第一章7【星空】

「そういえば、シュウ、お前また村の子供たちと喧嘩したのか?」


 皆で晩御飯を食べ終えた後、父さんが今日の昼間の喧嘩騒ぎの事を唐突に尋ねてきた。


「誰から聞いたんだよ」


「ベルゲさんから、いや、お前達からしたら村長の方が分かりやすいか。村長から聞いたぞ。帰ってくる途中、巡回中で走ってる彼に偶然出くわしてな。まあ、ミラちゃんが助けてくれたから大事にはならなかったみたいだけど」


「あら、そうだったの。それが原因で帰って来た時、あんなにボロボロだったのね。ミラちゃん、シュウを助けてくれてありがとうね」


「ううん、大丈夫。私もアイツらには凄くイラっとしたし。ねぇ、母さん、今度からシュウが外出する時は、回復薬持たせた方が良いんじゃないかな?」


「そうだね、シュウくんにだったら、ウチの回復薬を安く売ってあげてもいいよ。とは言え、できることなら使うような状況にならないのが一番いんだけどね」


 ミラが彼女の母親であるフランに提案をする。フランおばさんはこのエスト村で魔道具店を営んでいるため、回復薬などは大量に手に入る。


 魔道具と言うのは、ヴェーダにおいて人族社会の生活基盤を支えるための必須だ。自分も詳しい原理は知らないが、魔石を利用して動くらしい。

 魔石は、山脈から採れる魔鉱石を魔物の一部と合成してできる魔力を持った石だ。


 この魔道具と魔石を勇翔の記憶的には異世界ファンタジーという事になるらしいが、自分からしたら科学とやらで空を飛んだり、遠く離れた人と会話できる道具の方がよっぽど非現実的だろとしか感じない。

 

 あらためて自分の向井勇翔の記憶がこのヴェーダにおいては異質なものだと感じる。


「そうよねー。折角フランさんの店から頂いたローブがあってもこれじゃあ、困ったものよね」


 母さんが言うローブとは、昼間に自分が外出の際に着ていたもので、これも魔道具である。効果としては認識阻害というもので、光魔法の一種らしい。


 このローブを着ると、周りの意識に入りにくくなるため、人が少ない店に入ったり、村の中でもよっぽど目立つ行為をしなければ周りから注目されないはずなのだが、


「そのローブが凄いのはわかるんだけど、あのキョウの奴らはすぐにシュウの事を見つけるのよね。なんでなの?」


 ミラの発言に自分も同じことを疑問に思う。ローブの認識魔法は間違いなく機能しているはずなのだ。事実、今日もキョウ達に声を掛けられるまでは誰からの視線も感じることがなかった。だが彼らは自分を見つける度、声をかけてくる。


「それは、きっと彼らがシュウの事を強く意識しているからね」


「そうだな。例えば森の中を歩くときも、薬草を見つけることを強く意識している時と、していない時では、見え方が変わるだろ?つまりだ、彼らはいつもシュウを見つけるつもりで村の中を歩いているんだよ」


 なるほどなと両親に感心する。普段は感じないが、自分の両親も元冒険者なのだと、こういう時ばかりは実感するものだ。これを言うと恐らく自分の両親は調子になるので決して言わないが。


「なにそれ。なんでローブにもそんな欠点があるのよ。それにあいつらどんだけシュウに恨みを持ってるのよー」


 思わずテーブルに両腕を伸ばし、突っ伏すミラだが、そうしたいのは自分だ。呪われた存在かなんだか知らないが、自分が一体彼らに何をしたと言うのだ。

 毎回毎回、一方的に難癖を付けるのは勘弁してほしい。


「でもね、その欠点も必ずしも悪いものじゃないのよ。例えばアンちゃんは前、村の中で1人だったシュウをすぐ見つけたことがあったわよね?」


「うーん、そんなこともあった気がする、かな?」


 ミラは覚えていないが、自分は覚えていた。以前、本屋の前で立ち止まって、中に入ろうか迷っていた時、アンに話しかけられたのだ。ローブを被っている状態の自分を見つけられるのは基本的に両親のみなので、あの時の事は衝撃的だった。


 ミラからしたら自分を見かけ、声をかけただけなのだから覚えていなくても当然だろう。


「それもね、ミラちゃんの中に、きっとシュウに対して強い思いがあるから見つけられたのよ」


「あら、そうなの?ミラ?」


「ちょ、ちょっと!おばさんも母さんも何言ってるのよ!」


 2人の母親にちょっかいをかけられ恥ずかしがるミラ。これもいつもの光景だ。恥ずかしくて見てられない。そして最後にはいつも、


「なに?つまり、ミラちゃんは……俺やリサのようにシュウの事を、愛らしい息子と思っているってことか?」


「なんでそうなるんですか!シュウはただの幼馴染!友達です!」


「はっはっは、喜べシュウ、お前にはミラちゃんという母親がいるらしいぞ!だったら、もう一人のお前の母親のリサは俺が独占してもかまわないよな!な!」


「頼むから、父さんは黙っててくれ」


 父さんの天然ボケにミラが大声でツッコミを入れる。こうして晩御飯後の談笑の時間も過ぎ去っていった。



 * * * * *



 屋根の上で夜風に当たっていた。大人達3人は、今頃エールでも飲んで騒いでいるだろう。家の中から大きな声が聞こえる。

 

 エールを飲んで魔力酔いをし始めると、彼らの絡みはとんでもないことになる。今までそれで散々な目に合ってきたから、先に外に退避してきたのは正解だったようだ。


 綺麗な星空を眺めていると、ふと気が付いたことがあった。勇翔の記憶で見た地球の星空も、ヴェーダの星空も同様に綺麗だが、同じではなかった。確かに月はある。星もある。だが位置が違う。地球でいうところの星座という概念は、ヴェーダには存在しない。

 

 ヴェーダにおいてはそれぞれの星が異なる神であると考えられている。だが星座とは違って名前はない。ヴェーダにおいて、神の名前は世界を創造したと言われている智神、武神の2つしか存在しない。


 この星々の数だけ存在する神々も智神、若しくは武神であり、集団でそれぞれの神を形成しているのだ。


 神の考えることなんてただの人族の1人である自分にはわかるわけがない。だが自分達も、髪の毛一本一本に名を付けたりはしないはずだ。恐らくはそういうことなのだろう。


「あ、こんなところにいた。もう、おばさんたちも、お母さんも盛り上がって大変だったんだから」


「だから先にここに避難したんだよ」


「それなら、先に言ってくれればいいのに」


 感傷に浸っていると、ミラが屋根の下から顔をのぞかせた。予想通り大人たちに絡まれて大変だったらしい。


「こんな屋根の上で何をしてたの?」


「んー、星空を見てた」


「なんで?」


「なんか、いつも見るのとは違って見えたんだよね」


「……そっか」


 静かに隣に座り込むアン。暫く無言でいたがミラが口を開いた。


「ねえ、シュウ、今日の村での喧嘩の話なんだけど」


「あぁ、助けてくれてありがとな。まだお礼言ってなかったよな」


「ううん、気にしないで。困った時はお互い様でしょ?それでさ、聞きたいことがあったの」


「なにが?」


 再び無言の時間が流れる。どう質問すればいいのか迷っていたミラに一言、「気にするな」と言うとミラは口を開き始めた。


「なんで今日はあんなにムキになったの?確かに、アイツらはいつもシュウの事を馬鹿にするし、挑発もする。でも、普段だったら、もっとシュウは冷静に対応できていたんじゃないの?何があったの?」


「…………」


 ミラがそれを疑問に思うのは当然だった。いつもならフードを取ったとしても、殴りかかることなんてしなかったし、暴力沙汰を起こすことなんてめったになかった。


「アイツらさ、いつも俺が悪魔とか、呪われた存在とか言ってくるけど、そういうのはどうでもいいんだよ。だって俺は悪魔じゃない。呪われた存在でもない。そんなのは俺が一番分かってる」


 寝っ転がって星空を眺めながら喋ってる間、ミラは無言で頷きながら聞いている。


 だが今日は耐えられなかった、我慢ならなかった、堪えきれなかった、


「でも、アイツら、俺は英雄になれないって言ったんだよ。それどころか、アイツが英雄になったら、俺みたいな悪魔は全員殺してやるよって言ってきてさ。英雄ってそういうのじゃないだろ?」


 たとえそれが悪人でも、困ってる人には手を差し伸べて助ける。それこそが真の英雄だ。それこそが自分が好きな英雄エルクであり、勇翔が好きな勇者のあるべき姿であり、


「それを否定された気がしてさ、何も考えずに殴りかかっちゃったよ」


 馬鹿なことをしたと笑う自分を、ミラが悲しそうな目で見つめ、「そうかもね」呟く。


「でも、それはシュウが悪いんじゃないよ。シュウの黒いが。それがあるから、皆、シュウの事を何も知らないのに嫌って、シュウの夢を否定するんだよね」


 それは悲しいよとミラは更に言う。ミラの言うことも理解できる。自分がもし、黒いを持って生まれてこなかったら、と考えたことが無いわけではない。それでも、


「俺はこの黒いを恨む事はしないよ。だって、お父さんと母さんから生まれた時から、俺はずっとこうなんだぞ?それなのに、これを恨んだら、自分の両親を否定するみたいじゃん?」


 自分がこの世界に生まれたときからこのを持っているなら、自分は何かしらの理由をもって、この色を授かったに違いない。そして瞳を通しての出会いもあった。


「なあ、ミラ。俺に初めて会った時、何て言ったか覚えてる?」


 ミラは首を振る。彼女にとっては何でもないような当たり前の発言だったのだろう。子供が思ったことをただ言うだけの事。


 それは当時、他の子供や、周囲から忌み嫌われ、色々な言葉を浴び続けていた自分にとっては特別な言葉だった。


『綺麗でかっこいい』


「あの言葉で、俺は救われたんだよ。世界から忌み嫌われるこのを、両親だけじゃなく、良いと言ってくれる人がいる。だったらなんだってできるだろ!不可能なことなんてない!そう思ったんだ」


 当時のシュウは、完全に外の世界に壁を作っていた。両親以外の全ての人から悪魔と言われ、世界に対して絶望していたシュウ。

 彼は、何気ない少女の一言で救われ、世界に心を開いたのだった。


「でも、シュウは変わったよね。確かに昔から英雄の本はいつも読んでたけど、あの時はさ、夢見る子供が思い付きで言ってるみたいだった。でも、今は違うよね。本気で言ってるんだって分かるよ」


 シュウはミラに出会ってからはいつも「英雄になりたい」と言っていた。でもそれは子供の絵空事のようで、大人になれば忘れてしまう儚い夢のはずだった。でもそれはあの日、両親の前で誓った時、絵空事ではなくなった。


「約束したんだ。ある人と。俺が一緒に夢を叶えてやるって」


「ふーん。誰と約束したの?」


「それは、秘密」


「えーなんでよー」


 この誓いは、誰にも言うつもりはない。男同士の約束であり、今は自分の中にしか存在しない彼との約束。そして英雄になるもう1つの理由それは、


「それでさ、ミラ」


「なに?」


「もし、俺が皆に英雄って認められるようになったらさ」


「うん」


「その時は、俺と━━、」


「おぉぉぉーーい!!!我が愛すべき息子よ!!!!そんなところで何をしてるんだ!お父さんを仲間外れにするなんて、お父さんは寂しいぞぉ!!!」


「「……」」


「おぁ?ミラちゃんもそんなところにいたのか!皆で将来の夢についてでも語り合おうじゃないか!どうだ!ちなみに父さんはな、小さいときにはこの世界で一番のお金持ちになりたかったんだ!」


 本当に、とんでもない父親だ。ある意味では最高のタイミングと言っていいだろう。


「わかったから!すぐ家の中に戻るから!ちょっと待っててよ!」


 叫びながら家の中に戻っていく父親。もうどう反応すればいいのかわからない。


「……じゃあ、中に戻ろっか?」


「ふふっ、そうね」


 別に今日じゃなくてもいいだろう。自分が英雄になるのは当分先の話だ。


 だがその前に一言だけ。


「あ、でも待って、ミラ。一言だけ言わしてほしいんだ」


「どうぞ」


「それじゃあ、えーっと。月がきれいですね」


「……月はもう雲に隠れてて見えないわよ?大丈夫?」


「……うん。大丈夫」


 家の中に戻っていく最中、ふと思ったことがあった。あの父親は、一体どうやって、あの美人な母親と結婚したのだろうか?


 まあ、これも今度聞いてみることにしよう。

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