第18話

『スタートしました! 9番ミヤビグレイス、好スタートを切って先頭に躍り出ました!』


 ゲートが開いた直後、グレイスは他の馬を置き去りにするような好スタートを見せた。


「おお、あっという間に先頭だな!」


「ミヤビグレイスはスタートが得意なのかな?」


「ん? 馬によって得意不得意があるのか?」


「うん、私たちプレイヤーと違って競走馬にはスキルっていうものは無いんだけど、スタートが得意、とか雨の日の重馬場が得意、っていうものがあるんじゃないかって言われてるんだ。データで出ているわけじゃないからあくまでも噂だけどね」


 へえ……そういうものなのか。別にステータスとかで表示してくれてもいい気がするけどな。


「その馬の能力を見極めて作戦を考えるのも私たち調教師の仕事になるんだ」


「逆に隠されている能力があるのも奥が深いのか」


「そういうこと。普段の調教でも悪い癖がある馬はそれを直すようにしてるんだ」


 調教師の仕事はほとんど知らないが、やり込み要素は多そうだ。プレイヤーの腕の見せ所ってわけだな。


『残り800メートルを通過していますがかなりのスローペースです。先頭は変わらずミヤビグレイスですが、馬群はほとんど固まっています。先頭に続くようにして6番クランゴーンや14番ジュエルトロッグ』


「スローペースだと先頭に有利なんだよな?」


「基本的には、ね。でも今日のレースだと先頭から最後方までほとんど差がないでしょ? そうなると後ろの馬も前に届きやすいから、すごく有利になるってわけでもないんだよね」


「うーん……競馬っていうのは難しいな……」


「これから色々覚えられるよ。そろそろ最後の直線だよ」


 愛子はそう言って座席から立ちあがった。

 短距離のレースとだけあって展開が早い。


『さあ、残り500メートルを通過したところ、後ろから白い帽子2番チリーノアークがスーッと位置取りをあげてきた! 場群は固まったまま直線に向きます!』


「チリーノアーク……あ、ジョッキーは畠山って人だな」


 エンジェルのビオラ賞ではマクレイランに騎乗していたトップランカージョッキーだ。


「麗華のやつ、強いジョッキーと当たりすぎじゃないか?」


「まあ、良い練習相手になるんじゃないかな。麗華はまだまだ経験が少ないからね」


『さあ、先頭は9番ミヤビグレイス! 長宝院ジョッキーが必死に追う! 二番手はジュエルトロッグですが外からチリーノアークが差しに来た!』


 畠山ジョッキーが乗るチリーノアークはあっという間に先頭を捉える勢いだった。3番人気の馬だが、その実力は確かなものに見える。


「チリーノアーク、ジュエルトロッグより圧倒的に強いだろ……」


「みたいだね……! 私もここまでグレイスに張り合う馬が出てくるとは思わなかったよ」


『後方の馬はかなり厳しそうだ! ミヤビグレイス、チリーノアークの一騎打ちとなりそうです! ここまで一度も先頭を譲っていないミヤビグレイス、このままにげきれるかどうか!? 残り200メートル!』


 ゴール付近に近づくにつれ、ドドドドという地響きのような足音と共に二人のジョッキーが鞭を入れる音が観客席にまで聞こえてくる。


「負けるなグレイス!! 粘れ!!」


 立ち上がって観戦をしていた俺の応援にも自然と熱が入る。

 山ほど開催される新馬戦とはいえ、2頭の熾烈な叩き合いに周りにいた観客も興味を引かれているようだった。


『しかし強い! ミヤビグレイス、最後の坂に入ってもスピードは衰えません! チリーノアーク、ここまでか!?』


 実況の言う通り、残り200メートルから坂が急になってもグレイスは力強く駆け上がっていく。チリーノアークは最後の坂でグレイスにその差を広げられてしまっていた。


『ミヤビグレイス、今1着でゴールイン! 勝ったのはミヤビグレイス、見事な勝利です! 姉、ミヤビエンジェルのスピードを彷彿させる見事なレースを見せてくれました!』


「良いレースだったね」


 愛子はそう言って俺に拳を突き出した。順当に勝ち進めたことを祝うように俺と愛子はグータッチをした。


「そういえば、最後の坂でチリーノアークが下がって行ったのはなんでなんだ?」


「ああ、多分だけどパワーのステータスが低いんじゃないかな? パワーは競馬場にある坂を駆けあがるのに必要なステータスだからね」


「そうなのか……それにしても結構良い加速だったよな? グレイスのスピードってSじゃないのか?」


 俺は今のレースを見て疑問に思っていた。スピードステータスSのグレイスを差し切りそうなほどのスピードをチリーノアークが見せたからだ。

 最高ランクのSであれば最後の直線で抜かれることも無いと思っていたのだ。


「ステータスのランクが同じでも、実際のスピードには差が出来ることもあるんだよね。これも公式からは発表されていないんだけど、ステータスはもっと細かく数値化されているんじゃないかって噂だよ」


「なるほど、そういう仕組みが……ってことは、チリーノアークはグレイスよりもスピードのステータスが高い?」


「かもしれないね。他にも、前の馬に追いつこうとする根性のステータスとか、ジョッキーの腕とか、色んなものがレースの結果に関わってくるって言われてるよ」


 DHO、奥が深すぎないか……? RPGと違って終わりが見えないし、多くの人がハマるのも頷ける。


「僕の馬に乗っておいてなんだあのレースは!」


 愛子と話をしていた時、少し離れた座席で一人の男が顔を真っ赤にして怒っていた。


 どうやら今行われた新馬戦に自分の馬が出走していたらしいが……そんなに怒ることか?

 俺が怪訝な顔をしていると、愛子が俺の服の袖をクイっと引っ張り小さな声で耳打ちをしてきた。


「ほら、あれが大富栄剛。多分、今の新馬戦に乗っていたジョッキーに対しての怒りだと思うけど……あまり見ちゃだめだよ」


「ああ、なるほどな。絶対関わりたくない人種だわ」


 俺と同じことを考えているのか、周りの観客も大声で怒りをあらわにしている大富をいないものとして過ごしているようだった。


「一旦厩舎に帰ろうか。今日のミヤビエンジェルのレースに乗ってくれるジョッキーも紹介したいし」


 そうして俺は愛子に促されるように柏原厩舎へ移動した。



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