第8話 ここで話すことじゃないけれど

 避けられそうに無いくらい大きなガレキが琉生に牙をむく!

 

 死を実感したとき、あるいは死に近づきつつあるとき、まるでスローモーションのように時間が流れると言うが、あれは間違いでは無かった。


 人質になったことにイライラしていたシルヴィの女の子が、あ、こいつ死ぬなと口をあんぐりさせる姿も、思っていたのと印象がだいぶ違っていたシルヴィの仁内さんがニヤニヤ笑う姿も、ハッキリ確認できた。


 それ以上に琉生の目に飛び込んできたのは、もの凄い速さでこっちに近づいてくる黒い塊。一文字真子であった。


 ガレキは物理の法則に従い、敵味方を分けること無く公平に振ってくる。

 黒魔子は琉生の体に覆い被さると、ガレキを背中で受けた。


 崩壊は数秒で終わり、静けさだけが現場を包む。


「大丈夫?」


 さすがに息切れする黒魔子だが、全身にガレキを浴びても体には傷一つ無く、流血もない。


「ごめん、こんなことさせて」


 琉生は黒魔子のフードを取ろうと手を伸ばしたが、あえてそれを止めた。

 彼女の素顔をシルヴィに見られたら嫌だろうなと気を利かせたのだ。


「私の方こそ、遅れちゃってごめんね。妹の手伝いしてたらシルヴィが来て、立ち往生しちゃって……」


 琉生は首を振る。


「来てくれると思ってた」

 

 意を決し、両手を黒魔子の頬に当てる。


「あ」


 一瞬驚く、黒魔子。


 フードのざらざらした感触しか無いけれど、彼女の温もりは十分伝わってくる。

 言葉にできない思いが彼女に伝わってくれれば良いのだけれど。

 

「一文字さん、家においで」


 これが今の素直な気持ちである。


「……ほんとにいいの? 私、こんなだよ?」


「構わない」


 力強く答えると、黒魔子は安心したように自分の頭を琉生の胸に委ねた。


 しばらく無言が続いた。


 一方、彼らのやり取りを見ていたのか、ぺしゃんこになっていたコアがボキボキに折れた触手を黒魔子に近づけようとする。


「わたし、わたしの、あね、きょうだい……わたしのいちぶ……」


 意味深なことを呟くが、黒魔子はうるさい黙れとばかりに近くにあった石をノールックでコアにぶちまけて息の根を止めた。

 ふたりの甘い時間を邪魔するものは機械であろうと許されないのである。


 しかし蜜月は永遠に続かず、第三者の介入で終わりを告げる。


 シルヴィの仁内にとっては、これくらいのガレキ、たやすく宙に浮かせることが可能だから、黒魔子の背中にのしかかっていたガレキを綺麗に取り除く。


「なんだか情報量が多いねえ、君たちは」


 琉生と黒ずくめを見て苦笑するしかない仁内。

 その後ろには杉村光が警戒心丸出しで黒魔子を見ている。


「たぶん、君には礼を言う必要があるんだろうね」

 

 仁内が優しく声をかけても黒魔子は無視。

 

 しかし、仁内は気を悪くするどころか、笑顔を絶やさない。


「君が望んでいるようだから、私らは何も見ていないことにする。行きなさい」


 そう言われるのをわかっていたかのように静かに歩き出す黒魔子。

 琉生から離れるとき、ほんのちょっとだけその手に触れたが。


「どちらにしろ、君とはまた会うだろう」


 仁内が別れ際に呟いても、黒魔子は一歳反応すること無く、凄いジャンプ力でその場から姿を消した。


「さて、君にも聞いておこう」

 

 琉生に視線を移す仁内。


について知っていることがあれば話してくれないか」


「何も知りません。いきなりやって来て俺たちを守ってくれました」


 我ながら上手いと感じる素知らぬ演技。


「そうか。協力に感謝する。あとで係の女性に声をかけてくれたらステッカーあげるよ」


 仁内はポンと琉生の肩を叩くと、そのまま現場を離れていった。


「あなた、結構やるじゃん」


 杉村光が一枚の書類を琉生に差し出す。


 今回の事件で怪我をしたり、生活に支障をきたすほどの苦しみを覚えたら、シルヴィがちゃんとフォローしますよという文が書かれていた。


「でも、あの銃は没収するからね」


「あ、はい」


 そりゃそうか、と思いつつ、あとで桜帆に謝ろうと思う琉生であった。


 こうしてシルヴィは去って行き、事件は瞬く間に世界中に報道され、マオーバ事件を忘れようとしていた人達に嫌な思いをさせた。

  

 本郷琉生は一文字真子とその妹、桜帆のことが明るみに出なかったことに安堵したが、仁内大介が黒づくめの人物を「彼女」と言い切ったことには気付いていなかったようである。

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