黒い砲弾
ガンナー型のマテリアル適合者の攻撃ですら通用しない強固なドームだが、強固な分中から出るのも簡単ではないらしい。通常の状態のままだと外からの防御は完璧だが、その代わり中から出る事も出来ないようなのだ。
なので、連中が出る時は前兆で変化が発生する。恐らく通行可能な状態にしているのだろう。EGFはその前兆をとらえることで襲撃を事前に捕捉する。またその変化の範囲によって、襲撃の規模も予測できる。
その予測により、今回は単体ではなく中規模程度の襲撃の可能性が高いと判断が下っていた。
そのため、今回はチームの全員に呼集が掛かっていた。長船さん、源次さんの他にこれまで一緒に出撃する事もなかった翼ちゃんも現地にやってきている。ちなみにすでに全高10m近い人型機動兵器の中に搭乗してしまっているので彼女自身の姿は見えないが。遠隔狙撃型の源次さんはいつも通りやや離れた所に待機しているハズだ。
ちなみにこの場にはいないが、近隣2地区のチームも出撃しているらしい。また俺達のいる地域の他外房──東側の区域と、東京湾側のチームの方も同規模のチームが出撃しているらしい。そちら側でも同様に、ドームに対して反応があったためだ。
現状それぞれの反応を確認する限りは中規模の中では規模の小さい襲撃が予測されているが、同時3箇所の発生、更に直近でこの規模の襲撃もほぼ発生していなかった事もあり、ちょっと警戒を強めているようだ。
──しかし、初めてのチームでの対応か。
これまでは最低ランクの偵察型、しかも単体の襲撃しかなかったせいで複数人連動しての戦闘はなかった。長船さんや源次さんは付き合ってくれていたが、二人が手を出すとすぐに排除完了してしまうので本当にその場にいるだけで参戦することはなかった。そのためチームで連動として動いたことはない。
訓練にしても、相手がいなければそういった訓練はなかなか厳しい。二度ほど別区域のチームとの合同訓練は行いはしたが、さすがに適合者数人同士の全力戦闘などに耐えられる施設もないため、あくまで手合わせといった程度だった。
だから全力を出すかどうかはおいておいて、実戦形式のチームとしての動きは今回が初めてである。
「緊張してるかい?」
半ば無意識に力が入り、右手の拳を握りしめていたらしい。それに気づいた長船さんがそう声を掛けて来た。
「……さすがに、少ししていますね」
隠しても意味がないので素直に俺が肯定すると、長船さんが笑った気配を感じた。もちろん、悪い方の意味ではない方の笑いだ。長船さんも変身して今は顔が全部隠されてしまっているし笑い声をあげているわけでもないのに、なぜかそれを感じる事が出来た。
長船さんは俺の背中を軽くポンと叩き、
「心配いらないよ。アタシ達を信用して頂戴な。何かあればサポートするから」
「そうだよお兄さん!」
長船さんの言葉につなげるように、頭上から翼ちゃんの言葉が降り注ぐ。
「私がお兄さんを守るから! 心配しなくていいよ!」
その声は自身に満ち溢れている。決して口先だけの言葉じゃないのは解った。
翼ちゃんは、かなり初期にマテリアルに適合し、そこからずっと戦い続けて来たいわば筋金入りのベテランだ。今こそは非常勤だが人手が全く足りていなかった当初はほぼ常時出撃していたらしいし、今ほど細かいチームわけもされていなかったからいろんな相手と連携して動いていただろう。初陣の相手と組む事だって一度や二度じゃないハズで、ようするに彼女の言葉は実績に基づいたものである。
「……うん、信頼してます。翼ちゃんも、長船さんも源次さんも。よろしくお願いします」
「うん、任せて」
『危なくなったらちゃんとフォローしてやるから安心しな』
頭上から翼ちゃんの声が、通信機から源次さんの声が届く。そして長船さんは今度は声を上げて笑い
「ふふ、恰好も格好だしお姫様のように守ってあげなきゃね」
「だとしたら私はお兄さんを守る騎士ですね!」
「その表現はちょっと……」
長船さんとその軽口に乗って続いた翼ちゃんの言葉に、俺は思わず苦笑いを浮かべてしまった。
全員俺より経験も単純な戦闘能力も上だから守られるのは仕方ないけど、俺は外見は確かにお姫様まではいかなくともお嬢様そのものの外見をしているが、何度も言うが中身は34歳のおじさんである。年上の長船さんに冗談交じりに言われるのはまだしも、幼い頃もしっている親戚の一回り以上年下の女の子にお姫様扱いされるのは勘弁して欲しいところだ。
「でも翼ちゃん外見は騎士っぽいわよね? サイズは大きすぎるけど」
『そうすると静は親指姫みたいな感じになるな』
「いやこの話続けなくていいですから!」
──怪物達との戦闘を前にして随分弛緩した空気感だが、ドームが開いたとしても人の居住圏までは距離があるため戦闘まではまだ時間の余裕がある。実際これまでも接近がEGFから通達されるまでは大体こんな雰囲気だったのだが──今回は違った。
『警告! ドーム付近より、異星人と思われる存在が射出されました! 各チームに方角転送しますので、即座に確認後迎撃態勢に移行願います!』
「……は?」
突然通信機から響いたオペレータの声。若干の焦りを含んだ声に間抜けな声を上げてしまった俺と違い、長船さんの空気が即座に変わったのがわかった。きっと翼ちゃんと源次さんも一緒だろう。俺だけ即座に意識を切り替えられなかったのは情けなかったが、これは踏んで来た経験の差だから仕方ない。皆に続くように俺も気を引き締める。
「射出ってどういうことかしらね? 飛行型が来るって事?」
「でもそれでも射出って言葉はおかしくありません」
『いや、どうやら言葉の通りらしいぞ』
疑念を口にした女性陣二人の会話に割り込んだのは源次さんだった。
『黒くて丸いものがこっちに向かって飛んできている。まさか砲撃をしてきたのか? ……まじいな、このままいくと居住区の方まで届いちまう……ぞ!』
一瞬間をおいて、通信機越しに源次さんの声が届いた直後。俺達の頭上を一条の光が駆け抜けた。
それは遥か彼方の上空へと吸い込まれるように走っていく。
が、次に聞こえたのは源次さんの舌打ちだった。
『……チッ、クソ固いな。当たりはしたが速度が多少落ちただけか』
「こっちでも捕捉したわ。確かに砲弾みたいね」
「私も捕捉しました!」
……俺はまだ目標を捉えられていない。これは俺の経験不足などではなく単純な視界性能のせいだ。スナイパーたる源次さんは変身時に大幅に視力が強化されており、全身が強化される長船さんも同様。翼ちゃんは自身の視力はそのままらしいが、機体のモニターでズーム表示できる。
なんとか捉えられないかと目をこらすと、ようやく遠くに黒い点のようなものが見えた。あれか。
同時に再度通信が入った。
『生体反応が複数あります。砲弾でなく、輸送用ではないかと想定されます』
「となると、居住区どころか間違っても緩衝区域にも落とせないね!」
緩衝区域は人が住めなくなった汚染区域と居住区域の間にある地帯だ。汚染はされていないが万一の影響が生じないように、基本的には人が立ち入り禁止になっている。なのでそこに落ちても人的被害はないハズだが……長船さんがそういった理由は、輸送用だからだろう。
即ち、汚染をまき散らす開拓型が運ばれている可能性が高い。
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