もしかして、好きなの?

「えー、凪ちゃんって、もしかしてこの学校に好きな人いるの?」


 じわりじわりと近づいてくる友達。

 圧が、圧がスゴい!


「そそそ、そんなはずないでしょ? 宇佐美ちゃんも知ってるでしょ? 私、そんな恋愛とか」

「事務所が禁止してるんだっけ? でもさー、今時律儀に守ってる芸能人なんていないでしょ?」


 それ、偏見!

 中には真面目に守ってる人もいるかもしれないでしょ? 仕事が大事、ファンが恋人……とか?


「でもさー、凪ちゃんのその反応は恋する乙女だよね? 気になるなー、あの凪ちゃんにそんな表情をさせる強者……」


 ニヤニヤして、完全に面白がってる!

 さっきまであんなに落ち込んでいたのに、なんて切り替えが早いんだろう!


「でもそうだよねー。私も千石くんのことが好きだったけど、所詮は接点のない人。身近な彼氏の方が楽しいかもね」

「そ、そうだよね! うん、宇佐美ちゃんは可愛いから、すぐに彼氏できると思う!」


 これで友達が元気になるなら、一肌でも二肌でも脱ごう。宇佐美ちゃんも満更じゃない様子で色々と考え込んだ。


「とりあえずこの学校で有名なイケメンは、サッカー部の久地宮先輩かなー? 凪ちゃん、どう思う?」


 久地宮先輩かー……あのチャラい先輩だよね?


 斎藤先輩を呼んだのに、邪魔されたせいで邪険にしてしまった人だ。あまり良い印象はないんだけど、宇佐美ちゃんは久地宮先輩みたいな人が好みなのかな?


「やっぱり見た目が一番でしょ? キスしたりするわけだし」


 ここまで潔いとむしろ気持ちがいい。

 私も斎藤先輩に一目惚れだったし、人のことは言えないかなと思いながら、ウンウンと頷いた。


「性格は、あとから自分好みに調教すればいいんだよー。男の人っておだてたら喜ぶからー」

「えー、そんな単純じゃないよ?」

「そんなもんだってー。だから凪ちゃんも「好き好きー♡」って言ってるんでしょ? もう、この確信犯!」


 そ、そんなつもりじゃなかったんだけど……。仲のいい友達に指摘されたことによって、急に不安になってしまった。


 もしかして、他の人もそう思ってる?

 無意識な言葉だったけど、あざとく見えてた?


「それでさ、凪ちゃんの好きな人って誰なの? 同級? 先輩?」

「まだ聞くの? 私のことはいいのにー」

「だってさ、もし凪ちゃんの好きな人を、私が好きになったらどうするの? 凪ちゃん、困っちゃわない?」


 それは……困る。


「ま、いっか♡ とりあえず久地宮先輩をデートに誘おうかなー♪ 凪ちゃんも一緒に行ってくれる?」

「え、私も?」

「凪ちゃんが一緒に行ってくれたら、大抵の男子って釣れるからさー」


 私は客寄せパンダか!

 そうツッコミたかったけど、とても言える雰囲気ではなく、引っ張られるように3年生の教室へと連れて行かれてしまった。


 ▲ ▽ ▲ ▽


「もしもしー、久地宮先輩はいますかー?」


 元気ハツラツ宇佐美ちゃんは、臆することなく先輩を呼び出したが、図々しい後輩の態度に、先輩女子は怪訝な顔で睨んできた。


 ちょっと肩身が狭い……。

 だけど、せっかく三年生の教室に来たんだ。斎藤先輩はどこかな?

 キョロキョロと見渡していると、隅の方で本を読んでいる先輩を見つけた。相変わらず陰気な雰囲気を漂わせて、うまく気配を消している。


 好きな人斎藤先輩を見てニヤニヤしていると、いきなり背後から肩を組まれた。膝がガクッと折れて、大きくバランスを崩してしまった。


「あっれー、もしかして俺を呼んだのは凪ちゃん? 嬉しいなー、やっと俺の気持ちに応えてくれる気になった?」


 頬を掠める吐息。

 振り返ると至近距離にあるであろう久地宮先輩の顔に、少しばかり嫌悪感を覚えた。


 うぅ、好意のない男性に近付かれても、ひたすら怖い……。


「もう、先輩ー! 呼んだのは宇佐美です! 凪ちゃんじゃないから離れてください!」


 宇佐美ちゃんが必死に引き離そうとしてくれたが、久地宮先輩はタコのようにくっついて離れなかった。


「でもさ、凪ちゃんは宇佐美ちゃんの付き添いでしょ? 凪ちゃんが呼んだも一緒じゃん?」


 うっ、こ、怖い!

 早く離れて欲しいのに、何で聞いてくれないの?


 先輩の手が胸元にブラブラしてて、偶然を装って胸を触ろうとしているのが分かる。


「ふぅー、凪ちゃんの肌って、赤ちゃんみたいだね? プニプニして気持ちよさそう」


 だ、誰か助けて!

 そう心で叫んでいると、先輩との間に手が入り込んで、引き剥がすように久地宮先輩が突き放された。


「やめろよ! お前、女子が嫌がることをするな!」


 そこには普段は息を潜めるように存在している斎藤先輩が、息を切らしながら駆けつけてくれていた。

 まるでヒーローのような登場シーンに、心臓が鷲掴みされたように苦しかった。


「さ、斎藤先輩……!」

「紀野も紀野だ! 嫌なことは嫌だってハッキリ言えよ! だからこんな奴につけ込まれるんだぞ?」


 珍しく声を荒げる先輩に、少し体を強張らせた。ピリピリした空気……本気で怒っているのが分かる。


 でも、だって……怖くて、拒んで逆上されても怖いし……。なんで、私ばかりこんなに———……。


「違うんです! 凪ちゃんは悪くなくて、私が頼んだんです!」


 只ならぬ空気に焦った宇佐美ちゃんは、珍しく真面目に対応してくれた。思わぬ人物の登場に、先輩も困ったような顔で見てきた。


「君は? 紀野の友達なのか?」

「そうです、宇佐美です。えっと先輩は……?」


 ジッと上目遣いで見つめる宇佐美ちゃんに、少し危機感を覚えた。


 あ、先輩の髪が……久地宮先輩を突き放した拍子に乱れて、普段隠れている顔が———見えちゃってる?


「わぁぁぁぁぁ! さ、斎藤先輩! ありがとうございました! ねぇ、宇佐美ちゃん、そろそろホームルームが始まるから、教室に急ごう?」


 ダメダメ、斎藤先輩の正体に気付いたら、絶対に宇佐美ちゃんは惚れちゃうから!

 私は二人を引き離すように、友達の腕を引っ張ったが、時既に遅し。彼女はポーッとしたまま、上の空で頬を桃色に染めていた。


「ねぇ、凪ちゃん。あの先輩、斎藤先輩っていうの?」


 そ、その質問、答えないといけない?

 嫌な予感しかしない。きっと惚れやすくて、イケメンが好きな宇佐美ちゃんだから、先輩の顔を見たら好きになる。


「地味で隠キャっぽかったけど、かっこよかったねー♡」


 ———ほらね?

 せっかく私だけの先輩だったのに、よりによって友達にバレちゃうなんて……。


 私は、どうしたらいいんだろう?


「私、斎藤先輩にしようかな♡ きっと先輩だったら、直ぐに付き合えるよね?」


 お願い、私に聞かないで?

 私は何て答えればいいの……?


「凪ちゃん、私、斎藤先輩の彼女になりたいから、手伝ってくれる?」


 こんなことなら、好きな人を告白していればよかった。

 今更言っても遅いかな?


 私は友達の頼みに途方に暮れ、しまいには黙り込んでしまった。



 ———……★



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