第39話 フィッティングルーム

 シャッと更衣室のカーテンが開いた。

 そこには、薄い紫のラッフルスリーブシャツにベージュなワイドパンツ姿のリリアがいた。その落ち着いた色合いで、大人っぽいリリアが、いつもよりもお姉さんっぽく見える。


「うーん……」


 このコーデを選んだ海陽みはるは不満げな様子。渋い顔だ。

「リリアだから大人っぽい感じがいいかと思ったんだけど、なんか違うんだよなぁ……」

「そう? リリアさんに合ってていいと思うけど」

「わたしのカンが正解! だと言わないんだよ」

「私も動きやすくて、いいと思いますが」


 リリアが不意に腕を上げた時、ラッフルスリーブで隠されていた腋が丸見えになった。顔をうずめたくなるようなキレイな腋に、成生は目を奪われる。

「いいな……これ」

「いや、わたしがなっとくできない。別のもってくる」

 そう言って、売り場に戻っていく海陽。成生はとりあえず海陽を追いかけた。



「リリアに合うのはどれだろう……」

 海陽の服探しが始まる。


「ナリオくんは、リリアにはどんな感じのコーデが似合うと思う?」

「え?」


 成生は少し考える。


「……清楚系?」

「清楚かぁ……」

 言われた海陽は、清楚系統の服を探し始める。


「ねえ、ナリオくん。ナリオくんは……その……やっぱり清楚な感じの女の子が好きなの?」

 海陽が服を探す手を止めずに訊いてくる。


「ん? んー……そうとも限らない」

 実際のところ、好みはよく分からないというのが現状だ。なにぶん、女の子との接点が無かったので。ただ、姉ちゃんみたいな系統は……いや意外と……やっぱりよく分からないな。だけど、姉ちゃんタイプがそばにいたら、ウザいだろうなぁ。


「よかったぁ……」

「なにが?」

「ううん。なんでもない」

 にぶい成生に、海陽が安堵した理由が分かるはずも無かった。


「よしっ! これだっ!」




 シャッと更衣室のカーテンが開いて現れたのは、ボトムスは薄い水色で小さな花柄が散りばめられたロングスカート。


 ボトムスはいいと思う。

 問題はトップスの白いシャツ。

 タイトめなシャツは、リリアの大きな曲線を描くボディラインを浮だたせていた。さらに深めのVネックになっていて、深い谷間が露わになっている。


「……」

 成生と海陽は数秒間リリアを見つめる。

 海陽は黙って成生の腕を引っ張った。二人でリリアから少し離れた位置で、背を向ける。


「ナリオくん。あれはえっちすぎない?」

「えっちすぎない? って海陽さんでしょ、選んだの」

「上は白がいいかなぁと思ってカンで選んだんだけど、あんなことになるとは思ってなかったんだよ」

「目のやりどころに困るんだけど」

「いっかしょしか見ないけどね、あれじゃあ」


 目線も何もかも飲み込んでしまう、深い深いデスバレーを。


「まぁね……。リリアさん目立つし。ひょっとして、遠くから見たら印象が違うかも」

「そう?」


 成生と海陽は同時に振り向く。

 リリアはそのコーデを見ながら、

「これは……女教師プレイに丁度良さそうですね」

 と言いだした。

 成生と海陽は再び前を向く。


「女教師プレイって、ふだんそんなことしてるの!? ナリオくん」

「してないよ。海陽さんに勉強教える時に、リリアさんが言ってたでしょ」

「あー、なんか言ってた気がする。でも、ナリオくんちょっと嬉しそうだよ? ああいうえっちなのが好きなの?」

「嫌いじゃないけど、人前であんな格好されたら困る。前にリリアさんがバニーになった時も、困ってた」

「二人っきりならいいんだ。ふむふむ」

「え?」


 うっかり素直に答えてしまったが、海陽は冷たい目を向けずに納得している。それはそれで怖い。


「とりあえず、別のコーデを考えよう」

「そうだね。あれはマズい」


 リリアを待たせて、成生と海陽で服探しを再開する。

「大人系ダメ。清楚系ダメ。なんならいいんだろう……」

 海陽はリリアに合いそうな服を探すが、どれもピンと来ない。

「いっそのこと、リリアさんに合わせずに選ぶとか」

「たとえば?」

「うーん……これとこれとか……?」

 そばにあった服を取って海陽に見せると、

「それ行くなら、髪型ちょっとイジりたいなぁ。一緒に入るか」

 海陽は成生が選んだ服を持って、リリアと更衣室に入っていった。




「ナリオくーん、開けるよぉー」

 更衣室から海陽の声が聞こえてきた。


 シャッと更衣室のカーテンが開いて現れたのは、トップスには、前立てに沿ってフリルの付いた黒いリボンタイ付きのピンクブラウス。ボトムスは膝上丈で裾がレースになった黒いフレアスカート。髪型は海陽が黒いリボンでツーサイドアップに仕上げていた。


 いわゆる地雷系と呼ばれるコーデだ。どうしてもリリア自体が存在感有りすぎてどのコーデも霞んでいたが、これならコーデの存在感も出せる。髪型も少し変化を加えたことで、リリアはコーデと調和していた。


「あー、いい感じじゃない?」

 海陽は更衣室から出ながら、リリアを上から下までじっくり眺める。

「これに合わせて靴も欲しくなるね」

「そうだね。目に入ったのをパッと選んだけど、いい感じになったな。海陽さんが髪をイジってくれたおかげかも」

「へへへ……」

 海陽はほめられて嬉しそうだ。


「これ、成生さんが選んでくれたのですか?」

「まぁね。海陽さんが選んでいたコーデと違う系統が有ったから、選んでみたんだけど」

「ありがとうございます」

 目を細め、嬉しそうにするリリア。前は分かる人には分かるぐらいの表情の変化だったが、こんなにも分かるレベルで感情を表に出すなんて。よっぽど嬉しかったのだろう。


「私、これを買います」

「うん。あとでそれに合うような靴も買おう」

「はい」




 会計を済ませてきたリリア。手に持っていた袋は、予想よりも大きなものだった。

 先に靴売場を見てくると行ってしまった海陽に置いて行かれた成生は、疑問に思う。


「袋、大きすぎない?」

「実は、女教師セットも買いました」

「女教師セット?」

「海陽さんが選んだVネックシャツにタイトスカートを選んで揃えました」


 あの胸元が開いたえっちなシャツか。


「女教師プレイが必要な時は言って下さい。それにしても、学校の先生はあのような格好をしていないのですが、なぜあれが女教師プレイのコスチュームなのでしょう。成生さんは知っていますか?」


 それは大体がエロい創作物の女教師コーデだから。


 しかし、開発者のリノさんも、なんちゅうもんをリリアに記録させているんだ。

 チャンスがあったら、リリアにしてもらいたいけどさぁ。

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