第20話 黒魔子の目はごまかせない

 前友司と桐山美羽に会えたことは琉生にとってこの上ない衝撃であり、喜びであった。

 もうあやめんを探せなんて、どうでも良くなった。


 今までのアート好きは常に一人遊びだった。

 美術館に行こうよと誘える友人などいたことがなかったし、家族を誘ったところでルソーとセザンヌの区別も付かない。


 しかし、あの写真を見て県立美術館であると見抜いた二人は間違いない。


 趣味!

 趣味が合う友達!


 この出会いは貴重だ!


「ねえ、隅っこの方に変な張り紙がある」


 桐山美羽が何のためらいも無く張り紙を豪快に剥がす。


 張り紙には三枚の絵画が描かれており、左端の絵には1853という数字が書かれているが、残りの二枚にはない。


「あ、こっちにも変なのがある」


「あんた、よく気がつくなあ」


 前友司が驚くように、桐山美羽という子は視野が広く勘も冴えるのか、正面玄関の右上に貼りついた妙な機械まで見つけた。

 

 ぱっと見、数字を入力するタイプのキッチンタイマーにしか見えない機械だが、シルヴィの企業ロゴである翼のマークがあり、


「答えは12桁の数字」


 と、ヒント的な文章も書き込まれていた。


 これらの発見をまとめれば出てくる答えは一つしかないわけで、そのしょうもなさに前友司は苦笑した。


「この張り紙から答えを出して、そいつをこれに打ち込めば鍵が開くってやつ?」

「そうだろうね」


 頷きあう三人。

 彼らにとってすればたやすい問題だ。


 まず桐山美羽が張り紙に書かれた真ん中の風景画を指さす。


「これはターナーでしょ」


 ずばり正解を言い当てたが、前友はターナーという言葉にぎょっとしたようだ。


「県美ってターナーあんの?」

「一枚だけね」


 うおうと仰け反る前友。


「知らなかった……、いつの頃の?」

「まだ若いときの、ちゃんとしてた時」


 琉生は頷きながらスマホでデータを調べる。


「1802年だ」


「じゃあ最後の絵は……」


 すらすらと答えにたどりつく三人を黒魔子はキョトンと見つめる。


 いろんな感情が駆け巡っていた。


 あんなに嬉しそうにしている琉生を見たのは初めてで、それを見るだけでこっちも嬉しくなるけれど、その輪の中に自分がいないというのは凄く寂しい。


 そして琉生と専門的な話を真っ向からできる二人が羨ましい。


 嬉しいという気持ち、いいなあという気持ち、寂しいという気持ち。

 どれが一番強いかと言えば、やっぱり、寂しい。


 杉村光が琉生に近づいたときに感じた、琉生が遠くに行ってしまうのではと怖くなるあの気持ちが、またじわじわと体を這い出す。


 そんな黒魔子の心細さに感づいたのだろうか、前友司は琉生のみぞおちに軽い肘うちをして、黒魔子を見ろと促した。


「あ、ごめん、夢中になっちゃって」


 張り紙を持ったまま真子に駆け寄る琉生。

 

「これ、落ち穂拾いって言うミレーの有名な作品で、1853ってのは、これが書かれた年代のことだよ」


「そうなんだ……」


 琉生が来てくれて嬉しいと共に、こちらにさりげなく気をつかってくれた前友へのありがとうでいっぱいになる。

 彼と桐山美羽も新しいクラスに入れようと固く決意した黒魔子であった。


「で、二枚目はターナーってイギリスの画家が描いた水彩画で、これが1802年の作品。あと一枚の書かれた年代がわかれば、多分、鍵が開くための答えが出てくる」


「そんなにすぐわかるの?」


「全部、この美術館のコレクションだから、ホームページの収蔵品データを調べれば書かれてる年代くらいすぐわかるんだ」


 そして最後の一枚は望月春江の「惜春」で。書かれた年は1978年だと判明し、三人はあっという間に答えにたどりついた。


 玄関に貼りついた機械に185318021978と入力すると、ガチャッと音がして、鍵が開いた。


「やった……」


 思わず声が出てしまう黒魔子。


 これで野望達成に一つ近づいた。

 

 教室の中に琉生くんと私。

 考えるだけでニヤニヤが止まらない。


 この問題がわからない。

 もうそんな問題なんかほっといて私と一緒に……(自主規制)


 一応計画にはあと二人入る予定なのだが、黒魔子のイメージ映像には含まれていない。


「じゃあ、行こうか」


 琉生が皆に言うと、桐山と前友は苦笑しながら首を振る。


「俺はいいや、めんどくせえ」

 

 スマホの時計を確認する前友はもう家に帰りたいらしく、それは桐山も同じ。


「なんとなくここまで来ちゃったけど、正直、三日間こんなことで自分の時間潰すのも嫌なんだよね」


「そっか……」

 

 もの凄く気持ちがわかる琉生の後ろで、黒魔子は一人ほくそ笑んでいる。


 二人とも凄くいい人、仲良くなれそう。

 でも今はおじゃまさん。

 帰ってくれて正直、嬉しい、助かった。


 ああ、なんて腹黒いの私。

 それでもいい。私は今、勝ちたいのだから……。

 

「もし勝ったら、そんときは俺を選んでくれや。じゃな」


 そう言って前友司は美術館に背を向け、桐山美羽も、


「以下同文」

 と笑いながら去って行った。


「行っちゃったか……」

 

 名残惜しそうに彼らを見送る琉生と、満面の笑顔で手を振る黒魔子。

 琉生にとっては得るものが多い時間であったに違いない。


「よし、さっさと風間さんに会っちゃおう。二階にいるはずだから」


 中に入ろうとする琉生の手を握って制止する黒魔子。


「ふたりがいたから言い出せなかったけど……、風間さんがいる場所から見えた富士山、あれ、写真だと思う」


「え? でもあの窓からは富士山がいつも……」


 そこまで言って琉生はハッとした。


 真子さんはとにかく眼が良い。

 普通の人には到達できない観察力と洞察力で、風間あやめの背後にある富士山の景色がダミーであると見抜いたのではないか。


「引っかけか……」


 となると、もしや。


「地下かもしれない……」


 県立美術館と言うだけあって、ここには県民に貸し出すギャラリースペースが三つ存在する。

 アマチュアの方々が制作した絵画や写真、彫刻に美文字が一週間くらい展示されるときがあり、見てみるとみんなエグいくらい上手で、こんなのただで見ていいのかしらと思うときもあった。


 そのスペースのひとつが「富士山写真大賞歴代優秀作品展」として利用されているのが壁の案内でわかった。


「こっちだ……」


 間違いない、風間あやめは二階ではなく、地下のギャラリーAにいるのだ。


「凄い、一文字さん、間違いないよ!」


 興奮する琉生の姿に黒魔子は顔を赤らめる。

 琉生の喜びが彼女の幸せなのだから。

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