第3話 外車持ちの皇子の「みそきん」

「長話は終わったか?」


 外車持がいしゃもち皇子みこ海難事故かいなんじこ御行みゆきをからかいながら立ち上がった。


「次は私の番だ。無駄話より先に、現物を見せた方が早いだろう。おい、例の物を持ってこい」


 外車持の皇子の従者たちが、大きな木製の箱を運んできた。


「私は『みそきん』の現物を持ってきた。ぜひご覧にいれよう。さあ、蓋を取れ」


 従者たちが蓋を外す。

 石頭の皇子は、箱の中身を凝視した。


 あまりに美しい工芸品だった。

 松の木を模した金属の彫刻。枝には煌びやかな鉱石がはめ込まれている。陽光が鉱石に吸い込まれて散乱し、貴公子たちの座る部屋に虹色のまだらを作った。


 まずい、と石頭の皇子は思った。

 外車持の皇子が持ってきたものは、あまりに芸術品として完璧だった。

 このままでは自分の番が来る前に、外車持の皇子が勝ってしまう。


「なんと、美しい。これはどちらで手に入れなさったのですか」


 老主人が鉱石をしげしげと眺めながら尋ねた。外車持の皇子は鼻を高くして、説明を始めた。


「『みそきん』とは海をこえた向こうにある伝説の桃源郷とうげんきょうに、古来から伝わる宝物であるという噂を聞きつけ、私は船に乗って西へ西へと進んで行った。そこの男は途中で嵐に遭って断念したようだが、私は見事桃源郷へたどり着いた。たいへん素晴らしい場所だった。天女が舞い、清水で溢れ、枝にはすべて桃がなっていた。その美しさは言葉では言い表せないほどだ。従者の何人かは桃源郷に残ったが、私は姫のためにこの『みそきん』を探し出し、こうしてここへ持ち帰――」


 門の辺りがばたばたと騒がしくなった。


「うるさいぞ、せっかく私が話しているというのに」


 外車持の皇子が腹を立てたとき、庭先に5人の男たちがなだれこんできた。特徴的な身なりと髪型から、大陸から渡来してきた人びとだとわかる。

 その中でも一番年上の男は激しく頭に来ている様子で、庭園に咲く花をどしどし踏みつけた。


「誰だ、お前たちは」


 老主人が尋ねると、男たちは外車持の皇子を睨みつけた。


「俺たちはそこの皇子様にその工芸品を作るように頼まれた職人だ。皇子様が急かすものだから、他の仕事は全て断って、みんなで何日も徹夜でそこにある作品を作ったんだ。なのに、皇子様はまだ俺たちに報酬を払っていない。俺たちは今日食う飯もねえ。だから報酬をもらいにこうしてやってきた。さあ、とっとと支払ってくれ」


 それを聞くと老主人は驚いて職人たちに謝罪をし、十分な銭と食べ物と土産を持たせて帰らせた。

 最初は怒っていた職人たちも、大量の報酬を受け取って満足したのか、ほくほくした顔で帰って行った。


「あれ、外車持の皇子のやつがいないぞ」


 時駆の麻呂が言った。

 石頭の皇子は首を伸ばして上座を見た。確かに、先ほどまで座っていた外車持の皇子の姿がない。


「恥ずかしくなって、騒動に紛れて逃げ出されたのでしょう」


 老主人があきれて言った。


「では、次は私の番でしょうか」


 手抜の御主人が口を開いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る