第21話 アリス・クトゥは逃がさない④《アリス・クトゥとの日々⑧》


「着いたみたいね」


 馬車で移動すること早三時間。ようやく目的地に到着したらしい。放課後に出発したから既に辺りは暗くなっていることだろう。目隠しされているから分からんけど。


「こっちよ着いてきなさい」


 僕はいまだに目隠しをされていのでされるがままだ。アリスに手を握られて更に移動させられる。

 なんか良い匂いとかもするしドギマギするんですけど。前世を含めて自分の女性経験の無さが恨めしい。


「もういいわよ」

「おぉ……」


 目隠しを外され視界に飛び込んできた光景に、僕は思わず感嘆の声を漏らした。


 連れてこられたのは見晴らしの良い丘の上だった。そして視界に飛び込んできたのは一面の星空。

 あまりにも綺麗であっけにとられた。この世界でも星空は同じなんだな。寸前のところで堪えたが思わず涙が出かけた。


「ふふ、良い場所でしょう?」

「そうだね。うん良い場所だ」


 心の底からそう思う。


「あらモブリオン君にしては随分と素直ね」

「うん。どこに連れてこられるかと思ったけど、来て本当に良かったよ」


 そんな言葉を聞いたアリスはどこか誇らしげだ。


「ここに連れてきたのは家族以外だと貴方が初めてよ」


「そりゃ大変光栄なことで」


 アリスの言葉に思わずドキリとした。言葉こそ平静に務めたが内心は滅茶苦茶だ。

 なになんなの。もしかして僕のこと好きなの?


 そんな僕の心境など知らず、アリスはどこか懐かしそうに星空を見上げた。


「よく母とここに来たの。私が泣いたときよく連れてきてくれたわ」


「クトゥがそんな泣くなんて今じゃ想像できないね」


「あら随分と酷いことを言うのね。これでも私はひ弱でいたいけな美少女なのよ?」


「ハイハイソウデスネー」


 彼女は苦笑を浮かべているがどこか楽しげだ。


「ねぇモブリオン君。私ね貴方と過ごすこの時間が好きよ。だから今日はどうしても貴方とこの光景を見たかったの」


「おっふ」


「変な声出さないでくれるかしら。気持ち悪いわ」


「あ、はい」


 なんかごめん。キモくてごめん。


「ねぇ……リッカさんとは本当に付き合っていないのよね?」


「随分とそれ気にするのね。だからさっき言ったじゃん。アイツと僕はこれっぽちもそんな関係じゃないよ」


 仮に僕が彼女に好意を持ったとしても、その逆は有り得ないのだ。

 何度も自分に言い聞かせるように語るが僕は一介のモブでしかない。そんな存在が原作のそれもメインヒロインであるリッカとどうこうなるべきではないのだ。烏滸がましいにもほどがある。


「ふぅん。まぁ貴方みたいなろくでなしが女の子と付き合えるわけもないものね」


「はいはいどうせ僕はモテないですよー」


 アリスは僕の返答を聞いて何を思ったのか、僕のほうに一歩だけ踏み出した。


「それならもう少しだけーーもう少しだけ私に借りられていてね」


 そして星空に照らされる中で彼女ははにかみながら僕に手を差し伸ばした。


 もう少しという言葉は僕の胸に鈍い痛みを走らせた。

 彼女はもう少しで死ぬ。現在進行しているサブイベントの果てに死んでしまう。そして彼女はそれを多分知っているのだ。


 彼女に全くもって非はなく。彼女は人並みの幸せを得れぬまま、自分が幸せだったと勘違いして死んでしまう。


 なんて滑稽で哀れなのだろうか。どう足掻いたところで死ぬことが決まっている存在が彼女だ。

 それでも。それでも僕は間違いなく星明りに照らされる彼女に見惚れた。


 それなら僕の答えは決まっている。彼女が他でもない僕を望むというのなら、可能な限り傍にいてやろう。そう決心した。


「ま、僕なんかでーー」



 この時、僕は間違いなく油断していた。

 この世界が前世でプレイしたゲームを元にしたどうしようもなく理不尽なものであることを失念していたのだ。


 彼女の手をとろうと手を伸ばしたその瞬間、突然彼女は闇に覆われた。






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