第22話 新たな逃げ道と選択

 彼の全身が黒いもやに包まれると、肌色が少し黒く変わり、頭に二本の角が生えた。


「まさか……魔族だったとは…………」


 念のため子供達を守るように立ち上がって、前に立った。


「失礼。驚かせるつもりはありませんでした。見せた方が説明も早いと思いましたから」


「まさか魔族には姿を隠す魔法があったんですか」


「魔法ではなく錬金術ですけどね。実は貴方達とお会いしたかった理由はこれです。というか、彼女に【変化へんげの薬】を売り込み・・・・たかったからでもあります」


「売り込み?」


 そう話した彼は、隣の棚から紫色の瓶を一つ取り出した。


 彼は躊躇ちゅうちょせずに瓶の中身を口の中に流し込んだ。


 すると、さっきと同じ黒い靄が彼の全身を包み込み、十数秒で靄が消え去る。


 靄の中から現れたマーレンさんは、俺達が最初に出会った時の人族の姿に戻っていた。いや、変身していた。


「この薬は錬金術で作れる【変化の薬】という名の薬です。副作用もありませんし、高額な薬でもありません。錬金術に詳しい人に聞いてもらうと分かると思います。ただ、こちらの薬には一つだけデメリットがございまして、変化を保つのはご自身の魔素です。今の僕を見て分かると思いますが、魔族としての力は発揮できません」


 流暢に話すマーレンさんは、棚から同じく紫の液体が入った瓶を五本、大事そうに持ってきた。


「こちらの薬を飲めば解除するまで魔法が使えなくなるデメリットがありますが、それが却って誤解を生まずに済みますからね。こちらはお近づきの印ということで、お試しをどうぞ」


 どちらが本当の姿か分からない程に彼の気配は人間そのものだ。


「どうして俺達――――いや、この子にそこまでしてくれるのですか?」


 お茶で一度口を濡らしたマーレンさんは酷く悲しそうな表情を浮かべた。


「皆さんはこの町で魔族がどういう待遇を受けたか身に染みたはずです。ただ種族が魔族というだけで軽蔑され、結果ではなく予想だけで嫌われる…………僕は既に四百年程生きていますが、辛い思いをしている同胞をたくさん見てきました」


 瓶に手をかざした彼は、少しだけ怒りの気持ちと、大半が悲しい気持ちで中身を覗いた。


「魔族は誰もが狂暴なのか……と聞かれたら僕は違うと言うでしょう。確かに多くの魔族が数を減らしていますが、全員が全員、人族を恨んで殺戮に心を奪われたわけじゃないんです。自分で言うのもあれですが、僕は戦いが嫌いで、ずっとこの町で錬金術師をやっています。同じ思いをしている多くの魔族のために、僕はここで錬金術店を開いているんです」


 レイラの一件を見て、人間と共存したい魔族にとっては夢のような薬だと分かる。


 俺としても、今すぐ欲しいくらいだ。買い占めたいくらいだが、選択するのは俺じゃない。


「レイラ。どうだ? 飲んでみるか?」


「…………」


 何も答えず、目をつぶって、何かを考え込み続けた。


「今すぐ使う必要はありませんし、腐ったりもしないので、このままお持ちください。風の噂では【アイテムボックス】をお持ちだとか。邪魔にはならないと思いますから」


「ではご厚意に甘えさせて頂きます」


 俺は五本の瓶を受け取って〖食糧庫〗に入れてみた。どうやら薬は食糧・・判定らしい。


「それで、ここから僕から一つお願いがございます。その薬の原材料となるのが【スケルトンの核】になります。つまるところ、皆さんが町に滞在している期間で構わないので、いくらでも買い取りますから、納品をよろしくお願いします」


 なるほど。本当の狙いはそこか。むしろ、商売人として、こういう面を見せてくれた方が信頼できるというものだ。


「分かりました。この件に関しては前向きに検討させて頂きます」


「ありがとうございます」


 お互いに立ち上がり、右手で握手を交わした。手のひらから伝わる温もりも彼の人柄を表すかのようだった。


 ◆


 錬金術店を後にして、広々とした公園にやってきた。


 多くの子供達が走って遊んでいるし、意外にも遊具も置いてある。滑り台に苦笑いがこぼれる。


 シアとアレンが遊びたそうにしていたので、背中を押してやる。


 子供はもっと走って遊んできた方がいいからな。


 レイラは…………まぁ、やっぱり行かないよな。というかそれどころじゃないか。


「レイラ? どうするんだ?」


「うん……多分、飲まないと思う」


「え? どうして?」


 意外な答えにちょっと驚いた。


「アラタやみんなのために飲んだ方がいいのは分かってるけど……」


「けど?」


「……魔法が使えなくなったら、私の力でみんなを守れなくなっちゃう。ただ守られるだけの存在にはなりたくないの。アラタが言ってくれたように、私もみんなを家族だと思うから…………守りたい。その薬は理想的なものかも知れない。でもデメリットの方が私は耐えられないよ」


「そっか…………それなら仕方ない。戦う際に毎回お姫様抱っこするわけにもいかないからな~」


「なんでお姫様抱っこ?」


「すぐ動くならやっぱりそうじゃない?」


「ふふっ。そんなことないと思うけど。ということなので、ひとまず、私はこのままがいいよ。アラタがどうしても飲めというなら、飲みますけどね~」


 立ち上がったレイラがいらずらっぽい笑みを浮かべて、アレン達のところに走って行った。


 シアが大人気で子供達に囲まれる中、レイラもすぐに輪に入って、子供達と無邪気に遊び始めた。


 休息だというのに、走り回る元気さに驚きながら、体の疲れはないのに精神的な疲れはあるんだなと、自分がおっさんであることを再認識した。

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