第46話 宣戦布告

 八月末。夏休みが終わって学校が始まった。九月の頭に体育祭が有り、その練習も始まる。

 体育祭は全学年クラスによって赤ブロック、白ブロック、青ブロック、黄ブロックに分かれる。

 成生たちのクラスは赤ブロックになった。



「私、体育祭楽しみです」

 成生の右側にいるリリアが言う。リリアにとっては初めての体育祭だ。興味津々なのは、その様子からもうかがえる。


「やるからには、勝とうね」

 成生の左にいる海陽みはるが言う。運動が得意な海陽はやる気満々だ。性格的にも、勝つことしか考えていないだろう。


 そして真ん中の成生。

 三人の脚は、紐で繋がっていた。



 成生とリリアと海陽は、最後のブロック対抗大リレーに出場する。

 ブロック対抗大リレーは様々な競技でリレーしていく種目。成生たちがやる三人四脚は、その中の一つである。直線からコーナーを回り、その後の女子100m、ラストの男子200mに繋がる競技で、これで優勝が決まるかもしれない。なので、ヘタにミスは出来ない。



「おっ、やってるねえ」

 近くを通りかかったこいぬが声をかけてきた。こいぬはブロック対抗大リレーの100mに出場する。つまり、成生たちはこいぬにバトンを繋ぐ役目なのだ。


「多少のミスぐらいなら私が取り戻すから、気楽にやればいいよ」

「頼もしいなあ、トカちゃんは」

「ミスしないのが一番だと思うけどな。十勝さんに迷惑かかるし」

「何が起きるか、最後まで分からないですからね」

「そうだね」


 こいぬは三人の顔を見る。


「この三人の中では海陽が一番運動できるんだから、リードしなさいよ?」

「うんっ」

「それじゃあ、私は行くね」


 こいぬと別れると今度は、

「お兄ちゃーん!」

「みんなぁ、練習?」

 照日とゆうがやってきた。


 二人は応援合戦に出場する。そのせいか、有は赤いチアコス。隣のクラスで青ブロックに所属する照日は、青いチアコスに身を包んでいた。


「なりお兄ちゃん。るーの応援いる?」

「照日ちゃん。元口ちゃんは照日ちゃんの敵だからねぇ?」

「あ、そっか。うーん、残念」

「代わりにぃ、私が応援してあげるから、みんな頑張ってねぇ」

「あ、はい……」

 スタイルが良すぎる有のチアコス姿が新鮮すぎて、成生は目のやり場に困っている。


「照日ちゃーん!! こっちこっちー!!」

 遠くで照日のクラスメイトらしき女子生徒が叫んで手招きしていた。

「あ、行かなきゃ。じゃあねー。お兄ちゃん。お姉ちゃん」

 照日はすぐに女子生徒の方へと走っていった。


「私も行かなきゃ。またねぇ」

 有とも別れて、また三人になった。



「じゃあ、練習しようか。海陽さん。リリアさん」

「よし、がんばるぞ!」

「はい」

「海陽さん。二人三脚と三人四脚って、何か違いが有るの?」

「無いよ。やること変わんない。最初の一歩がピャッと行ければ、あとはビューッと走るだけ」


 相変わらず説明が擬音祭りで抽象的すぎる海陽。でも、今回は言いたいことがなんとなく分かる。


「つまり、最初の一歩が大事ってことだな! それじゃあ、軽く走ってみようか。行くよ。せーのっ!!」

 成生のかけ声に合わせてリリアが左足、海陽が右足を出した。


 つまり、どちらも成生と繋がっている足を出している。


 成生は後ろに倒れそうになるが、リリアと海陽の腕で支えられたので、なんとか倒れずに済んだ。

「大丈夫ですか? 成生さん」

「大丈夫? ナリオくん」

「――危うく市中引き回しの刑になるところだった……」

 死罪になるようなことは何もしていないのに……。



 その後も何回かやってみるが、リリアと海陽の脚が合わない。真ん中の成生が、その度に倒れそうになったり、前のめりになったりする。


「わたしが右足出すから、リリアも右足出してよ」

「いいえ。私が左足を出すので、海陽さんも左足を出してください」


 にらみ合う二人。同時に成生を見る。


「成生さん! どちらを出すか決めて下さい!」

「ナリオくん!! どっちを出すか決めて!!」

「えー……」


 リリアと海陽に言われ、間の成生は戸惑う。


 二人がなぜかギクシャクしていると感じた成生。

(こんなに火花バチバチになるほど、体育祭に真剣なんだな)

 と、どうしてこうなっているか、全く気付いていない。のんきな物である。


「ちょっと休憩しようか。流れが悪い時は気分転換だ」

 そう言って成生は、リリアや海陽と繋がる脚のヒモをほどいた。身体が前後にガクガクとなっていたせいか、一人だけ異様な疲労感に襲われていた。


「休憩の間にどっちの足を出すか、二人で話し合ってよ。そっちの方がいいと、俺は思う」

 自分が決めるよりも、二人で決めた方が納得すると思った。なので、そう伝える。この二人で殴り合いのケンカなんてことは無いだろう――ないよな?


「じゃあ、ちょっと来てよ」

 話を聞かれたくない海陽は、リリアを体育館裏に連れていった。




 体育館裏へと着いた海陽とリリア。ここはひっそりしていて、騒がしいグラウンドとは正反対だ。

「なんでしょう、海陽さん」

「ずっとそんな気はしてたけど、今回で確信したよ」

「なにがですか?」

「リリア、ナリオくんのことが好きでしょ!!」


 ズバリ言われたリリアは一度目を伏せる。

 少しの間の後、海陽をまっすぐ見つめた。


「……そうですね。私は誰よりも成生さんが大好きです。この気持ちは、誰にも負けないと思います」

「そう。やっぱりね。わたしも好きだよ、ナリオくん」

「そうですか」

 リリアもそんな気がしていた。なので、驚きは無い。


「だから決めた。わたし、今回の体育祭で勝ってナリオくんに告白する!」

「負けた場合はどうするのですか? 私がわざと足を引っ張って負けることも出来るのですよ?」

「え? うーん……」

 そこまでは考えて無かった海陽。


「……なぐさめるために告白する?」

「ちょっと、よく分かりませんね。どちらにしても、告白するということですね?」

「うん。でも、問題はそこじゃないんだよ。このままわたしたちが争っていたら、ナリオくんがこわれちゃうよ。見たでしょ? あの疲れ切った顔」

「どうでしょう。いつもの成生さんに見えましたが」

「いいや、疲れてる。だから今、休んでるんだよ」

「私たちの話し合いの時間を設けたと思いますが」

「とにかく、体育祭の間だけでも平和的にいこうよ。ナリオくんに迷惑かかっちゃうから」

「まぁ、いいですよ。でしたら、最初の足は海陽さんに譲ります」

「ずいぶん余裕だね。一緒に住んでるから有利だと思ってる?」

「それも有るかもしれませんね」


 それ以前に成生とリリアは彼氏彼女の関係ということになっている。

(例え私がアンドロイドとはいえ、そう簡単に成生さんの気持ちが揺らぐことは無い)

 リリアはそう強く思っていた。


「それじゃあ、戻ろうよ」

「はい」


 成生の元に戻ろうと先に数歩進んだ所で、海陽は振り返る。

「そうそう。結果がどうであれ、リリアとは友達のままだからね。例えナリオくんがリリアを選んだとしても、絶交はしない。それだけは約束する」

「はい。いつまでも、いいお友達でいましょう」

「そうだね。せっかく出会ったんだもんね」

 そう言って、海陽はリリアに笑顔を見せた。



 少しギクシャクした関係は、この休憩を境に収まった。

 何が有ったかは、巻き込まれていた成生が知らないままで。

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