第11話 将軍、ユージーン・エルンハスト

朝方、夢を見た。





不思議なことに

馬を駆け足させて森をいく女性の夢であった。


馬の扱いに長けている手綱捌きだ。

振る舞いは騎士のようだ、だが ー。


(そのような走らせ方をしてはいけない ー!)


危ないとわかっているのに、声も手も出せない。




突然馬はクールベット(二本足で馬が立ち上がること)をした。

バランスでも崩したのだろう。

(あ ー)


立ち上がる馬に女性は手綱を手放してしまう。

絶対にやってはいけない行為だ。




そのまま女性は後方へ落ちていった。

女性は受け身を取ろうとしている。

ー この女性がかなりの馬の乗り手であることに舌を巻くが

それより驚いたのはその姿だった。



あれはー。







その瞬間、胸の鼓動が強くなった。

ビリビリと皮膚の上を走るような電流が背中を引っ張った。



後ろを見れば

3年前に見た呪文のような文字が現れた。


読めるはずもないその文字を読んだ。















”審議終了、男気により認可”











認可? ー、男気?

...



  ” 審議 終了 ”

 












ユージーンは飛び起きた。心臓の音が激しく打つ。

(これは世にいう”お告げ”に違いないー!)



普段は夢など見ないユージーンだが

今朝は違う。

はっきりと、わかる。


これこそ ー。


確信めいた気持ちがユージーンにはあった。

すぐに部屋のある一角を見た。




従者であり、執事のゲールマンはすでに控えている。

相変わらず起きる前には部屋の隅にいるのはいまだに若干恐ろしくもあるが

それは仕方のないことだ。

「 フィオドア伯爵に早馬を」


気が急いた。




将軍の身となってからは

国のあちこちに張った機密部隊の”蜘蛛”が集めた夜の間の情報が

矢継ぎ早に朝、降ってくる。その為にゲールマンはいる。

起き抜けの頭にそれら情報が入ってこないということはない。



ただし今朝はこちらが先に口を開いた。

ゲールマンは穏やかな口調だ。






「はて、ユージーン様。 本日はすでにフィオドア伯爵家ご令嬢

 ルイーズ様とのご面会の予定が入っておりますが。 ー」





ゲールマンの言葉に頷く。

(あぁ、そうだった。 ー 面倒なことをしたものだ)

誰とも結婚する気はない。

もとより、婚約など ー。





だが、 ー。



ユージーンは水を飲みながら夢を思い出す。

あの馬の鞍にあった紋章は、フィオドア家のものだ。

つまり、あの女性こそルイーズ嬢だろう。



森の中をだいぶ急いでいたようだ。

顔は見れなかったが、美しい銀色の髪がなびいていた。

ーヘレナの髪も銀色だったな...。



姿形がヘレナを思わせるようだった。

でも、ヘレナは馬には乗らなかったはずだ。

落馬など ー。


あの後、無事だったのだろうか。




そもそも夢だった。

ー 夢。

「はっ! フィオドア伯爵にー!」


「...ぼっちゃま。先ほどと同じことを仰っております。」

「その呼び方はやめてくれ、ゲールマン。

 ー ルイーズ嬢には午後行くと連絡を。」




今はすぐにでもフィオドア伯爵にこの夢のお告げを伝えるのが先だ。

早馬で報せれば、返事はそのまま返って来るだろう。



ユージーンは急ぎ、支度を始めた。

(もし、もし本当にヘレナが戻っていたらどうする)


迷いなど毛頭ない。


ー 今度こそ。





高鳴る胸の躍動が、ユージーンの行動を二倍速にした。

騎士団の団長を務めた時よりも

現職の将軍での任務よりも

今日のこの日が、一番緊張している気がした。



( 水を、もう一杯飲んでおこう)


会える、と思うだけで

この3年間が報われた気がする。


だから、ユージーンは決して二度同じ

過ちを繰り返すつもりなんて、ない。









大公将軍 ユージーン・エルンハスト


彼は大公である。

少し、彼を取り巻く話をしたい。


エルンハストの領民は古くからこの国に住む原住民のようなものだが

国の主権を”王族”とは認めていない部族でもある。


領民が信じる王こそがエルンハストであり

彼らの意志はエルンハストだったからだ。


エルンハストの民は皆、武芸に長け、強い。

宇宙のやんちゃな戦闘民族みたいだね。

そして、よく食べ、よく働き、よく寝る。

休憩時間もバッチリ取る。

昼休憩は2時間はとる。

昼ごはんを食べた後は、30分は寝たいそうだ。

(エルンハスト調べ)

人間の文化的規範のできた連中だ。



国の主体産業である鉱石採掘とその加工のおよそ7割は

エルンハスト産であり、国の大きな輸出産業でもある。


彼らが力を持つのは時間の問題だった。


これに国の王は困り果て、渋々大公の地位を与えた。

国の一部でありながら、国ではない、そんな状態である。


だが

この屋台骨である国自体、国ができた当初から

すでにあるべき姿ではなく

国民ですらその人望と手腕を持つエルンハストに

その冠を与えるべきだと声を上げていた。


その声を収めたのは大公ヴィクター・エルンハストだ。

エルンハストの王であり

最初の大公だ。


このお人自身にも大変面白い逸話があるのだが

これはまたどこかで知る日が来るだろう。

ほんとだって。


ともかく、声を収めた。



そして時は過ぎに過ぎ、稀代の阿呆アンソニーが王となった時

いよいよ国民の不安は現実のものとなる。



しかし、神は気まぐれか、はたまた国に慈悲を思ったか

王妃ヘレナを遣わした。


王妃の片翼に類い稀なる天才軍師、フィオドア伯爵が

そしてもう片翼に

国民に絶大なる人気を誇る将軍ユージーンが控えている。




国民だってみんな思ってた。

「もう王族潰してこのメンバーで行こうぜ」


なんだか聞いたことのある異世界でのチーム外しのやりとりだ。

大体そういう場合は、本当は本人にすごく力があるのだが

阿呆王アンソニーにそれはない、絶対ない。断言する。



「...将軍、めっちゃ王妃好きやな」

それも国民にバレている。


「おいおい、もう結婚しちゃえよ」

この国には”不貞”という言葉はないのだろうか。



将軍ユージーンはみんなに愛されている。そして

国民はこの王妃にして、この安定した王政を司どる未来に

安寧を思ったに違いない。




ユージーンは

王妃に、その身も心も捧げた献身の男だった。


だから



王妃の死の報せで、国民がまず最初に思ったのは

「将軍、死ぬんじゃないか?」

だった。



国民に心配してもらえる将軍、ユージーンは

強くて強くて、優しくて、強い。かっこいい。


困った者がいれば誰であっても手を貸した。

力仕事だって、嫌がらずにやった。


騎士団長になったとき

そのかっこよさで、プロマイドが出回った。

エルンハストの領民なら、一枚は絶対持っている。




女性の黄色い声が上がっても

聞こえていないようだった。実際、聞いてなかった。

念仏でも唱えていたのだろうか。



一度目の戦争で多大な功績を残し、

将軍に昇格した時は

エルンハストの領民は万歳三唱したし

お祭り騒ぎで、橋から酔っ払いが6人落ちた。


ユージーンは助けに行けなかったけど

お見舞いに行った。

人集りで、ユージーンはもみくちゃにされたが

やめろよ〜と言いつつ、3時間、そこにいた。


忍耐もある男だ。


サインを求められて、書けなかったから

エルンハストの特有動物、ヌコポンというウサギの絵をかいた。

誰もヌコポンだと思わなかった。


画才はない。



将軍になる式典のとき、ユージーンが王妃をガン見している姿は

国民の心をホワホワさせ、ハラハラさせた。




だから

国民はみんな、彼の幸せを祈ってた。


頑張れ、将軍。

負けるな、将軍。

いけいけ、将軍。

世界はお前の為にある。


国の子供たちだって唄う。





みんなのヒーロー、ユージーンは

誰より、王妃のヒーローでいたかったはずだ。



国民が王妃の死を悼んだとき

奇しくもその夜、ユージーンは王妃ヘレナの魂を転生させる術を行なっていた。


国のみんな!俺に力を分けてくれ!!

きっと宇宙の戦闘民族なら言っていたに違いない。

国のみんなだって、知ってたらきっと力をおすそわけぐらいしただろう。





ユージーンは鈍感ではない。バカでもない。

王妃に真っ直ぐマンだ。



だから、王妃ヘレナを想うとき

それは彼だけのものだ。






ー 今度こそ、俺はヘレナに結婚を申し込む。


そう強く念じる。


笑われるかもしれない。呆れるかもしれない。構うもんか。

ヘレナは王妃だったとき、俺の言うことは

仕事の話以外、聞いていなかった。


いつも、逃げるようにしていなくなる。

困ったようにほほえんだ後

すぐにいつもの顔になる。



ただほほえむだけの人形みたいなヘレナを

もう見たくない。



 ー 振り向かせたい。





今度こそ、俺の隣でおおらかに笑って

自由にさせてやりたいんだ。

あの頃みたいに。


思い出すだけで淡い恋心がじわじわ理性をくすぐってくる。



雑念はどこでもかしこでも出てくる。

ほんの小さなひっかかりで、もはや手のつけられないほど

膨れ上がっていく。



(軍師はどうやって解き放ったっていうんだ...)

三年前のあの森での出来事を思い出すと

なぜだか気恥ずかしい気持ちになる。


あれから、軍師と会うことがあっても

チェスをしてても

互いにあの森の話はおくびにも出さない。


今のところ、軍師とのチェスの戦歴は

1勝4敗3引分けだ。

やはり、軍師は強い。


森の中であったことはまるで夢だった。


審議とは何を審議していたのか気になるが

あれから三年、経ったのか。



それよりも”男気”とは...。

何せよ、”男気”が評価されたのだろう。

やって良かった、と思う。


三年、待ったが。





そもそもルイーズ嬢にあの婚約の打診をしたのだって

軍師が ー。


ノックする音が聞こえた。

「ユージーン様。」


「なんだ」

水を飲んだコップを置いた。








ゲールマンは穏やかにほほえんで、ユージーンに告げた。

「 軍師フィオドア様より、お返事でございます。



  ー 白のクイーン、その方 ”ルイーズ” 様にてございます。」








ユージーンは走っていた。

もう、誰も彼を止められない。





(待ってろ、ヘレナ!!!!)









ゲールマンは走り去っていくユージーンに深くお辞儀をしつつも

心の底から、主人のことを思っている。




(ぼっちゃま...剣をお忘れにてございます...。)















苦笑いの執事は、部屋の窓を開け放ちつつ強く心で叫ぶ。




  『 解き放て! 青春!! 』


ゲールマンもまた、ユージーンの幸せを誰よりも祈ってる。









ユージーンは馬車なんて乗らない。

屋敷で一番早い馬に乗って、フィオドア家に向かう。


道行く国民が手を振るけれど

それにだって今日は手を振り返さない。


馬上、中腰で馬を急き立てる。



フィオドア家の馬が従者に引き連れられるのが見えた。

(ー あの鞍は.. やっぱり!)








フィオドア家の執事が応接室へ案内しようと

丁寧にもてなしてくれてはいるが、それどころではないのだ。


この屋敷に、いるのだ。




『 俺の ”運命” は 還って きたんだ 』




引き止められる。

「申し訳ございません、主はただいまご家族の皆様と...」


「 そこへ通してくれ 」





ユージーンは引き寄せられるように

フィオドア家の屋敷を歩き出していた。



何人かの従者がユージーンに声をかけてくる。

「ルイーズ嬢のいる部屋へ 案内を」

有無を言わさぬ圧がユージンから発せられた。




「...こちらにございます」

執事が部屋を案内した。





ユージーンは ドアを開けた。




















「 ヘレナ!!!」













その人は、俺を見てびっくりしたが

ほんの小さく

笑ったんだ。


美しい、俺の知る、笑顔だった。










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