第3話 女神との邂逅

 縁雅えんが神社には自宅から一時間ほどで着いた。目の前にはでっかい鳥居がある。都内でも有名な縁結びの神社というだけあって、1月下旬でも参拝客で賑わっていた。


 これから帰る客や参拝する客で引っ切り無しの往来がある鳥居を潜ろうと足を踏み出した。すると神社側に足を踏み入れた瞬間、視界が暗転した。


 急に目の前が真っ暗になったので、よろけて地面に手をつく。しかし暗転していたのは一瞬ですぐに目が見えるようになった。顔を上げればそこには誰もいなかった。あれほど賑やかだった境内は今は僕一人を残して、静寂に包まれている。本日2回目、別空間に来てしまったようだ。


 これはまずいと思い、すぐにこの場から逃げようとして振り返ったら、鳥居はなく、そこにはただただ何もない白い空間が広がっていた。


 僕は呆然と立ち尽くした。


「ようこそおいでくださいました。待ち人様がお待ちです」


 後ろから無機質な女の人の声がした。


 ああ、最近はよく後ろから声をかけられるな。しかも得体のしれない場所で人間以外の存在から。もう勘弁してくださいよ……。


 嫌々ながら後ろを向き、声の主を見てみれば、白い装束を着た女性が立っていた。見た目は何の印象もない普通の人だが、まるで人形のような生気のない顔だ。生まれてこの方、感情など感じたことがないと言われても不思議ではない程、人の温かみというものを感じない。


「こちらへ」


 謎の女性は僕の返事は聞かずに先に歩き出した。


 ……付いていくしかなさそうだ。自称待ち人さんの元へ向かっているのだろう。会いたくないが、出口がわからない以上どうしようもない。


 女の人に付いていくと、目の前の拝殿に入っていった。僕は慌てて靴を脱ぎ、こちらのペースなど考えず、先に行ってしまった謎の女性を追いかけた。拝殿につながっている幣殿へいでんを経由すると、本殿らしき社殿の前に着いた。


「この中でお待ちです」


 それだけ言うと女の人はフッと消えてしまった。


 もう、ゾクゾクと鳥肌が立つ。ああ、嫌だ、帰りたい。開けたくない。


 しかし、開けないという選択肢はないのだろう。僕はおっかなびっくり本殿の扉を開けた。さあ、鬼が出るか、蛇が出るか……。


 中を覗いて見れば、大空が広がっていた。下はちゃんと地面だが……。これ、入って大丈夫なの?


 入ろうかどうか迷っていると、後ろから背中を強く押され、大空が広がる部屋に入ってしまった。よろけた体制を整え、後ろを見れば、そこに扉はなく、ただただ大空が広がっていた。


 振り向けば よく無くなるや 出入り口


 動揺のあまり一句詠んでしまった。


 川柳を嗜んだおかげか、すこし落ち着いてきたので、この大空の部屋を調べてみることにする。


 地面は円形で半径は5メートル程だろうか。地面の先は空だ。下の方は雲海がずっと続いている。ここは相当高い場所にあると思われる。しかし、風などは全く無い。


 少し怖いが端の方に歩いていき、一周してみたが、下はどこまでも続く雲海で地面は見えない。それからこの地面、多分浮いている。またおかしな空間に来てしまったな……。


 出口はない。まさかここから飛び降りろとでもいうのか。


 天空の部屋で途方に暮れていると、突然上が光った。なんだと思い、上を向き光源を見てみれば、人の形をしている発光体があった。


「こんにちは」


 しゃ、しゃべった!?


「こ、こんにちわ」


野丸のまる嘉彌仁かみひと君ですね?」


「……はい、そうですけどあなたは?」


「ボクが待ち人です。やっと会えましたね」


 別に待ってないぞ、こんな光ってる人。


「ボクが君の事を待っていたんだよ」


「ああ、そういうことですか……」


 っていうかこの光の人、普通に心の中を読んでない?


「まあ、神様ですから。それくらい訳無いです」


「……神様なんですか?」


「そうです。神です。女神です」


「あなたが蓬莱ほうらい天女あまめさんに御告げを下した光ってる女の人なんですね?」


「そうだよ」


 女神か……。声は中性的だが、とても女性には見えないな。


「失礼ですね。ボクは天女ちゃんに負けないくらいの美女なのに。プンプン」


 いや、あなた光ってるじゃないですか。それはもう、強く発光しているじゃありませんか。男性か女性かすら分かりませんよ。


「まあ、それは置いといて。嘉彌仁君にお願いがあってこうして呼びました」


「お願いですか?」


 それにしてもこんな異常事態なのにやけに落ち着いているな。得体の知れない場所で自称女神様と対面しているのに冷静な自分がいる。


「ああ、騒がれると面倒だからね。ボクの力で君の混乱を抑えてます」


「はあ……」


「君にはこちらの世界と別時空の世界で神になってもらいます。今から君に、神としての力を与えます。あとは自由にしてください」


「……どういうことですか?僕が神様になるんですか?別時空ってなんですか?」


「平たく言えば異世界だね」


 異世界……異世界だと?しかもこっちの世界と掛け持ちで神様をやれと?どういうこっちゃ。

 

「あの、嫌です。そんなものになりたくないです。もう帰してください」


「残念ながら、これは強制です」


 じゃあお願いじゃないじゃん!ちょっと待ってくださいよ神様!


「じゃ、神様にします」


「待って!もう少し、もう少し説明してください!神様って何をすればいいんですか?」


「君がイメージする神様としての振る舞いをすればいいよ。とにかくこっちの世界と異世界で神様やってくれればいいから」


 ……ずいぶんといい加減だ。もっとこう目的とかミッションとかあるものじゃないの?


「時間がなくなってきたから、そろそろ神にしちゃうね」


「もう一つだけ質問させてください!神様って仕事の片手間でできるんですか?」


 生活をするためには仕事をして、収入を得なければならない。となると神としての活動に費やせる時間は、仕事が終わった後と土日祝日しかない。しかし仕事終わりは何もやりたくないし、土日のどちらか一日は完全に休みたい。


 ということで週一日なら、まあ、妥協して神様やってもいいかな………?


「神様ってそんなぬるい仕事じゃないからね。当然仕事はやめてもらいます。でも安心してください。生活に必要なものはこちらで用意します」


「えっ!?神様ってお給料出るんですか!?」


 おお、神様の業務内容によっては悪くないかもな。仕事も飽きてきたし、もしかしたらいい転職先かもしれない。

 

「諸々詳しいことは使者を遣わすからその人から聞いてね。それから天女ちゃんのことよろしくね」


「犬や猫を飼う事とはわけが違うんですから……。そんな簡単に言わないでください」 

 

 彼女に関しては、本当に僕の家では面倒見られないんだけど。 


「犬や猫だって責任を持って飼わないとダメでしょ。ちゃんと毎日ご飯あげたり、散歩に連れて行ったり、ストレスが無いように快適な住環境を作ったり、病気になったら病院に連れて行ったり。ボクからみたら人間も動物も同じなんだよ。自分たちは特別だと思っている、人間のそういう傲慢なところ、ボク嫌いだな」


 ぐうの音も出ないほど正論だ。天高く浮かぶ地面の上、気持ちの良いほどの青空の下、謎の空間で謎の女神に論破されてしまった。なんという数奇な運命なんだろう。仕方がないから、どうにか彼女の面倒をみるか。


 ……いや、そうじゃない。そうじゃないぞ!これは論点ずらしだ!


「まあ、住む場所も用意するから、なんとかなるよ。詳しくは水晶に聞いてね。それでは野丸嘉彌仁君。あなたを神にします。どうか人々を大厄から守り、導いてください」


 そう言うと神様は腕を上げ人差し指だけを突き出し、それをこちらに向けて腕を振った。

 

「ちゅどーん」


「ぐはっ!?」 

 

 瞬間、体に電撃が走る。動けないまま後ろに倒れ、意識が段々と遠のいていった。


「最後の女神っぽかったでしょ?じゃあ、後はヨロピコ~」

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