第39話 離宮

 ローマン帝国北部にあるネーヴェリスにある皇族の避暑地に使われる離宮には避難してきた皇族たちがこちらに来ていた。


 ここに皇族が来るのは毎年帝都アクシオの暑さが厳しくなる夏の盛りなのだが、この時期に来る時には非常時が起きた際にしか起きないのだ。


 離宮はガラスの大きい窓を持っているが、それを彩るカーテンは冬物に変化している。

 まだ雪も積もっているため、暖炉の近くを囲んで戻れることが確認できるまでを過ごすことにしている。


 離宮の妃の間には多くの人が待っているのがわかっていた。


 妃の間というのは主に皇后や側妃たちが私室に使うような部屋であるが、今回は安全のために強靭な結界で守られている。


 側妃たちとその子どもたちがとても嬉しそうに話しているのが見ているのがわかる。

 でも、この場に来たことに不思議に思っているような表情を浮かべていた。


「セバスティアーノ様、大丈夫ですよ」

「ろーら、ゆき、ふわふわ?」

「そうですね。ふわふわに見えますが、とても冷たいのですよ」


 セバスティアーノの乳母であるローラは抱きかかえながら、窓の向こうに降り積もる雪を見つめていた。

 つたない言葉でやり取りをしている間にも雪は降り続けているので、とても興味津々でこちらを見つめているのが見たりしている。


「あ、ユリア。眠ってる」

「そうよ。ローザ様」

「セバスティアーノのときとは違うね」

「そうだね。ユリアはよく寝てる」

「あまり泣かないね」

「そうですね。ユリアは泣くことも、寝ることもお仕事ですからね」

「うん。わかった。みんな、静かにあそぼ」

「うん」


 一方で八歳の三人の皇女たちはすやすやと眠っているユリア皇女を見つめている。

 恐らくセバスティアーノ皇子が生まれたときとは違う穏やかさを感じ取っている。


 それから三人はそばで静かにユリア皇女が起きないように遊べるものを相談して机に会ったノートを手に取って書き始めたのだ。


 三人は最近物語を作ることが多く、遊びとはいえ子どもの想像力はすごいのだと考えていた。


「ローザ、ジュリア、兄様たちは大丈夫かな?」

「大丈夫よ。お兄様は普通に無事だと思いますよ」

 それを言うときにローザベッラ皇女とジュリアンナ皇女にチェチーリア皇女が少し不安そうに見つめている。

「あれ? チェチーリアとジュリア‼ お母様たち、二人の目の色が」

「え、なんで?」


 驚いたローザベッラ皇女が大きな声を上げて側妃たちを呼び寄せる。

 そのときに母であるカミラ妃とイザベラ妃が双子を見つめて驚いているのが見えた。

 チェチーリア皇女とジュリアンナ皇女の瞳の色が変化していたのだ。

 チェチーリア皇女は母親譲りの茶色に、ジュリアン皇女ナは祖母ベアトリーチェ皇太后と同じ紫色に変わっていたのだ。


「なんで? 目の色が変わるなんてないことなのに」


 その光景を見ることもしていたが暖炉の方にあるソファに座り、ソフィア妃は少し顔色が悪いまま暖炉の火を見つめていた。

 息子であるイリヤ皇子が宮殿に残されていることを知り、彼女は心配で仕方がないのだ。


「ソフィア様、大丈夫でしょうか?」

「ありがとう。リュミドラ、あなたも楽にしていて」

「ですが、イリヤ様が宮殿あちらにいるとなると心配ですよね」


 そばにいるのはロジェ公国から嫁いだ頃からそばにおり、イリヤ皇子の乳母でもあった侍女リュミドラ・セルゲイエヴァだ。

 イリヤ皇子と同様に母国語で会話を行える存在で幼なじみと言うこともあり、とても気心の知れた間柄ということは知られているのだ。


「ソフィア様。大丈夫ですよ」

「はい」


 そのときに慌てたように扉をノックしているのが見えて、楽しそうな顔をしているのかもしれない。

 そのときには侍従がこちらへやってきて驚いたような表情でこちらを見ている全員を笑顔で報告を始めた。


「皆様、アンナ殿下方がいらっしゃいました」

「本当に? あの暗殺者アサシンに追われていたと言われていました」

「ソフィア様、イリヤ様が戻ってこられましたよ」


 一番奥のソファに座っていたソフィア妃は驚きながら立ち上がって、すぐに入口の方へと向かうことにしたのだ。

 そのときにイリヤ皇子を見つけてから彼女は自分と同じ背丈になった息子を抱きしめていた。

 思わず安堵して涙を流して彼のことをきつく抱きしめていた。


「イリューチェシカ、無事でよかったわ」

「母上」

「あなたが残ったと聞いてとても不安だったのよ」


 彼の頬に触れながらさらに涙が止まらないまま、再び彼を抱きしめて頬にキスをする。

 そのことを知ってイリヤ皇子はすぐに母の肩を抱いて心配されていたことを知って謝罪をする。


「ごめんなさい。でも、父上と話をしました」

「陛下はどうなさったの?」

「その後に吐血されて、意識を手放して、あまり話せていません」

「そうなの」


 イリヤ皇子と共に戻ってきたアンナ・ベアトリーチェ皇太子がこちらへ歩いている。

 そのときにズボン姿のアレクサンドラ王女と騎士の制服を着たルイーズが駆け寄ってくる。

 着ていたはずの服装も変化していて王女はまるで青年のようないでたちに変わっている。


「あら、アレクサンドラ様も残られていたのですね。髪はどうされたのですか?」

「これは……暗殺者たちに狙われて、自らが切りましたの。驚かせてしまい、申し訳ございません」

「良いのよ。それにしても勇ましい女性ね」

「いえ、緊急時だったものですから。髪はまた伸びてきますし、成人の儀までには戻ると思います」

「でも、もったいないわ。あんなに手入れされてきれいな黒髪」

「命と引き換えにするなら惜しむものではないですから」


 それを見て自らの命を女性の大切な髪と引き換えに助かったという気持ちになっている。

 そして他のアンナ・ベアトリーチェ皇太子や騎士に扮しているルイーズ王太子がこちらへ走ってきているのが見えたのだ。


 その姿は何かしらで軽い汚れなどが見られるが、それ以外はほとんど無傷だったことを見てホッとしていた。


 他のイザベラ妃やカミラ妃、レオノーラ妃も残っていた四人が無事であることを知り、笑顔になっているがアンナ・ベアトリーチェ皇太子の護衛をしていた騎士がいないことを知る。


「あら、アンナ様の護衛騎士がいらっしゃらないわね」

「ケガをしていま手当てを受けているところです。これから近衛師団と警備の上層部と話をしてくるので、アレックス様方はこちらで待機をお願いします」

「わかりました」


 それからアンナ・ベアトリーチェ皇太子は再び離宮の執務室に向かって走り出していった。

 その後を離宮を担当している護衛騎士がついて行くのが見えた。


 ソフィア妃は無事を確認した女性がこちらを見ながら、全員を妃の間へ案内して過ごすことにした。

 ここにいるなかでも年長者として笑顔で話しかけた。


「皆さん。ここでお話でもしましょう」


 そのことを聞いて皇子や皇女たちが話す姿をアレクサンドラ王女と騎士も笑顔で見守っていた。

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