第一章9【商業都市ヴァイグル】

 ミラと話し合った結果、徒歩でヴァイグルに行くことにした。馬車で行くのもいいが、もしもの時のために、道を覚えていく必要があるだろうとミラが提案したのがきっかけだった。


 ほぼ真っ直ぐに道なりに進めば到着するため、道を覚える必要があるのかどうかは疑問だが、もしかしたらミラは自分に気を遣ってくれたのかもしれない。


 そして徒歩で約1時間、シュウ達はヴァイグルに到着した。


「うわー、ここがヴァイグルか!何度来ても思うけど本当に大きい所だね!」


「はぁ、そうだね」


「シュウさーん、元気だしなって。検問の時は顔を見せなくちゃいけないのは仕方ないでしょ?それにギルドで登録してギルドカードをもらえば、もう検問で顔を見せなくても大丈夫らしいじゃん?」


 ミラの言う通りだが、やはり都市に来るのは面倒だ。都市に入る際の検問所では、毎回フードを取って顔を見せなければいけないからだ。

 自分のを見て、良い反応が返ってくるはずがない。

 

 幸いにも、黒い瞳は忌み嫌われてはいるが、それが理由で、都市への出入りが禁止になったり、冒険者登録ができなくなるなんてことはないようだ。


 にもかかわらず、何故自分の瞳がこんなにも嫌われているのかが不思議で堪らないが、そこのところは王族や、それこそ神にでも聞かない限り分からないだろうし、お手上げ状態である。


「それじゃあ、取り敢えずギルドに!って言いたいところなんだけど、お腹すいちゃったな、ははは」


 照れくさそうにミラが笑う。時間的には、昼前なので、まずは何かを食べてからギルドに向かうとしよう。それを提案するとアンは元気に笑いながら、


「それじゃあ、商業都市ヴァイグルの探索と行こうじゃありませんか!」


 元気に走り出すミラ。言われてみれば、ヴァイグルに2人で来るのは初めてだから、ミラも自分と同じように、盛り上がっているのかもしれない。


「ほら、シュウ!早くしなよ!ご飯が逃げちゃうぞー!」


「意味分からないぞ」


 ミラについていき、商業都市ヴァイグル探索がこうしてスタートした。



 * * * * *



 ヴァイグルは、商業都市と呼ばれるだけあって、本当に大きな都市である。通りでは無数の人が往来し、他の街や、王都からも交易のための物が届き、どこかに送られる。

 冒険者ギルド、冒険者のための鍛冶屋や魔導具店、雑貨を取り揃えた大きな商店もある。


 ここに住んでいるのは当然ながら冒険者や、商人だけではないので、宝石や服などを取り扱う服屋もあれば、貴婦人用の高級料理店でさえも存在する。


「お、そこにいる赤い髪が綺麗な嬢ちゃん!どうだい?いまならこのサンドイッチを1つ無料でサービスしてあげるよ!」


「え、いいんですかー、どーしよっかな。あ、シュウはどうする?」


「いいよ、ここで食べよっか」


 現在シュウ達は、人通りが特に激しい露店通りを歩いている。そこで元気な店員に話しかけられたミラが昼食を買っているが、どうやらサービスをしてもらっているようである。美人は得するもんだなとシュウは思う。すると、ミラがこちらを困った顔で振り返り、


「……ごめん、シュウ。お金、持ってくるの忘れちゃった」


「……大丈夫。結構持ってきてるから」


 ドジを踏み、「てへっ」と笑いながらこっちにウィンクをしてくるミラ。可愛い。やはり、美人は得である。


 シュウが代金を払うが、全部で550マニーらしい。この世界の通貨はマニーというもので、人族の社会においてはマニーで全ての物を売買できる。

 

 通貨の名前に対して勇翔の魂が少し盛り上がっているが、彼的には異世界の通貨と言ったらマニーか、ゴールドらしい。よかったな勇翔、これが異世界だ、多分。


「よし、それじゃあ、ここで食べちゃおっか」


 昼食を買ったシュウ達は、座れる場所が多くある公園に移動した。向こうの通りでは、あんなに人が溢れていたのに、ここでは比較的静かで自然も多くある。大きな都市とは本当に便利なものだとシュウは感じる。


「さっきの露店のおじさんが言ってたけど、冒険者ギルドまではここから歩いてすぐ見たいだよ」


 サービスをしてもらった上に、しっかり情報も入手しているなんて流石はミラだ。このコミュニケーション能力は見習わないといけない。英雄とは誰にでも分け隔てなく接せられなければいけない。


 昼食を食べ終わった2人は公園を後にして、冒険者ギルドに向かうのだった。



 * * * * *



「ギルドへようこそ!どのような御用件でしょうか?」


「冒険者登録をしに来ました!!!」


 ギルド職員が元気に挨拶したかと思えば、ミラが更に元気な声で返答する。正直ギルド内で目立つのは勘弁したいため、ミラには少し落ち着いて欲しい。

 自分はフードで顔を隠しているのだ。認識阻害のローブは屋内ではあまり機能しないため、ギルド内では静かに過ごすしかない。


「冒険者登録ですね。貴方と、隣の方で2人でしょうか?それじゃあ、まずはここに名前や、出身、使用できる魔法などを書いてください。読み書きは、イ文字、ヒ文字の両方とも大丈夫ですか?」


 頷くと、ギルド職員はそれぞれに紙を渡してきた。ここに登録に当たって、必要な情報を記入しなければいけないらしい。


 この世界にはイ文字とヒ文字の2種類の文字形態が存在する。イ文字は基本となる文字で、これさえあれば、基本的な書きは殆ど行うことができるだろう。一方で、ヒ文字は書く際にとても重要だ。イ文字では一見同じ言葉でも、ヒ文字では異なる書き方をする場合があるので、注意が必要である。


 勇翔曰く、彼が住んでいた国でも同じような言語が使われていたらしい。異なる世界なのに似たような点が存在するのは、とても面白い。創造神の智神・武神が関係しているのだろうか?


 閑話休題、それはさておき、


「ミラ、誰にでも読める字で書けよ」


「はいはい、わかってますよーだ」


 口を尖らせながら記入するミラ。彼女は商店の娘なので、読むのは全く問題ないのだが、大雑把な性格もあって、綺麗に書くのは少し苦手なようだった。

 ちなみにシュウは、母親のリサから幼い時からみっちりと文字の読み書きを叩きこまれているので心配はない。


 普段は温厚で、全く怒らないリサだが、文字を教える時だけは圧力が尋常じゃなく、ヴァンでさえも遠くから見守るだけで口出しが全くできないほどだ。それが未だにシュウにとっての些細なトラウマなのであった。


 ちなみにヴァンの文字は絶望的に汚いので、本人以外からすると暗号文にしか見えない欠点があり、彼が以前、書置きを残し、数日帰宅しなかった時のリサの怒りようは、今でも夢に見るほどだ。もう思い出したくない。因みに激怒した原因は、数日家に帰ってこなかったことではなく、書置きの文字の汚さである。


 記入を終え、職員の所に戻る。ミラは先に書き終えて、既に提出したらしい。


「えーっと、ミラさんですね。16歳、出身はクルト、現在はエスト村にお住まいなんですね。炎魔法が使用可能。はい、ありがとうございます。そしたら、この魔道具に手を乗せて魔力を注いでもらっていいですか?この器具を使って、魔力量などを測定いたしますので」


 職員に言われ、ミラが水晶のような魔導具に手を乗せ、魔力をそそぐ。するとこちら側からは良く見えないが、魔導具の中に文字が浮かんでいるようだった。


「なるほどなるほど、ミラさんはかなり魔力量が多いみたいですね。これは魔導士としては将来有望ですよー。えーっと━━」


 ミラが炎魔法を使用しているのは、今まで何度も見ていたので、彼女の魔力量が多い事は驚きはしない。流石はエスト村の子供たちの中で一番の実力者である。


 無言で納得していると、ミラが「ほらみろ」と言わんばかりの顔でこっちを向いてくる。実力差に悲しくなるものだ。


「うわぁー、しかもミラさんは加護を持ってますね。加護名は《炎妃えんき》。これは中々に凄い加護ですよ。ミラさんの魔力量が多いのにも納得がいきます」


 加護というのは神々に愛された者が持つことができる特殊な力のことだ。自分も話でしか聞いたことがなく、加護を持っている人は今初めて見たほどだ。


 更に職員が説明をしていく。《炎妃えんき》とは、炎魔法の行使に当たって大きく効果を示す加護であり、威力の増大、魔力制御の補助、魔力消費量の減少などが該当するらしい。

 なんだこの格差は、まだ自分の登録をしていないのに惨めな気持ちになってきた。


 しかも横にいるミラが「ほらほらほら~私凄いでしょ〜」と満面の笑みでこちらを見てくるのが、その惨めさをより増大させる。もう帰りたい。


 だがそうはいかない。英雄になるためには、このミラよりも強くならないといけないのだ。魔法が使えないシュウだが、魔力量測定の際に何か加護が見つかるかもしれない。


 先ほどから勇翔の魂が「この俺の封印されし力が、今解き放たれる!」と叫んでいるような気がするが、よけい惨めになりそうなので一旦無視をする。

 ヴァイグルに来てから、勇翔の魂が盛り上がっているが、恐らく都市に来て彼の魂も喜んでいるのだろう。


「それじゃあ次はミラさんの、お友達、ですかね?記入した紙の提出をお願いします」


 ようやく自分の番が来たので、紙を職員に渡す。面倒なことにならなければいいのだが、


「シュウ・ヴァイスさん、16歳。家名持ちなんて凄いですね。もしかして貴族の方ですか?」


 簡単に否定し、首を振ると、「失礼しました」と言い職員は続ける。


「それで、使える魔法の欄が記入されていないのですが……書き忘れですか?」


 笑顔で問いかけてくる職員に、シュウは心の中で溜息をつく。第一関門がこれだ。


「いえ、俺は魔法が使えないので書いていません。でも魔札まふだを利用すれば魔法を発動させることは一応できるので、戦闘において支障はないと思います」


「……」


 落ち着いて返答したのだが、職員は表情を動かさず固まっている。魔法を自発的に使用できない人族は、この世界に普通は存在しないため、そのように反応するのも無理ないだろう。4秒ほど沈黙した後、


「は、はい、そうですか。えーっと、べ、別に魔法が使えない方が登録できないという決まりはないので、問題ないです!」


 取り繕うように元気に喋る職員だが、動揺を隠しきれてない。横にいるミラが心配そうな目でこちらを見てくるが、止めてほしい。更に惨めになるだけだ。


「そ、それじゃあ、ミラさんが先程やったように、この魔道具の上に手を乗せてください」


 言われるがままに手を乗せ、魔力を注ぐ、そして職員が魔導具に現れた文字を確認、


「なるほど、魔力は土属性なんですね。魔導具に魔力を注ぎ込めるということは、魔法も使えるはずでは?じゃあ、嘘?なんのために?そんな嘘、意味もないし。まさか冷やかし?でもミラさんのお友達のようですし。意味が分かりませんね」


 独りでぶつぶつと呟く職員。呟きを聞いたミラが更に心配そうな目で見てくる。本当に止めてほしい。勇翔も「こんなはずじゃない!」と叫んでいるが、ちょっと静かにしてろ。


 独りで呟いていた職員は、はっと気が付くと


「あっ、失礼しました!す、凄いですよ、シュウさん!シュウさんの魔力量はミラさんよりも多いです。魔力量”だけ”なら王都でも最高峰の魔導士と同等です!」


「……」


 気のせいだろうか。褒められたような気がするが、何故だか貶されたような気がする。


「……ふふっ、宝の持ち腐れね……ふふっ」


 横にいるミラが、笑いを堪えて、声を殺して呟いているのが丸聞こえである。英雄への道は険しいな。


 気を取り直して、職員に「これで、終わりですか?」と確認するが、


「あ、申し訳ありませんが、フードを取って顔を見せていただくことは可能でしょうか?家名を持っていますし、問題はないと思うのですが、一応の確認というわけで」


 さて、第一関門の後は、第二も第三も飛び越して、最終関門だ。ギルドの規則には明記されていないが、どうなるかは分からない。覚悟を決めるしかないようだ。


 仕方のないことだ。これも英雄になるために必要なことだと割り切っていくしかない。無言の間のせいで職員が少し不審がっているので、一言謝罪をしてフードを取る。


「えっ……ひっ、く、黒い、あ、あ、ありがとうございます!も、もう大丈夫です!」


 自分がフードを被った後も怯える職員だが、怯えながらも、職員としての体裁を保った彼女に感謝すべきなのだろう。


「驚かせてしまって、申し訳ないです」


「だ、大丈夫、で、す」


 問題はあったが、登録を拒否されなかったので問題ないだろう。

 黒い瞳についてギルド規約に明記がされていないことに、今は感謝するシュウだった。



 ━ ━ ━ ━ ━ 


 冒険者ギルドに来て、勇翔の魂が騒いでるので、シュウがつられて、少しギャグ路線になってます。

 よかったな、勇翔。これが異世界だ(確信)

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