第二章3【年寄りのお節介】

「━━、なるほどな、感受の瞳か。それは中々に便利な加護じゃねーか」


「はい、先程はすいませんでした」


「まあ、気にすんじゃねぇ!!!」


「痛っ!あ、ありがとうございます」


 ボルグさんに謝罪をしたら、背中を物凄い勢いで叩かれた。結構痛い。これが70歳を越えてもなお、このヴァイグルでも有数の鍛冶師か。

 実際、店の中にある、剣や防具はどれも素晴らしい物で、王都の店でもここに匹敵するのは少ない。


「それじゃあ、シュウ、2日後にまた来い!それまでに修理をしておくから、それまでは無茶をすんじゃねーぞ!!!」


「はい、ありがとうございます。お金はここに。それとボルグさん、頼んでいたものは」


「ああ!取ってくるから少し待っててくれ」


 何かを取りにボルグさんは店の奥に行ってしまった。


「……」


「……」


 2人になると、途端に気まずくなる。ボルグさんがいると、彼がシュウや自分に色々と聞くので話が続くが、居なくなると沈黙が続く。

 何か話題を、


「シュウ、そういえばギルドで報酬金を貰って来たんだ。これが君の分だ」


 渡した袋の中身を無言で見るシュウ。相変わらずフードで顔を確認できないのでかなり気まずい。


「多くないか」


 ぽつりと彼が言う。想像よりも、金額が多かったため不審がっているのか。基本的に彼は、ボルグさん以外に対しての警戒心が恐ろしく高いみたいだ。


「ああ、僕は君に助けられたし、君は盗賊を3人倒した。だったら君の方が多く貰うべきじゃないかな?」


「わかった」


 静かに返答した彼だが、不満ではないようだ。これでお礼ができた。一安心だ。


「ほら、シュウ!頼まれていた普通の回復薬に、魔力回復薬。それと魔札だ!」


「ありがとうございます。それじゃあこのお金で、また同じようにお願いします」


「へいへい、わかったよ!」


 ボルグさんが店の奥から持ってきたのは、いくつかの薬と投擲用の短剣、そして大量の魔札だ。しかも魔札はどれも戦闘で使うような、多少値が張る物ばかりである。戦闘で使うような魔札は、付与魔術師が依頼を受けて作成するため高価だ。

 それを受け取ると、シュウはすぐに盗賊討伐で得た報酬金をボルグに渡す。


「シュウ、君は魔札を使用して戦うのか」


「……」


「トビアスが驚くのもわかるぞ!魔札を積極的に使う冒険者はまだ少ないからな!」


 自分の疑問を理解するかのように笑うボルグさん。魔札は数年前に新たに開発されたもので、確かに便利だが、不便な点も多い。魔力の消費が比較的多いのに加えて、発動した魔法が安定しないことが多い。


「僕も、魔札を使おうと考えたことはあったんですけど、戦闘では使えませんでした。自分のとは異なる属性を使おうとすると制御が上手くいかなくなるんです」


「なんでも、属性によって制御の感覚が違うらしいな?」


「はい、そうなんです」


 自分は幼いころから風魔法を使って訓練してきたため、風魔法に適した魔力制御の癖が無意識の内に身体に染み付いている。そのため簡単な魔法ならともかく、激しい戦闘において魔力属性が異なる魔札を使用しても、上手く発動しないことが殆どだ。


「シュウ、君は異なる属性の魔札を使えるほどに魔力制御が得意なんだね」


「……」


 人によっては複数の属性持ちもいるらしく、王都の魔導研究所の局長は4つの属性を持っている天才と聞いたこともある。

 つまりシュウは、その人に匹敵する程の魔力制御が、


「トビアス、多分だがお前は勘違いしてるな。シュウは別に天才でも何でもないぞ」


「え?」


 勘違いとは一体何のことだ。事実シュウは多くの属性の魔法を魔札を通してだが使用するらしいじゃないか。これの何が勘違いだというのか。


「シュウはな、魔法を使った事が無かったから魔力制御に癖が無いだけだ!はっはっは!!!」


「……ボルグさん、それ個人情報です」


「別にいいじゃねーか!減るもんじゃねーだろ!!」


 魔法を使ったことが無いというのはどういうことだろうか。もしも冒険者になるつもりがなかったとしても、日常生活において簡単な魔法を使うことは普通だ。そうやって幼い時から魔法を使用するため、魔力制御における癖が自然と身に付くものなのだが。


「それに、俺は今魔力制御の特訓中です」


「おう!頑張れよ、シュウ!!!」


「じゃあ、俺はもう行きますね」


「2日後だぞ!!忘れんじゃあねーぞ!!」


 そう言ってシュウは鍛冶屋を去ってしまった。


「━━、あー、しまった」


「ん?どうした、トビアス」


「シュウに伝言があったんですけど、言うのを忘れてました」


 今回ここに来た目的は報酬金を渡すことと、伝言だったのだ。それなのに伝言の方を忘れてしまっていた。どうしようか。顔が分からない為、仮に彼が街にいても判別がつかない。

 そもそも彼が街中にどのくらいの頻度で来るのかが全くの不明だ。


「シュウはどの位の頻度でここに来るんですか?」


「月に1、2回しか来ないな。その時に魔物の素材や盗賊の装備を俺を通してギルドに売って、それで物資を調達している」


 そう考えると、偶然彼に会うのはほぼ不可能だ。だったら2日後に彼がここに装備を取りに来るのを狙うしか、


「お前、シュウに会いに行くか?」


「え?急にどうしたんですか?」


 ボルグさんの突然の提案に驚く。この発言から察するに、ボルグさんはシュウがどこに住んでいるのか知っているのだろうか。


「今気づいたんだがな。あいつに渡した袋に、代わりの剣を入れておくのを忘れちまったんだ!」


 笑いながら言うボルグさんだが、それは結構な問題なのではないか。彼も武器が無くては、かなり困るはずだ。


「ちなみに彼はどこに住んでいるんですか?」


「あ?あいつは、魔の森の中に住んでるぞ」


「え!?それは、危険ですよ!」


 ギルドで行方不明扱いなっていたため、多くの時間をヴァイグルの外で過ごしているのではと思っていたが、まさか魔の森に住んでいるだなんて。

 あそこではいつ魔物や盗賊に襲われるか分からない。


「すぐその剣を渡してください!僕が今すぐシュウに、」


「待て待て待て!!!そんなに焦らなくても大丈夫だ。今から行くと帰りには暗くなるから、明日にでも行ってくれればいい」


「駄目ですよ!武器が無いのに魔の森で一夜を過ごすなんて危険すぎます!!!」


「あいつは慣れてるから大丈夫だ!それよりお前に危険が及ぶ可能性が高い!」


 結局、ボルクさんに無理矢理説得させられて、明日の午前中にシュウの元に向かうことになった。


 本当に大丈夫だろうか。


「それになぁ」


「なんですか?」


「こいつぁ、年寄りのお節介ってやつなんだがなぁ。トビアス、おめぇ、あいつと━━、」


「━━、任せてください」



 * * * * *




 トビアスは鍛冶屋を去り、仲間との待ち合わせ場所に向かっていた。


「明日、魔の森に向かうことをまずは彼女たちに伝えないとな」


 彼女たちが納得してくれるかは、分からないが、無理なら自分一人で行けばいいので問題ないだろう。流石に2日連続で盗賊に襲われることはあり得ないだろうし、一人でもシュウの元に辿り着けるはずだ。


「さてと、お、いたいた。やあ、ルカ、アイリス、今日はどうだった?」


「あ、トビ、聞いてください。今日は大変だったんですよ。ルカちゃんが他の冒険者との殴り合いの喧嘩をしちゃいまして」


「ちょっと、アイリス!言い方が酷いよ!あの男達が嫌がってる女の子をナンパしてたからでしょ!」


「はは、とまあこんな感じで、兵士さんたちの御厄介になってました」


「そっか、何かそっちも色々と大変だったみたいだね」


「そっちもって、トビの方もなんかあったみたいね」


「まあね、食事しながら話そうか」


 こうしてトビアスは合流した冒険者仲間のルカとアイリスと共に食事に向かい、明日の予定を話すのだった。




 * * * * *




「━━、というわけで、明日、そのシュウって冒険者に会いに魔の森に行こうと思ってるんだ。どうかな?」


 トビアスの提案に対して、彼の仲間であるルカとアイリスはそれぞれ別々の表情を浮かべている。


 ルカは短い緑の髪を掻きながら、その鋭い目を細め、トビアスの事を睨み、アイリスはそんなルカと、睨まれながらも笑顔を崩さないトビアスを長い水色の髪を揺らしながら2人の顔を不安げな顔できょろきょろと見ている。


 暫くルカとトビアスの間に妙な雰囲気が流れたが、その後ルカが「はぁー」と長く息をつく。


「わかったわよ!トビがそこまで行くって言うならついていくわよ!」


「はは、ありがとう、ルカ」


 睨まれても最後まで笑みを崩さなかったトビアスの勝利だ。実際の所、このような状況になった場合、ルカは未だに一度もトビアスに勝った事が無かったのだった。


 そんないつも通りの敗北を噛み締めるルカを、隣に座っていたアイリスが笑いかける。


「ルカちゃんって結局はいつも折れるよね」


「わかったって、もう。でも、トビの話を聞いてる限り、そのシュウっていう冒険者はかなり信用できないんだけど?」


「私も正直、何とも言えないです。本当に大丈夫なんですか?」


「そうよ!半年行方不明扱いで、魔の森に住んでる命知らず!しかも無愛想で人間不信!おまけにフードで顔を隠してるから、顔がわからないですって!?」


「ル、ルカちゃん、声が大きいって」


「ははは、そうだね」


 叫ぶルカに、なだめるアイリス。これもいつもの光景だ。トビアスは思わず笑う。


「まあ僕も今日初めてあったからね」


「そんな人を、なんでトビは信用できるんですか?」


 青い瞳で見ながらアイリスが尋ねる。実際に彼に会わず、情報だけ聞くと確かにルカが言ったことは正しい。それでも実際に彼と多少なりとも関わったアカリさんの反応や、彼が信頼を置いてるボルクさんとの会話を聞いている自分の中で、彼の印象は大きく異なる。


「今日僕は、シュウの事を知っている2人と会った。それで思ったんだ。彼は確かに人を信用していないし、無愛想だ。それでも決して悪い人じゃない。そう確信できる何かがあった」


「……トビって本当にお人好しよね」


「それが、トビの人として素敵な所ですね」


「ありがとう、2人とも」


 ルカは褒めているのかどうか分からないが、トビアスはこういう人だとアイリスは思う。決して誰かを見捨てたりはしない。相手の良い所を見て常に助けようとするお人好し。まるで物語に出てくる英雄のような人だ。


「でもね、先に言っておくけど、そのシュウてやつが信用できなかったら、私がぶん殴るから」


「そうならない事を、祈ってるよ」


 こうして2人、正確にはルカの説得を成功させたトビアスは、具体的な計画を彼女達と練るのであった。




 * * * * *




 翌日、トビアス、ルカ、アイリスの3人はヴァイグルを出て魔の森に向かっていた。昨日の事を踏まえて、もしもの時の装備は決して忘れない。


「それでトビ、そのシュウって人は魔の森のどの辺にいると聞いたんですか?」


「うーんとね、聞いた話だと、ヴァイグルから森に向かって行った所にある入り口から、南西の方向に真っ直ぐ行くと滝があるんだって。その滝の近くに洞窟があって、シュウはそこに住んでるらしいよ」


「その情報、本当に信じていいの?罠だったりしない?」


「ははは、そうじゃない事を祈るしかないね」


 冗談を言うトビアスの後ろで、文句を言うルカをアイリスがなだめている。


 彼からするとボルグさんが間違った情報を伝えるはずがないと信じているので、心配はしていないが、ボルグさんを知らない彼女達からすると不安なのは仕方がないだろう。


 それでも、


「なんかさ、独りにしちゃいけないって感じがするんだよね、彼は」


 自らの直感を信じてトビアスは魔の森に向かう。




 * * * * *




「よし、それじゃあここから、南西の方に向かおうか」


「……トビ、本当に向かうの?」


「何いまさら言ってんだよ、ルカ。もしかして、怖いのか?」 


「な!?怖いわけないでしょ!ただこんなところに人が住んでるなんて変だなって思っただけよ」


 挑発すると、ムキになったルカは独りで先に進んでしまう。そんなルカを追いかけるアイリス。


「あ、ルカちゃーん、まってー、そっちは北西だよー!」


「よし、それじゃあ行こうか」


 本当にこんなところにシュウが住んでいるのかは分からないが、大丈夫だろう。ボルグさんに渡して欲しいと言われた剣もある、それに、


『こいつぁ、年寄りのお節介ってやつなんだがなぁ。トビアス、おめぇ、あいつと━━、友達になってくんねーか?』


「━━、任せてくださいよ、ボルグさん」


 そんなことを言われて断れるわけがない、トビアス・エルゴンは度が付くほどのお人好しなのだ。

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