不運は続くよ、どこまでも

 目覚めは最悪だった。

 いつの間にか泣いていた目はパンパンだし、夢見は最悪だし、スマホの画面は千石が開いていたし。


 ……本当に隕石降ってきて、学校が滅びてしまえばいいのに。


「今日は会いたくねぇな……」


 昨日まではあんなに会いたくて堪らなかったのに、俺も白状な人間だ。紀野が誰と付き合おうと、紀野には変わりないのに。

 自分が選ばれなかったからって、あいつを避けるなんてダメだろ?


 少なくてもアイツは、俺のことを同じ委員会の先輩として慕ってくれているんだ。その期待に応えなくては。


 学校へ行く前に、チーズで焼いたトーストに目玉焼きとベーコンを乗せて、少しだけニュースを見て行こうとテレビを点けた。


 丁度流れた芸能ニュース。そこには千石雪人と若手女優のスキャンダルが報道されていた。

 しかも交際1年……女優は妊娠3ヶ月だと?


「おい、千石! お前ってやつは二股か⁉︎」


 紀野にも手を出しておきながら、何だよコイツ!

 しかも妊娠って、妊娠って……! まさか紀野にも手を出してないよな? 大人っぽく見えるけど、アイツはまだ中学生なんだぞ?


「それよりも紀野は! 知ってたのか、この事実!」


 もし知らなかったなら、相当ショックだよな……。

 好きだった奴が二股だったなんて。これだから芸能界は、華やかな表舞台の裏は暗黒ダークサイトで溢れているんだ。


「まさかこれで……! 彼氏の浮気の悲しみに耐えられなくて、気晴らしに俺と遊びにいったのでは?」


 下手に親しい友達なら根掘り葉掘り聞かれるが、俺みたいな芸能界に疎い人間なら突っ込まれることもないと思って。


 くっ、せっかく選んでくれたと言うのに、勘違いして俺は……情けない。これ以上の私情は挟まずに、徹底的に紀野に優しくしよう。


「とりあえず、今はとてつもなく落ち込んでいるかもしれないから、メッセージを送っておこう」


 何て送るべきだろう?


 落ち込むな、きっと次があるさ。

 隠キャが上から目線で言うな、こんちくしょーだな。


 紀野にはもっと素晴らしい奴がいる。

 ———気休めにしかならない、わざわざメッセージで送るほどでもない言葉だ。


 俺に言えることは……これだな。


「よし、送信」


 こう言う時は本音を織り交ぜるのが一番なんだ。だから落ち込むなよ、紀野。


 ▲ ▽ ▲ ▽


『ねーねー凪ちゃん! 千石くんが結婚しちゃうかもー! もう地球が滅亡するくらいショック!』


 せっかく目覚めの良い朝だったのに、友達の推しのスキャンダルのせいで台無しだった。


 えー、千石くんかー……。

 前に一緒に撮影したときは、そんな素振り見せなかったのに、人は見かけだけじゃ分からないもんだなァ。


 うーん、でも千石くんのスキャンダルくらいで、地球滅亡しちゃったら困っちゃうな。私は今までで一番、幸せな朝を迎えてるのだから。


『もう私、凪ちゃんにもらった千石くんのサインを捨てる! もうファン辞める!』

「え、待って待って! そもそも千石くんだって一人の人間だよ? 恋愛くらいするでしょ?」


 皆、芸能人に夢を見過ぎだよ?

 あんなに好きだって言ってたのに、簡単にファンを辞めるなんて、下っ端とはいえ芸能界に身を置くものとしては悲しい。


『でもさ、ファンに疑似恋愛させてお金を取ってるなら、ちゃんと隠し通して欲しいよ。それがプロってもんでしょ? プロならずっと夢を見せ続けてよ……』


 友達の言葉にハッと気付かされた。

 そうだ、それがアイドルの仕事なんだ。

 考えが甘かったのは私の方だ。


 少なくても千石くんの仕事はそうだったんだ。コンサートをして、グッズを売って、大好きな自分達にお金を出させるのがお仕事だったんだ。


 でも私は?

 私の仕事はモデルだけど、やっぱり恋愛は御法度なのかな?


 マネージャーには恋愛禁止って言われてるけど、どうなんだろう。イメージを崩すからだめって言われてるけど……。


 電話を切った後、しばらく脳内討論を繰り返していた。


 私は———斎藤先輩が好き。

 今すぐとは言わないけれど、いつかはそんな関係になりたいと思う。


 でも、いつかっていつ?

 そもそも先輩はいつまで待ってくれるかな?

 いや、それ以前に、私のことをどう思っているか———……。


(ピロロン♪)


 メッセージが届いた。誰だろう、こんな朝イチから。まだ語り足りなかった友達からの追加の愚痴が届いたのかな?


 ポチポチっとボタンを押すと、そこには先輩からの励ましの言葉が綴られていた。


「ふわっ! せ、先輩? 何で?」


 しかも、何で突然こんなことを?


『俺は紀野の良いところをたくさん知ってるから、自信を持て。いつだってお前の味方だからな?』


 あまりの歓喜に腰が抜けた。

 嬉し過ぎるんだけど、急に何で?


「せ、先輩、好き過ぎる!」


 こんなストレートに褒められて、嫌な女の子はいないはず。確信犯? もしかして確信犯なの?

 奥手に見せておきながら、実は私が悶えている姿を見て笑ってる?

 あぁ見えて、恋愛上級者なの?


 イケメンを隠してるくせに意外とモテるし、私や新山先輩のように気付いている人も少なくないかもしれない。


「うぅ、今すぐにでも好きですって伝えたいのに!」


 けど千石くんの報道のせいで、事務所も恋愛事に厳しくなるかもしれない。歯痒いけど、今は耐えるしかない。


 とりあえずこのメッセージは保存して、宝物にしよう。元気がなくなっても、このメッセージで復活できる。


「それにいつでも味方でいてくれるんだから、少しくらいは甘えても良いよね……?」


 ニヤニヤが止まらない口元を隠しながら、学校へと向かった。



 ———……★

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る