#27 雨が続く季節の部室では
ともあれ、佐倉さんがすっかり邦画研究部に馴染み、僕たち3人は平穏な日々を過ごしていたのに、ある日、邦画研究部を揺るがす事件?が起きた。
数日前からシトシトと雨が降り続いてて、校舎の中はどこもかしこも蒸し暑くて、教室でも廊下でも首にタオルを掛け団扇で仰ぐ生徒の姿を良く目にした。
その日の放課後、僕は総務委員会室へ行ってその日の業務を速やかに終えると、邦画研究部の部室に向かった。
部室の扉は閉められてて、扉の表には『上映中につき、お静かに』の看板が掲示されていた。
これは、邦画研究部へ訪ねて来た生徒さんに映画の視聴の邪魔(大声で話す等)をされない様にとミイナ先輩が製作した物だった。
ノックせずに音を出さない様に注意しながら静かに扉を開けて中に入ると、直ぐに閉める。
看板に書かれていた通り本日の上映は始まってて、室内は真っ暗でスクリーンに映し出された映像の明かりだけが頼りだった。
室内は閉め切っている為、ムワっとした湿度の高い空気が充満してて、僕が持ってきたボロの扇風機がフル回転で風を送っていた。
二人ともスクリーンに集中しているだろうと思い、小声で「(おつかれさまです)」と一言挨拶してから自分の荷物を降ろして、バッグからタオルとスポドリのペットボトルを取り出すと、タオルを首に掛けて畳に寝転がって視聴を始めた。
スクリーンに映された映像では暗いシーンが続いてて部室内も薄暗いけど、ミイナ先輩と佐倉さんが大人しく集中して視聴している空気が伝わって来ていた。
ミイナ先輩はソファーに体操座りで座って見るのがいつものパターンで、佐倉さんは畳の上で足を崩してクッションを抱えながら見るのがいつものパターン。暗くて見えないけど、多分今日もそうなのだろう。いつもの定位置から二人の気配を感じる。
因みに僕は、佐倉さんの隣に寝転んで視聴することが多い。
昨日確認した連絡用ホワイトボードには、今日の上映予定である『ウォーターガール』という少し古い映画タイトルがミイナ先輩のクセの強い字で書かれていた。今日の映画はミイナ先輩のチョイスなのだろう。
その作品は、カナヅチの女子高生が新しくシンクロナイズドスイミング部を立上げる物語で、邦画研究部を作った僕としてはシンパシーを感じる話だった。
主役の女優さんは今では誰でも知ってる有名女優さんだけど、まだ新人の頃なのかスクリーンに映る姿は若くて可愛くて初々しい。
多分、今の僕達と同じ年頃に出演したのだろう。
「顔だけなら佐倉さんのが美人だよね」と身内
しばらくすると、プールのシーンに切り替わった。
晴天の夏空の下、スクール水着姿の主人公がカナヅチを克服するために顧問となった女性教師から厳しい特訓を受けてて、何度も何度も溺れそうになっていた。
キラキラと輝く
相変わらず蒸し暑くて汗が止まらず、喉の渇きを潤そうとペットボトルを口に付けて、「ん?」と思い、佐倉さんを2度見した。
ブブブーーーーーーゥゥ!!!!
佐倉さんの姿を見て、口に含んでいたドリンクを思いっきり噴き出した。
「ちょっとぉ!急になんなん!?静かにしてよ!」
視聴中に邪魔されて怒るミイナ先輩。
「静かにして、じゃぬぁぁぁい!!!」
僕が慌てて立ち上がって入口横にあるスイッチを入れると、室内が明るくなった。
「もう!まだ途中なのになんで電気なんか点けんのよ!」
急に明るくなって眩しそうな顔をしたミイナ先輩が僕に向かって文句を言うが、それどころじゃない。
「佐倉さん何で水着なんですか!部室でなんちゅー格好してるんですか!!!」
佐倉さんは、スクール水着姿だった。
そして、一度佐倉さんへ向けた視線は、ミイナ先輩のことも2度見した。
「って!ミイナ先輩もかよ!なんで二人とも水着なんですか!!!」
部屋の照明点けるまで気づかなかったけど、ミイナ先輩もスクール水着姿だった。
「暑いから?」
「こんなとこ部外者に見られたら変な噂たつじゃないですか!ナニ考えてるんですか!」
「蒸し暑くてどうせいっぱい汗かくし、水着のが汗で濡れても平気だし、こっちのが涼しいから丁度いいんだって」
ミイナ先輩が団扇で自分を扇ぎながら、さも当たり前の様に答える。
「そうは言っても、ココ学校ですよ!?部活中ですよ!?総務委員会とか風紀委員会から目つけられますよ!?
「いや、コレ、佐倉ちゃんのアイデアだから」
「はぁ?」
「イ、イエ、アノデスネ・・・アニメのラブコメの定番には『水着回』と呼ばれる神回がありましてデスネ・・・更に今日の映画のテーマと機能性を兼ね備えた妙案なわけデシテ・・・水着と言ったらやっぱりスク水だと思いまシテ・・・」
言い訳する佐倉さんはスクール水着姿のまま畳の上で正座してて、腕組みしてプンプン怒っている僕が怖いのかチラチラ僕を気にしつつも視線が合わせられない様子で、背中を丸める様に猫背で膝の上では右手と左手の人差し指同士をツンツンさせていた。
高嶺の花だと思っている今のクラスメイトたちがこの姿を見たら、卒倒するだろうな。
「まぁまぁ、総務委員が文句言ってきたら、それを何とかするのが書記兼副部長の仕事でしょ?腹黒女がなんか言ってても、お気に入りのアラタが少し甘えたらイチコロだって。 だいたいさ、こんなに暑いのにクーラー設置してくれない学校が悪いわけじゃん? 私たちは創意工夫でこの蒸し暑さを乗り切る努力をしてるだけだよ?熱中症対策だと思えばヘーキでしょ?」
「僕を丸め込もうとしても無駄ですよ」
「チッ」
「アラタくんならきっと喜んでくれると思いまして・・・(チラ)こういうのはお嫌いですか・・・?(チラ) 因みに私もミイナ先輩も選択科目は水泳では無いので、中学の頃のスク水を用意したんですよ(チラ)」
佐倉さんは反省しているかの様な態度に見せかけ、チラチラ僕に視線を送りながらも情に訴えようとしているのがミエミエだった。
「佐倉さん、そういうあざといのはドコで覚えたんですか?ミイナ先輩の影響ですか?ミイナ菌に感染ですか?」
「よし!そんなに気に入らないなら勝負で決めよう! 私たちとアラタで勝負して、勝った方に決定権があるってことで!3人総当たりで『イッセッセ』やって一番多く勝った人が優勝ね!」
「ナニ勝手に決めてるんですか。そんな勝負やりませんよ」
「じゃあアラタの試合放棄ってことで、私たちの勝ちね」
仕方無いので勝負に応じた。
しかし、佐倉さんが優勝し、邦画研究部では『部室内での水着可』という部内規則が新しく追加された。
なんで二人ともハイタッチで喜んでるのか、理解に苦しむ。
でも、こんなふざけた事件のお蔭か、佐倉さんとの間にあったお互いの遠慮とかが、ちょっとだけ無くなった気がした。
それと、佐倉さんのことがだいぶ分かって来た。
多分、根っこの部分は小学校の頃と同じで、真面目で控えめな性格なんだろうけど、自分が好きなことや拘ってる様なことになるとスイッチ入っちゃって僕やミイナ先輩に対して共感を得ようと必死になる。
それは、佐倉さんはメールで僕が居なかった小中学校の時代を寂しかったと言っていたので、きっとその時間を取り戻したくて、今の僕達との時間を全力で楽しもうとしてるのではないだろうか。
本当は小学校や中学校の頃も、僕や周りの友達とこんな風に過ごしたかったのかもしれない。
そしてそれは、僕が高校生活で青春の時間を取り戻そうと色々なことに積極的に取り組んでいることと、同じなんじゃないかな。
遠慮や我慢しちゃうと、いつまで経っても昔と変わらないからね。
後悔や悔いがあるからこそ、時には勇気を出すことも、時には恥を捨てることも必要なんだと分かってるんだと思う。
そう考えて佐倉さんの行動を間近で見てると、スイッチ入った時の佐倉さんって正しくそうなんだと思えた。
そういう佐倉さんのことを応援したいと思うんだけど、困ったことに、佐倉さんのオタクネタやオタク用語がマニアック過ぎて、僕にはほとんど理解出来ていない。
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