トレーニングと芸能活動?

ネットで話題が加熱していようと、俺の生活に大きな変化はないけれど。


歌と、一部の情報を流したわけだけど、これらは元々話題に上がっていた情報を確定させただけで実は新情報はほとんど出ていない。


更に言えば提供したメディアはラジオと雑誌だし、テレビ局ではこちらの許可なく適合者に関する情報は流せないから、"フロイライン型"に関する話題は数多く出るけどその中身である俺の事に関しては全く言及されないので、テレビは気兼ねなく閲覧できる。なんならフロイライン型に関する考察は見てて楽しいくらいだ。


SNSは見なければいいだけだし、ネットはエゴサをしなければ早々余計な情報が目に入るわけでもない。


半引きこもりだけあって、世間話が耳に入る事もない。


まぁ引きこもりに関してはあくまでなので、まるっきり外に出ないわけにはいかないけど。一応まだたまに会社に顔を出す必要があるし、一人暮らしだから買い出しも必要だ。それになにより、訓練をするためにEGFの支部に行く必要があるので。


……そんな感じで、俺は本日の仕事は半ドンとして、午後は訓練の時間に当てていた。


訓練は実戦形式のケースもあるが、基本は能力を使いこなすための練習か基礎体力トレーニングになる。


適合者は元の状態に比べ平常時の基礎能力は全体的に上昇しているし、変身後には更に上昇するからそういったトレーニングは不要とわりと思われがちだが(わりと俺も思ってた)、変身後の能力は基礎能力が高いほど上昇する。何もしていなくても単純に最高の力が出せるほど世の中甘くはないのだ。


なので、俺も適合後はこまめにトレーニングを行っている。

普段から全く体を動かしていないわけではなかったけど、さすがにこの年になって決まったスポーツもやっていないとなると"鍛える"レベルで体動かすような事はそうそうなかったからな。かなり久方ぶりのトレーニングとなっている。


ちなみに場所は基本的にEGFで行っている。自宅で行う事はできないし、そこらへんで走るにしても外見で人目を惹きすぎる。その点EGFなら俺の素性を知っている人間しかいないから特別な視線を受ける事はないし、専用のトレーニングルームがあって機器も揃っているからな。


「……はっ、はっ、はっ」


今は丁度ランニングマシーンでのトレーニングを終えて、息を整えている最中だった。腿に手をつき、下を向いて呼吸をしていると汗がぽたぽたと床に落ちていくのが目に入る。体が作り替わっても基本的に機能は人間のままだ、走り続ければそれは汗も出る。


とはいえ持久力は大分上がっている。以前の俺ならとっくに床に倒れ伏して身動きとれないくらいの時間の倍は走り続けてこの程度に住んでいるのだから。圧倒的に身体機能は上がっている。


ただ、こうやって走ったりすると特に実感するけど、胸と髪が本当に邪魔だな。ちゃんとスポブラに変えてはいるけどまったく揺れないという訳ではないし、髪も縛ってはいるがやはり邪魔になる。……ほんとどうせなら貧乳ショートカットの外見になって欲しかったところだ。特に胸なんて本当に必要性がない。なんか結構汗もかくし。髪も切ったところですぐ伸びてくるしなぁ。


「……ふう」


呼吸と心臓の鼓動も収まってきたので、体を起こす。回復も早いね、この体。


結構汗もかいたし、水分補給でもしようか。先に買っとけばよかったなと身を翻せば、その前にすっとスポドリのペットボトルが差し出された。


「翼ちゃん」

「お疲れ様、お兄さん」


差し出した手の主は、翼ちゃんだった。トレーニングウェア姿だけど特に髪とかに乱れも見えないから来たばっかりかな? とりあえず差し出されたペットボトルを受け取ると、ありがたく口に着ける。


「ふぅ」

「精が出るね、お兄さん。タオルいる?」

「ありがと」


彼女から受け取ったスポーツタオルを貰って、顔を伝い落ちる汗を拭っていく。


「翼ちゃんはこれからトレーニング?」

「ですよー。お兄さんはこれで上がりですか?」

「まさか」


毎日トレーニングに来ていない分、来た日はがっつりトレーニングしていくようにしている。どうせこの格好だとどこかに遊びに行くとか寄っていく気もしないしな。

それにこないんだの黒い砲弾の時以降異星人の襲撃が発生していないけど、こういう時は大抵その後に大規模襲撃が発生するといっていた。であればそこまでにやれることはやっておきたいという思いもある。


「そういやお兄さん、ボイトレも始めたんですよね?」

「……うん、まぁ」


そう彼女の言う通り、ボイトレ──ボイストレーニングもEGFの方に頼んで開始して貰った。


「能力的にさ、トレーニングしとかないとって。ほら、長期戦になった時に歌えなくなったら困るし」

「ですよねー。お兄さんの歌は切り札ですし。ああ、それと」

「それと?」

「次の歌はいつ頃配信されるんですか?」

「ごっほっ!」


咽た。


「な、何の話?」

「だって先日の歌が流れて以降、歌関連の依頼がすごい増えたんですよね? それに合わせてボイトレ始めるって聞いたのでそっち方面の仕事は受けていくのかなって」


確かに歌関連の依頼は増えた。


「SYMPHONIAからも勧誘受けているんですよね?」

「いや待ってそんな話聞いてない!」


SYMPHONIAはアイドルグループだ。メンバー全員適合者の。適合者に関しては俺の素性や外見は廻っているハズなので、外見を見てそういう事を考えてもおかしくないかもしれないが、少なくともそんな話は聞かされていなかった。


「あれ、そうなんですか?」


きょとんとした顔で首を傾げた翼ちゃんに、俺はコクコクと頷く。


「刹那ちゃんがこないだのお兄さんの歌を聞いて、そんな事言ってたからてっきりもう話来てるかと。彼女行動早いし」

「聞いてない、聞いてない。というか翼ちゃん、真壁さんと知り合いなの?」

「刹那ちゃんも、初期の適合者なので」


ああ成程と、納得する。

真壁刹那。SYMPHONIAのリーダーで、確か最初期から適合者となった少女だ。翼ちゃんも初期の頃の適合者なので、そりゃ交流もあるだろう。初期は人数も少なかったからな。ちなみにSYMPHONIAは三人組のグループで残りの二人は適合者になってからの加入者だが、真壁嬢自体は適合者になる前からアイドルだった。


当時はすげぇ話題になったなぁ……


そんな彼女達からの誘いなど、当然来ていないわけで。


「まぁちょっと思ったくらいだっただけじゃないの? 本気じゃないでしょ」

「そうかなぁ? でもお兄さんの外見ならあの3人に混ざっても全然OKじゃない?」

だけならね……」


外見だけなら本当に今の俺はトップクラスだしアイドルをやっていても全くおかしくないというのは認める。だけど、動きがどう考えてもNG。長年染みついてきた男の仕草はそうそう消えるようなものではない。というか場所によっては目立たないように男性的な仕草が出ないように心がけてはいるものの、身も心も女になる気はないので本格的に仕草を治す気はない。人前に立った場合わかる人間にはわかってしまうだろう。まぁ元が男性だという事は公表しているので問題ないかもしれないが……


「それに少なくともがっつり人前に出るような仕事はする気がないし……」

「でも一部の仕事は受けるようにしたんだよね。 正体隠すにしたってどうせいずれはバレると思うよ? お兄さん外見が特徴的だしさ」

「まぁそうなんだけど。でもバレるにしても生の仕事は特にちょっと。……もしまかり間違って放送中とか皆の前で元に戻ったりしたら俺もうこの国で生きていけないんだけど?」

「あー」


なんか妙に食い下がって来た翼ちゃんだけど、俺の懸念にようやく納得してくれたらしい。


すでに男だと公表しているのに女性として芸能活動するのでもアレなのに、もしそういった最中に元の姿に戻りなんかしたらマジでもう人前に出れない。


これまでそれなりに時間を過ごしてきて戻る事はなかったので今更唐突に戻る可能性は低いと思うが、俺以外に変身前でも姿が変わった前例がないし、何が起きるかわからないからなー。なので素性がばれたとしても、生放送とかイベント系への参加はなし。以前懸念した失言の件もあるしな。


「そっかー、ちょっと残念。でもそれ以外の仕事は受けるんだ?」

「まぁぶっちゃけ報酬が良くて表に出ないでいい仕事ならね」

「それじゃ歌の仕事とかいっぱいきそうだねー。お兄さんめっちゃ声綺麗だもん」

「……歌に関しても当面は受けないかな」

「えー、なんで?」


こないだラジオ用の歌を収録した時に声質だけでごり押ししたけど、やっぱり技術的には素人カラオケレベルである事を実感したからです。実はボイトレ受けるのそれも理由で、歌唱の指導もちょっと受けるんだよね。ちなみにこれは率先して歌の仕事を受けるためじゃなくて、今後戦場で歌う事があった時にやはり稚拙な技術で歌うのが恥ずかしかったからだ。仲間内のカラオケならともかく、見ず知らずの人間も聞く可能性があるなら、あまり無様な姿はさらしたくないだろう?


なんで、歌に関しては(正直要望が強く報酬も高いため)今後受けるかもしれないけど、あくまで技術を身に着けた後! なのである。


まぁそんな事を考えていたほんの2週間後には歌の仕事を受けていたわけだけど。自分で言うのもなんだが方針がブレブレすぎる……















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