第29話

「真面目に走れるのか……?」


 スタートを大きく出遅れてしまったミーティアに、俺は不安でいっぱいだった。

 最後方の馬からもすでに10馬身以上の差がついてしまっており、ミーティアはポツンと取り残されてしまっていた。


「アハハ、悪いところが前面に出ちゃったね!」


「笑い事じゃねえよ……まともにゲートも出られないんじゃいくら能力が高くても勝てないだろ?」


 イオは出遅れたミーティアの様子を見て大笑いしていた。

 俺はこのレースでミーティアが勝つことを諦めて、無事に完走してきてくれることを祈ることにした。

 ケガはしないのだろうが、落馬は見ていて気持ちの良いものじゃないのは確かだ。


「愛子、あいつ毎回出遅れるわけじゃないだろうな……?」


「毎回は無いと思うけど……落ち着きがない子だし上手くゲートを出てくれる事の方が少ないかも」


「まじかよ……せっかくいい能力を持ってるのにもったいないな」


 そんなことを話していると、馬群はすでに第2コーナーを抜けて向こう正面に入っていた。ミーティアに乗る麗華は馬群に追いつこうと必死に追っている。


『ミヤビミーティアを除き、馬群はひと塊となるレース展開となりました。2番人気、14番ベリアミューションは馬群の後方に付けています。そのすぐ後ろに1番サキマバシューターが続き、大きく離れて4番ミヤビミーティアが追走。鞍上の長宝院ジョッキーは必死に馬を追って、後方集団から6馬身ほどのところまで詰め寄りました』


「レース序盤であんなに走らせたらミーティアも疲れちゃうよな?」


「まあね。ただ、前に追いつかないことには何も始まらないから、あれしか選択肢がないんだよ」


 愛子はそう言うと頭を抱えてしまった。あれほどの問題児を扱ったことはまだ無かったらしく、どうやって改善していくか必死に考えているようだった。


『さあ、先頭は間もなく第三コーナーを迎えるところ。4番ミヤビミーティアはようやく後方集団に追いつきました。この後の脚が持つかどうかが見どころです』


「あ、やばい……!」


 レースを見ていたイオが急にそんなことを叫んだ。

 何が起こったのか分からなかった俺は、レースの実況を聞いて状況を理解することになる。


『おおっと!? 4番ミヤビミーティア故障でしょうか……? 外に大きく膨らみペースを落としてしまった!』


「故障……? おいおい、大丈夫なのか?」


 ミーティアが故障したと聞いて俺は動揺を露わにしてしまう。いち早く馬の以上に気が付いたイオに視線を向けると、彼女はなぜかニコニコと微笑んでいた。


「心配しなくても大丈夫だよ。ミーティアがふざけ始めてコーナーを曲がれなかっただけだと思うから……ほら、またちゃんと走り始めた」


 そう言われてレース映像を確認すると、イオの言う通りミーティアは加速を始めていた。麗華もミーティアを何とか操り、内ラチ沿いに進路を変えている。


「あいつだけ遊んでるじゃねえかよ……」


「ああいう馬がなにか変なことをする時って予兆があることが多いんだよねー。さっきもコーナーに入った瞬間、ミーティアが外側の方に意識を向けていたし」


「さすがトップジョッキーだな。俺なんかじっくり見ていても全く分からなかったぞ?」


 ジョッキーにそんな繊細な判断が必要なのかと俺は心底驚いていた。俺は黙って馬を生産している方が性に合いそうだ。


『1番人気ミヤビミーティア、再びレースに戻ってきました。その性格はかなり難ありといったところでしょうか。鞍上の長宝院ジョッキーも手を焼いている様子です。さあ、馬群は間もなく直線に入ります! 残りおよそ600メートル!』


 せっかく詰めていた差が大きく開いてしまい、最後方の馬からは再び10馬身ほど差がついていた。

 これ、ミーティアの馬券を買っていたプレイヤーは絶対怒ってるだろ……。


「愛子、新馬戦に負けたらどうなるんだ?」


「このあとの未勝利戦に登録することになるよ。雅くん、もう諦めモードだね」


「そりゃそうだろ。さすがにあんな差があったら前には届かないだろうし」


 時には先を見ることも大事である。ミーティアに先があるかどうかは分からないけどな。


『先頭は10番グレモスウインド! しかし後続との差はほとんどない! 2番人気ベリアミューションも良い勢いで上がってきている!』


「……純ちゃん、来たよ」


「ん? 何が?」


 手すりにもたれかかってぼーっと先頭集団を眺めていると、イオがボソッとそんなことを呟いた。


 イオに視線を送ると、目をキラキラさせて興奮しているように見えた。


『なんとなんと! 最後方ミヤビエンジェル、ものすごい加速を見せている!? あっという間に後方集団との差が5馬身、4馬身とみるみる縮まっていくぞ!? しかし先頭はすでに300メートルを切っている!』


「はあ!?」


 ふと目を離していた隙に、ミーティアは見たことも無いような加速を見せていたらしい。

 10馬身ほど差があったはずなのに、すでに後方集団に並びかけるかというところまで差を縮めていた。


「あり得ないだろ!?」


 本来なら自分の所有馬がすごい能力を見せて喜ぶ場面なのだろうが、あまりにも極端な競馬に俺はドン引きしていた。


「奇遇だね。私もまったく同じことを思ってた。下手をすれば、DHO歴代最高のスピードかもよ?」


『すごいすごい! 大外からミヤビミーティアが飛んできた! 先頭は200メートルを切ったぞ!? ミヤビミーティア、果たして届くのか!?』


「「差せえ!! ミーティア!!」」


 俺は全力で声援を送った。まさか上位集団に食らいつくようなレースを見せてくれるとは思っていなかったため、応援にもいつも以上に熱が入った。


『先頭はグレモスウインドとベリアミューションの叩き合い! ミヤビミーティア鞍上、長宝院が必死に追っている! ギリギリ届くかどうか!? グレモスウインドか! ベリアミューションか! ミヤビミーティアか!』


 残り100メートル。しかし、ミーティアは加速は全く衰えない。


『ミヤビミーティアが届くか!? 今ようやく2頭に並んで……差し切りました!! 今、ミヤビミーティアが先頭でゴールイン!!!』


「か、勝った……」


 俺は力尽きたようにドスン、と座席に座り込んだ。

 力が入りすぎたのか、視界の隅に『極度の興奮状態』という警告まで出てしまった。


『なんとびっくり! 大きく出遅れたミヤビミーティアが1着でゴール板を通過しました! 鮮烈なデビューを飾ったミヤビミーティア、今後が非常に楽しみです!』


 こうして、暴れん坊のミヤビミーティアは様々なアクシデントを乗り越えて新馬戦を勝利したのだった。


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