―02― デート

「疲れた……」


 放課後になって俺は机に突っ伏していた。

 そもそも根が陰キャの俺に陽キャの小田切春樹が務まるはずがないんだよ。

 今朝、転生したことに気がついたが、冷静に思い返してみると、小田切春樹として過ごした16年間の記憶もしっかり残っていた。

 だから、小田切春樹の机の位置とか友人関係とか思い出しつつ、なんとか放課後まで過ごしたけど、なかなかにしんどかった。


「よぉ、春樹。放課後みんなでカラオケいかね?」


 話しかけられたけど、誰だお前。

 多分友達だろうけど、名前がとっさにでてこない……。


「ど、どうしようかな……」


 カラオケか。苦手なんだよな。歌とかうまくしないし。

 いや、待てよ、歌が下手なのは前世のときで、小田切春樹としてはどうなんだ? 確か、小田切春樹にはめちゃくちゃ女子からモテるという設定があった。

 確か漫画ではカラオケで上手に歌って一緒に来ていた女子生徒が目をハートマークにするという一コマがあったはず。

 そして、冷静に思い返してみると、小田切春樹としてこの前カラオケでノリノリで歌った記憶が微かにあるような。

 つまり、今の俺は歌がうまい?


「まぁ、暇だし行ってもいいか」


 本当に歌がうまいのか検証がてらカラオケに付き合うのもいいか。


「ハル、放課後デートするって約束したよね」


 ふと、目の前に香澄がいた。

 デートだと。マジか。そういえば、そんな約束していたような……。


「わ、悪い、忘れてたわ」


 前世の記憶と小田切春樹の記憶がごちゃごちゃなせいで絶賛混乱中です、なんて説明するわけにもいかないし、素直に謝る。


「お、だったら、香澄ちゃんも一緒にカラオケにいかね?」


 人の彼女を気安く名前呼びだと。陽キャかよ。俺にはできない芸当だぜ。


「行かない。騒がしいところ嫌いだから」

「お、おう。悪い」


 気圧されたのか陽キャは戸惑っていた。


「よくこんな冷徹姫を落としたよな、お前」


 陽キャが俺だけに聞こえるように耳打ちしてくる。

 冷徹姫というのは、香澄のあだ名だ。孤高で物静か、そして頭のいい彼女だからつけられたあだ名。

 とはいえ、俺の恋人は俺のことが好きってわけじゃないのである。

 彼女は退屈しのぎで俺とつきあっているだけだ。

 てか、俺と香澄がどういう経緯で付き合うことになったのか知らないんだよな。漫画では、特に語られてなかったし。

 あとで、小田切春樹の記憶を掘り返して思い出さないとな。


「ハル、早くいきましょう」


 そう言って、香澄は俺の袖を強引に引っばる。


「悪い、カラオケは今度な」


 その言葉を残して、俺たちは教室を後にした。


「それで、今日はどこに行くんだ?」


 デートの定番といえば、喫茶店やゲーセン、あとは映画とかか。

 漫画では、小田切と香澄のデートシーンなんて一切描かれてなかったから、俺たちがどんなデートしてたかすぐには思い出せない。


「どこに行くって、この前話したじゃない」

「そ、そうだっけ」

「あなたボケているんじゃない?」

「いや、そんなことはないと思うけど」


 えーっと、今必死に小田切春樹に記憶を思い出すから、ちょっと待ってろー。えーとえーと、どうだっけー?


「それよりも手を繋がないの?」


 彼女は「はぁ」と呆れつつ、そう口にした。

 手をつなぐだと?


「いつもだと、あなたのほうから手を繋いでくるじゃない」


 そうなのか!?

 確かに、恋人なら手をつないで歩くのは当たり前だけどさ。


「えっ、ど、どうしよう……」


 いいのか? 手をつないで。

 ここで彼女と手を繋いだら、百合の間に挟まることになるんじゃないのか?

 いやだ。尊き百合を汚したくない!

 もう一層のことここで別れを切り出そうか。

 いや、でも、百合漫画『恋してやまない』は彼氏がいるのに女の子同士で隠れて浮気をする背徳感が作品の良さだ。

 その良さを台無しにするなんて、俺にはできない!

 ねぇ、俺はいったいどうしたらいいんだ!?


「ねぇ、大丈夫?」

「あ、いや、えっと……」

「調子悪いなら、別日にする?」

「大丈夫! 全然平気だから」

「そう」


 と、彼女は素っ気なく返事をして、俺の手をとった。

 あ、あぁ……! 今、俺憧れのヒロインと手を繋いでいる!?


 前略、全国の百合ファンたちよ、誠にごめんなさい。

 俺はあろうことか百合漫画のヒロインと手を握って歩いてしまっています。

 でも、これは決して悪意があるわけではなく不可抗力なんです。本当なんです、信じてください。

 てか、さっきから心臓の音がやばい。隣を歩いている香澄に聞こえないか不安になるレベル。

 体温もあがっているし、顔も多分真っ赤だ。

 うぅ……っ、香澄にバレてないよな。

 でも、仕方ないじゃん。

 憧れのヒロインと手をつないでいるんだよ、俺。

 あぁ、でも、幸せと同時に罪悪感もやばい。うぅ、俺は今、百合を汚しているんだ。


「ついたわね」


 ふと、香澄が立ち止まった。

 どうやらデートの目的地についたようだ。

 そういえば、今日の目的地がどこなのかまだ知らないんだよな。

 どれどれ? 看板は、と。


 まず、目に入った文字、それは『H』だった。

 次は『O』

 その次は『T』

 その次は『E』

 その次は『L』と書いてある。

 全部合わせると『HOTEL』

 どえぇええええええええええええええええええええええええええ!?


「なに驚いた顔してるの? この前、約束したじゃない」


 香澄さん、よく涼しい顔でそんなことがいえますね。

 これが驚かずにいられようか。

 だって、ホテルだよ。ホテル。

 約束っていったいどんな約束したんだ、俺の大馬鹿者ぉおおおおおおおおおおお!

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