第一章17【神に選ばれし者?】

「ただいまー」


「帰ったぞ、母さん!来てくれないか、紹介したい子がいるんだ!」


 家に帰ってきた父さんは、早々に母さんを呼んでいる。一刻も早く、新しい家族を紹介したいのだろう。


「おかえりー、どうしたの?あらー、可愛い子ねー」


「にゃー」


 こちらに来るや、すぐに父さんの腕に抱かれているヒスイに気付いた母さん。どうやら母さんも猫の事は嫌いではなかったようで、ヒスイの事をすんなりと受け入れてくれそうだ。


 そんなことも気にしないヒスイは腕から飛び降り、自分が新しく住むであろう家を走り回っている。


「この子、一体どうしたの?」


「なに、シュウと村に帰ってくる時に偶然見つけたんだ。どうやら捨て猫だったみたいだからな。因みに名前はヒスイって言うらしいぞ?シュウが名付けたんだ」


「あら、そうなの。どうしてヒスイって名前にしたのかしら?」


「えーっと、それは、」


 困った。どうやって説明したらいいのだろうか。勇翔の事を説明してもどうしようもないし、ヴェーダに翡翠ひすいという宝石があるかどうかは、疑問である。


「む、昔、村の本屋で読んだ本に、ヒスイって緑色の宝石が出てきてさ。こいつの緑色の瞳をみたら。それを思い出したってー感じ、かな?」


「なるほど、そうだったのか。シュウは本当に本が好きだな」


「私もいい名前だと思うわ。よろしくね、ヒスイちゃん」


 母さんに名前を呼ばれ、元気に鳴くヒスイ。なんとか誤魔化せたみたいで何よりだ。


「それじゃあ、俺はちょっと外を走ってくるよ」


「お、そうか」


「いってらっしゃい、気を付けてね」


「うん、ありがと」


 ローブを脱ぎ、動きやすい服に着替え、外に出る。エスト村は木で作られた外壁に囲まれており、そこに沿って走り、体力をつけるのがシュウの日課になっていた。


 外は既に暗くなっていたが、外壁に沿って松明と、光の魔石が埋め込まれた光る魔導具、があるので足下を注意する心配はない。走っていると向こうに人影が見える。あれは、


「━━、なんだお前か」


「ジャン」


 そこにいたのはジャンだった。16歳になり、守衛となったジャンはどうやら村の見回りをしていたらしく、偶然自分と出会ったのだった。


「お前みたいな奴が、暗い中で独りでいるもんじゃないぞ。間違って殺しかねないからな」


「悪かったな、この時間帯に走るのが日課になってるんだよ。お前ならよくわかるだろ?」


「まあ、お前みたいな瞳をした奴に日中、村の周りを走られたら皆が怖がるからな」


「良く分かってるじゃないか」


 奇妙な空気が流れるが、意外とジャンはシュウの事を嫌ってないように見えた。いつもは自分の事を毛嫌いしているキョウと一緒にいるため気付かなかったが、改めて2人だけで、こうして会話をすると、意外と話ができるものだと驚かされる。


「もう俺の瞳について、そこまで突っかかってこないんだな」


「俺だって大人だ。今は仕事中だし、お前だって、一応はこの村の住人だ。公私を混同したりはしない」


 これは、また驚かされた。まさかジャンがこんな奴だったとは。大人になって成長したと取ることもできるが、これはそういう話じゃないような気もする。もしかしたら、ジャンはキョウと共にいたからあんな態度をとっていただけで、別の形で出会っていたら、悪く無い関係を築けていたのではないかと思える程だ。となると、原因はやはり、


「キョウか」


「あ?何か言ったか?」


「いや、別に……キョウとクーは、元気か?」


 思わず聞いてしまう。自分が冒険者になるため、本格的に父さんと特訓を始め、冒険者となった今では、彼らと出会う機会もかなり少なくなってしまった。


「アイツらも元気だよ。クーは親がやってる本屋で働いてるし、キョウは行商人だよ」


「行商人?キョウが?」


 それは何とも奇妙な話だ。キョウは実力もあったし、なにより闘うことが好きな人種だったはずだ。それなのに行商人とは。一体何があったのか。


「行商人だって、街を移動するんだ。魔物に襲われることもあれば、盗賊に襲われることもある。そういう時は、腕っぷしが必要になるだろ?そういう意味だと結構適任なんだぞ?」


 なるほど。その発想はなかった。行商人に力があれば、毎回護衛を雇う必要もないし、出費を少なくして、街間を移動できる。キョウは自分が思ったよりも、よく考えているのかもしれない。人物像を改めなければ。


「それでお金を溜めて、アイツはクーに結婚を申し込むつもりらしいぞ」


「それ、俺に言っていいのか?」


「別に言いふらしたりしないだろ?」


「そうだけどさ」


 言いふらす気はないが、自分がこの事でキョウにちょっかいをかけたら、とんでもない事になりそうだ。しかも被害が自分だけじゃなく、情報を与えたジャンにまでいく。これは絶対、秘密にした方が良さそうな情報だ。


「ほら、さっさと走りに戻れよ。こっちだって暇じゃないんだ」


「はいはい……ジャン、もしもの時は、村の事頼んだぞ」


「それが俺の仕事だ」


 軽く答えたジャンが去っていく。自分やミラがいなくてもこの村には守衛だけでなく、父さんや母さんもいるし、なによりあの村長がいる。彼らなら、魔物に襲われたとしても難なくこの村を守り切れるだろう。余計な心配だ。


 引き続き走っていると、外壁に向かって座り込んでいる男性がいた。今日は誰かによく会う日だ。男性は座り、ぶつぶつと何かを呟いている。一体何をしているのだろうか?それにあれは、


「村長、ですか?」


「━━、おぉ!誰かと思ったらシュウじゃないか!こんな時間帯に走り込みか?若い奴は元気があってよろしい!」


 いつも通り大きな声で「かっかっか!」と笑いながら立ち上がる村長。よく人と出会う日だ。


「村長は、こんなところで何をしていたんですか?」


「なに、ちょっとした祈りのようなものだ。神への信仰は大切なのでな!」


「信仰?」


 今日は本当に驚かされることが多い日だ。ジャンも意外だったが、まさか村長の口から信仰という言葉が出てくるとは。自分の印象だと、村長が信仰しているのは神よりかも、


「正直、意外でした。村長って神とかよりも、自分の力って言うんですかね?そういうのを信じていると思っていたので」


「確かにワシは己の力を信じておる!だがな、年月というのは残酷なものだ。少し前までは出来ていたことが、徐々に出来なくなる。だからこそ、ワシは━━、」


 村長は自らの手を眺めながら、己に語り掛けているようだった。言葉は小さくなっていき、最後の方は聞き取れないほどだ。


「村長?大丈夫ですか?」


「あぁ!大丈夫だとも!若い者に不甲斐無い所を見せてしまったな!失礼、失礼!」


 先程までの力の無さが嘘のように、大きな声で喋る村長。すると村長は不意に、シュウの瞳を見てきて、


「お前は、本当に良いをしているな、シュウ」


「それ、今日もヴァイグルの鍛冶屋で言われましたよ。父さんと同じだって」


「いや、そうではない。お前の両親、ヴァンやリサとも違う。神に選ばれた者。お前の眼からは、そのような神の意思を感じることができる」


「神に選ばれた者、ですか?良く分かりません。俺なんてただのFランクの冒険者ですよ」


 神に選ばれた者と言われても、実感が全くない。自分のような平凡な冒険者は幾らでもいるだろう。何ならミラの方が自分よりも、よっぽど愛されていると思うし、自分はむしろ、この黒い瞳のせいで神に疎まれているようにさえ感じる。


「まあよい!羨ましいのう!かっかっか!」


 考えていると村長は笑いながら去って行ってしまった。結局何が言いたいのかわからなかったが、気にしないことにしておこう。


「神に選ばれた者。英雄、か?」


 2回も立ち止まって会話をしたため、身体が冷えてきてしまっている。身体が冷える前に再び走り始めるシュウだった。




 * * * * *




「ただいまー」


「ちょっと!なんで私にだけはこんなに攻撃的なのよ!」


「あらー、ヒスイちゃんはミラちゃんが嫌いみたいね?」


「はっはっは!頑張れ、ミラちゃん!喧嘩をすれば、深い絆が生まれるものだ!」


「ふしゃー!!」


 これはどういう状況だろうか。


 母さんの腕の中で気持ちよさそうにしているヒスイ。ミラがそんなヒスイを触ろうとしているが、ヒスイは彼女を酷く警戒している。それどころかミラの手は少し傷ついており、シュウが帰ってくるまでにあったであろう激闘を示している。


「ミラ、お前……何か猫に嫌われるような事したんじゃないか?」


「してないわよ!猫に嫌われたのは今回が初めてよ!」


「諦めろ」


「やだ!絶対に撫でてやる……ほーら、ヒスイちゃーん。怖くないよー。って痛っ!またひっかいてきた!」


「だから諦めろって」


「えー!?なんでよー!!!」


 悲しいミラの叫びが家に響き渡るのだった。

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