸を躍らせる。もしかしたら、あの時の男の子に遭えるかもしれない。一瞬、神社の息子の時嶋ハルト君があの時の男の子だったのかとも思ったが、年齢が違う。あの時見た男の子は、少なくとも今の自分くらいの年齢に見えた。私と同年齢の時嶋君であれば、もっと小さいはずだ。


 私は浮足立った気持ちを隠しながら、いたって普通を装って歩みを進めていた。


 それから、20分後――


「着いたよ!」

「――ここが、清鈴神社……」


 自分の家を通り過ぎ、みっちゃんとココの家も通り過ぎて、私は清鈴神社へと辿り着いた。若葉の生い茂る神社は、たくさんの葉っぱが日差しに照らされて地面に陰を作っている。気持ちの良い、青々とした風。緑の匂いが鼻をつき、夏に足を踏み入れかけた季節を教えてくれている。

 奥に見える大きな境内は、古いものの綺麗に手入れされている印象だった。


「――あれ? 丸屋さん?」

「――ぅ、あっ! ととと、時嶋、くん……!?」

「今日も手を合わせに来てくれたの? きっと、ウチのお狐さまも喜ぶよ。ありがとう」

「べ、べ別にっ。あしかが来たいっていうから、今日は来ただけだし……」

「今日はお友達がいるんだね。こんにちは」

「こんにちは! 隣のクラスの時嶋君だよね! C組の笹元です! よろしく」

「同じくC組の春山です~」

「小森あしかです。今日転校してきて、ナナと同じクラスになったの。昔この町には住んでいたんだけど、あんまり覚えていないことも多くて。よろしくね」

「あしか、ちゃん……? あ、うん。こちらこそよろしく。D組の時嶋ハルトです。面白いものはないかもしれないけど、歴史はあるから、色々とみていってね。……それじゃあ、僕は家の手伝いがあるから、これで」


 そういえば、ナナが『隣のクラスの時嶋ハルトのおうちなんだよ』と言っていたっけ。この眼鏡をかけた男の子が、ナナの言っていた時嶋君なんだろう。ペコリと頭を下げて、彼は行ってしまった。

 どうしようかな、そう思って辺りを見回すと、ところどころ立て看板が立っていることに気が付いた。


(なにかの説明かな? 本当に、色々由緒があるんだ……)


「……ちょっと、探索してみても良いかな?」


 私の発言に、みんなにこやかにオッケーをくれた。それぞれ興味のある方向が違うようで、みっちゃんは手水へ、ココは白蛇の住むらしい大きな木へ、ナナは奥の小道にあるという小さなお地蔵様の元へと向かった。当の私はあてもなく、一度全体を見てみようと、まずは境内へ向かうことにした。


(会ったのは、確か本当に入口付近だったけど……)


 昔の記憶を必死で呼び起こす。道を歩いていて、たまたま通りかかった神社。その入り口付近に男の子は立っていて、気付いた私が手を振って、彼は笑顔で手を振り返してくれた。


 ゆっくりと神社の中を歩く。あの時より、私ももうずっと大きくなってしまった。世間的にはまだ子供とはいえ、小さいとは言い難い。もし、小さな子の前にしか姿を現してくれなかったら――

 境内へ辿り着いた私は、お賽銭を入れて手を合わせた。


「……あの時の男の子に、会えますように!」


 目をぎゅっと閉じて、言葉にしてみる。そうすることで、より願い事が叶う気がした。


「――あの時の男の子って、こんな感じ?」

「――え?」


 後ろから声がする。慌てて振り返ると、そこには男の子が立っていた。


 ――フサフサの耳を頭につけて。

 ――まだ夏でもないのに甚平を着ている。

 ――大きな尻尾の男の子、が。


「え、えぇぇぇぇ――!?」

「大きくなったね、あしか」

「な、なんで私の名前を……」

「ずっと待ってたんだ、あしかのことを」

「え? えぇぇ? ダメ、意味がわかんない……!」


 頭の中がグルグルしている。この男の子は誰なのか、何で私の名前を知っているのか。大きくなったとは? 待っていたとは?


「あしかだって、俺のことを探して、ここに来てくれたんでしょう?」

「え、わ、私は……」

「笑顔で手を振ってくれたの、嬉しかったよ。……視える人って、少なかったからね」

「……も、もしかして……。あっ、あの、あの時の……狐、さん……?」

「大正解」

「えっあっ……えぇっ!?」


 私は驚く以外何もできなかった。


「……アナタ……だったの?」

「そうだよ。また会えて嬉しいよあしか」


 そう言いながら、彼は私の顔へ自分の顔を近づけると、そっと頬に手を添えてほほ笑んだ。


「自己紹介してなかったね。俺の名前は清丸-せいまる-。この神社の主、だよ」

「せい、まる……」


(……ウソ。そんなまさか……)


 胸がドキドキする。清丸の手の触れた部分が、なんだか熱く感じた。清丸の目を見ていると、記憶の中のもやが晴れて、当時の男の子の顔が明らかになる。


 ――今目の前にいるこの男の子と、昔見た男の子は同じ顔をしていた。


「あっ、なんでっ……歳……は? 変わらない? なんで?」

「そりゃあ、俺歳取らないから」


 今の私と同じくらいの年。それは、今も昔も。普通なら絶対にありえない話のはずなのに、あっけらかんとした表情で清丸はそう言った。


「会いたかった、あしか。急にいなくなってしまったからね。ここから俺は離れられないし、どうしたものかと思ってたんだけど」

「あ、あの。ひ、引っ越しをして、その……」

「あぁ、分かってるよ。――そうだ。あの時、姿を現したのは俺だけだったけど、この神社には……」

「「――きゃあぁぁぁぁぁぁぁ――!!」」


 悲鳴が聞こえた。


「もしかして、なにかあったの!?」


 私は慌てて声のした方へと走り出した。


「――間違いなく見えている、よな?」

「んー、そうじゃない?」

「――みっちゃん! ココ! ……って、誰……?」


 視界に入ったのは、みっちゃんとココが抱き合って立っている姿だった。そして、その前にいたのは、清丸と同じ耳に尻尾、柄違いの甚平を着た男の子二人。


「どうしたの!?」


 そこに、私と同じように声を聞いて駆け付けただろうナナもやってきた。


「え? コスプレ?」


 二人の男の子を見て、ナナがそう呟いた。


「コスプレ? まさか」

「これはオレたちの制服みたいなもんなんだけどなぁ?」

「――というか、全員『視えている』のか――?」

「えっ、それはすごいいかも? ……うおぉ!? すごい!」

「なんてことだ。……おい、清丸はどこへ行った?」

「ここだよ。――すごいね、ほんと」


 いつの間にか清丸もやってきて、狐の耳に尻尾の生えた男の子が三人立っていた。


「……なに、これ。どうなってるの? なんのイベント?」


 私の頭の中は、疑問でいっぱいだった。突如現れた清丸に、同じような格好をした男の子たち。清丸は昔見た男の子だと、自分でそう言っている。じゃあ、いったい他の男の子二人は誰なんだろう。


「驚いた。あしかだけじゃなかったんだね。でも、俺が探してたのはあしかだけだけど。俺たちは、この神社の主。みんなが祀っている【お狐さま】だよ」


 ――お狐さま。

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