第4話 

 翌日、俺は朝の8時からDHOにログインしていた。

 バイトが16時からなので、俺にはまだまだ時間があるのだ。


「おはようエンジェル……って、あれ?繁殖牝馬しかいない?」


 一番手前の馬房を覗くと、そこにミヤビエンジェルの姿は無い。

 どこに行ったのかと厩舎を歩くと、奥の馬房にちょこんと顔を出しているミヤビエンジェルを発見した。


「なんでこっちに……って、なんかでかくなってる!?」


 昨日の天使はどこに行ったのか、と思うほどミヤビエンジェルは成長していた。

 さすがに牝馬よりは小さいが、いきなり成長していたのでかなり驚いてしまった。


「タスクミーティアの出産は……あと3時間ちょっとか……」


 早く次の仔馬に会いたいな……。そんなことを考えていると、後ろから声を掛けられた。


「おはよう雅くん」


「うおっ! 麗華か……急に話しかけるなよ」


 いつの間にか真後ろに立っていた麗華に驚き、俺は大きい声を出してしまった。

 

「ていうか、勝手に人の牧場に入れるものなのか?」


「フレンド登録していて、一度その牧場を訪れたことがあればいつでも来れるのよ。馬を見ることしか出来ないけどね。ほら、昨日紹介したい人がいるって言ったじゃない? その子がもうログインしていたから会いに行こうかと思って」


「え? もう? 9時からって言ってなかったか?」


 みんな結構このゲームやり込んでるんだな……。


「早起きがつらいかなと思って一応雅君に気を遣ったんだよ? でも……その初期アバターはちょっと変えて欲しいかな。ちょっと不細工だし」


「え? 俺って今不細工なの……?」


「もっとモデルさんみたいな顔を所望します!」


 人のアバターを何だと思ってるんだ……。まあ、麗華の言う通り初期アバターというのも味気ないか。

 そうして、俺は15分ほどかけてアバターの容姿を設定した。髪の色は黒のままだが、瞳の色は水色にしておいた。見た目も、麗華が所望するモデル風のイケメンに変えてきた。


「どうだ? いい感じだろう?」


「へえ、意外とセンスいいんだね。ばっちりだよ」


「そりゃ良かったよ……。それじゃ、麗華の知り合いに会いに行くか?」


「うん。先に私が会いに行って後から雅君に招待送るね」


 そう言うと麗華はゲーム特有のパーティクルをその場に残して消えていった。

 1分もしないうちに、俺の元に麗華からの招待が届く。転移先は『柏原厩舎』となっていた。


「柏原厩舎……? 一体どこに向かったんだ?」


 俺は頭にはてなマークを浮かべつつも、招待から柏原厩舎へと転移することにした。




  ◇◇◇



「……うわ。でっけえ建物……」


 転移先には、長さ100メートルはありそうな大きい厩舎が立っていた。

 しかし、厩舎に使われている色が独特で、白と水色を基調とした可愛らしい厩舎だった。所々、お城のような装飾も施されている。


「あ、雅君ー! こっちこっち!」


 恐る恐る厩舎の引き戸を開けると、端の方で麗華が手を振っているのが見えた。

 そうして麗華の方に向かっていると、馬房にはほとんど空きがなく馬が入っていることに気が付いた。


 ここって結局何の場所なんだ? 牧場とは周りの景観が違ったし……。


「悪い、待たせた……そっちの人が?」


「紹介するね。この人がDHOで調教師をやっている柏原愛子ちゃん!」


「よろしくー。愛子って呼んで」


 紹介された柏原愛子という女の子は、長めの茶髪を後ろに結ったポニーテールに白いキャップをかぶっていた。日焼けのような褐色の肌に黄色い瞳がよく似合っている可愛らしいアバターだ。

 麗華とは違いジーンズにライダースジャケットというカジュアルな格好をしていた。


「おう、よろしく。ところで、調教師ってことはここにいる馬全部が競走馬なのか?」


「そうだよ。雅君、競走馬を見るのは初めて?」


「ああ、うちには仔馬と繁殖牝馬しかいないからな」


 これがすべてレースに出走する競走馬なんて……管理が大変そうだな。俺だったら馬の名前を覚えるので精いっぱいだ。


「雅君ってオーナーブリーダーなんだよね? 預けてもらえるのを楽しみにしているね」


「そう! 実は今日その話をしたくて二人で来たんだよね!」


 麗華はパンと手を叩いてにっこり微笑んでいた。


「あれ? 俺の話してなかったの?」


「私達リア友だから色々話し込んじゃって……愛子、これから少しずつ厩舎を空けていって欲しいの。雅君の馬を入れるためにね」


「ええー? 私、これでも一応人気の調教師なんだよ? 麗華の頼みでもそれはちょっと……」


 愛子は麗華の話を聞いて難しい顔をした。やはり、これだけ競走馬が預けられているのはそれだけ腕を認められているということだったんだな……。


「ああ、それは問題ないよ? 二人とも、ID交換でフレンド登録してくれる?」


 麗華に言われるがまま、俺は愛子をフレンド登録した。

 プロフィールを見てみると、通算勝利数は8000勝を超えている。絶対ガチ勢じゃんこの人。

 

「8000勝って……麗華、これ普通じゃないよね?」


「まあね。だからこそ心強い味方になるってものだよ。ほら愛子、雅君のステータスを見た?」


「ステータス……? 特に変わったところなんて…………え?」


 俺のステータスを見ていた愛子はあるところで指を止めた。俺とステータスボードを何度か見比べるようにして、彼女は一際大きな声で驚くのだった。


「『繁殖強化』!? 本当に存在したの!?」


「昨日始めたばかりのアカウントだからまだ生産馬は少ないけどね。どう? 愛子にとっても悪い取引じゃないでしょ?」


「もちろん! むしろこっちからお願いしたいくらいだよ! 引退する馬の分も入厩は断っておくよ」


 愛子はとびきりの笑顔で、麗華の話を受けることに決めたのだった。


 


 

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