第40話 後日談《アリス・クトゥ》


「はぁーようやく落ち着いたなぁ」


 ギルドに顔を出した翌日、僕はいつもの日課の如く学園屋上で寝転がりモラトリアムを絶賛満喫していた。


 え? 授業?

 そんなのサボりですよサボり。留年しそうものなら学園長室に札束片手にスライディング土下座して突撃する所存。でーじょぶだ。お金は全てを解決する。


 何にも変えがたい至福の時間だ。そんな素晴らしい空間をぶち壊すようにガチャリとドアの開く音が鼓膜を貫いた。


「あんなの事があったのに貴方はいつも通りなのね」


「クトゥか。もう体は大丈夫なの?」


 振り向くとそこには件の少女、アリス・クトゥその人がいた。




 ◆



 彼女はその流麗な黒髪を押さえつつ、ゆっくりと僕の隣へと腰を下ろした。


「何も言わないし、何も求めて来ないのね」


「へ? あぁ……まぁほらこういうのは我が物顔で何か言われてもムカつくじゃない? それに僕は勝手にやりたいことをやっただけだよ」


 急に問われて虚をつかれたが言葉通りだ。

 そりゃまったくもって下心がないと言われれば嘘になるけどさ。

 それでも僕が我が心の衝動に身を任せてやりたいようにやったことに間違いはない。別に見返りを求めるためにやったわけじゃない。


 勝手に決めて勝手に実行したことだ。それなのに報酬を求めるなんてお門違いにも程がある。


 それに報酬なら何故かギルドからたんまり貰ってるわけでして、その上彼女から巻き上げるのは気が引ける。



「私、人生を諦めていたわ」


 彼女はしばらく青空をぼんやりと眺めた後、ポツリポツリと語り始めた。


 物心ついた頃には自分の人生が決めたれていたこと。

 自分の人生は他の人間と比べてそう長くはないということ。

 誕生日という行事に喜びはなく、ベッドの上で丸くなりひたすら震えていたこと。

 約束の日が近づき何もかも投げやりになっていたこと。



 そのどれもが彼女にとっては耐え難い苦痛だったのだろう。

 彼女が何を思い何を諦めて日々を過ごしていたのか。僕はその内容も苦悩の重圧も知り得ない。


「そういうものだと沢山言い訳を自分にして納得するような日々を過ごしていたわ」


 人生が生まれた時から決まっているというのは、一体全体どういう気分なんだろうか。人生を選べないというのはどんな気分なんだろうか。

 きっとクソの掃き溜めにも劣るものなんだろう。知らんけど。


 まぁ知らないからこそ好き放題かつ無責任に言えることはある。


「ま、なら丁度いいじゃんか」


「え?」


「もう何かに縛られることもない。何をしてもいいし、何もしなくてもいい。君の人生はようやく始まったんだよ」


 アリスは僕の言葉にキョトンとして表情を浮かべる。そして何を思ったのか不敵な笑みを浮かべた。


 彼女はシナリオという名前の運命からようやく解放された。きっと今、世界は恐ろしくも輝いて見えていることだろう。


 自由とは世間一般がイメージする意味とは裏腹にとても恐ろしいものだ。

 同時に自分で行き先を決めれることも意味する。悪い方向かもしれない。もしかしたら命を落としてしまう可能性だってある。


 それでも本人にとっては何よりも尊いものなはずだ。

 だってまだ何も決まっていないのだから。


 まぁだからだ。

 だから彼女が僕なんていうモブに関わることはこれでなくなるのだろう。


 何せ僕は所詮モブ。

 そして彼女は超絶美少女な上に貴族の令嬢。月とすっぽんもいいところだ。

 今回はサブシナリオの進行に巻き込まれる形で彼女と関わりを得たが、普通であれば接点すら生まれることすらない。


 寂しくないと言えばもちろん嘘になる。

 だけどそれは望まぬとも日々の喧騒がゆっくり薄れさせてしまうことだろう。僕に出来ることと言えば彼女と過ごした日々を思い、それを未練がましく未練がましく飴玉のように舐め続けることぐらいだ。

 うわ、ほんとにモブっぽいな。


「……」


 そのはず。

 そのはずで彼女はもう僕に用なんてないはずなのに、依然として屋上から離れようとする気配はない。


 しかも何故か無言かつしかめっ面で僕を見つめていた。なんで?


「えっとまだ何か御用がおありになる感じです?」


 試しに聞いてみた。聞き方がなんか変になった気もするけどそれどころではない。アリスはとてつもない重圧プレッシャーを放っている。胃からリバースしそう。


「ど、どうぞお立ち上がり下さいやがれ」


「あ、はい」


 思わず返事をしてしまったが、彼女の言葉には有無を言わせぬ覚悟みたいなものが滲み出ていた。

 ここは彼女に従い、わけが分からないながらも立ち上がった。


「えっと……そ、その……」


「あ、はい」


 それに引き換え僕なんて『あ、はい』しか発することの出来ない悲しい化物チー牛と化している。なんたる落差。


「そうね……だからモブ君。貴方さえ良ければなのだけれど」


 立ち上がったアリスは両手をお腹の辺りで組みモジモジとさせている。


 しばらくその行動に勤しんだ後。彼女は何かを決したのか、唇をキュッとむすんで真っ直ぐと僕を見据えた。


 ゴクリ。


 思わず息を飲む。


「ーーだからこれからも仲良くしてくれると嬉しいわ」


 そして彼女は僕に向けて満面の笑みを浮かべた。

 それは向日葵というにはあまりにも綺麗過ぎて。闇夜に煌々と輝く満月なんて言葉がよく似合う。そんな柄にもないことを思った。それぐらい綺麗だったのだ。


 うわ卑怯だ。反則過ぎるでしょこれ。

 彼女の笑顔を見てまず最初にそう思う僕は本当に駄目な部類なのだと改めて思う。


 単なるモブでしかない僕は残念ながら超絶美少女の満面の笑みを受けてすぐ言葉を返せるようには出来ていない。彼女には申し訳ないが、しばらく間抜け面を晒すことになるだろう。


 色々苦労がありすぎて大変だったし、この先だってどうなるか分からない。嫌で堪らないけど、きっと更なる厄介事に巻き込まれてしまうのだろう。


 ただこの笑顔を見れて本当に良かったと僕は心の底からそう思うのだった。







◆◆◆



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