第19話 王都の謁見

 王の間。


 金細工で彩られた豪奢な椅子に座るギルガメス。その隣には護衛のレイナード。俺は、複雑な紋様の刻まれた部屋を覆い尽くす巨大なカーペットに片膝をつき右の掌に左の拳を打ち付ける最敬礼の所作を取って、王に相対していた。ちなみにホリィは別室で待っている。呼び出されたのは俺だけだから通せないと王の間への入室を拒否されたのだ。正論過ぎて俺もホリィも何も反論できなかった。


「お久しぶりです。陛下」


「堅苦しいのはよい。貴様に敬語敬礼など使われてもむしろ神経を逆撫でられるわ。常のように接せよ。マルス」


「じゃあ……久しぶりだな、ギルガメス」


「王よ。本当によろしいのですか」


「よい。こやつが我に敬意など抱いておらぬのはよく知っておる。こやつが我に抱いているのは――罪悪感のみだよ」


「……」


 俺は、何も言えずに目を逸らす。図星だからだ。

 ギルガメス・グリモワール。グリモワール王国第十代目国王。白塗りの厚化粧と艶のある漆黒の長髪が特徴。女性向けバンドのボーカルを務めれそうな、50歳ながら美青年と呼べる程の若々しい容貌をしている。知略に優れた王で、その優れた容姿と政治手腕から国民からの人気は高い。確執はあるが、俺もギルガメスは優れた王だと思う。

 アリアを強姦しかけたあの日以来、俺をあの手この手で物理的社会的に葬ろうとしてくるのだけは勘弁してほしいのだが。


「マルスよ。貴様を国外追放する件について何か言いたいことはあるか?」


「報告を忘れていただけで課題はちゃんとこなした。S級ダンジョン攻略。魔王軍幹部討伐。片方でいいと言われた課題を両方だ。大目に見てくれてもいいんじゃないのか?」


「ふむ、ダンジョンの奥に眠る邪神の消滅もイーヒット司祭が喧伝しておる教皇が魔王軍幹部でそちが倒した旨も聞いておる。その上で国外追放にすると言っておるのだ」


「……そんなに、俺が憎いか」


「当たり前だ! 我が娘のアリアの心に生涯消えぬ傷を負わせおって!」


「……申し訳ない。本当に、俺が悪かった」


「アリアはそちのことを憎からず思っておったし、そちも粗暴なところがありながらも誠実な男だと思っていた。だから我もそちを信用して討伐隊長に任命した。アリアを、守ってくれると思ってな。だがそちを信用した我の目は、とんだ節穴だったわ! まさか我が愛しのアリアを強姦しようとするとわな! 勇者法がなければとっくに貴様など死罪に処しておるわ!」


「……本当に、申し訳ない」


「王宮の腐敗した屑どもを相手に王位継承戦を勝ち上がり数十年、少しは人を見る目というものに自身があったのだが、あれ以来すっかりその自身も失せたわ。貴様は絶対強姦などする男ではない。そう見立てた過去の我の目を今からでもくり抜きいて貴様に叩きつけたい気分だ」


「……重ね重ね、本当に申し訳ない。俺に出来る贖罪なら何でもする。もはや、取り返しのつかない過ちではあるが」


 取り返しのつかないことをしてしまった。俺にできることなら、」


「……本当に、取り返しのつかないことをしてくれたよ」


 ギルガメスは怒りに満ちた目で俺を見ている。ギルガメスの心の中には絶えることなき怒りの炎が常に燃えている。その炎は俺を殺すまで鎮まることはないのだろう。つまり永遠に燃え続けるのだ。可愛そうだと思う。


 ギルガメスはじっと俺を睨みつけていたかと思えば、フーッと息を吐いて僅かに怒りを抜いた。


「……今もな、我の見立てでは貴様は強姦などする男ではないし、謝罪の意も本物だ。貴様が聖剣を手にすれば、我の命どころか王国そのものさえ容易く消してしまえるし、我の勅命など無視することもできるはずだ。それなのに我の命に従うのは、一重に貴様が心の底から罪悪感を抱いているからに他ならない。あまりにも、チグハグではないか。我の見立ては本当に間違っていたのか。マルス、貴様、何か隠しているだろう」


「――何も隠してなどいない」


 鋭い。流石、というべきか。


「嘘をつけ。我は宮廷で何千人と目と心の腐った輩を見てきた。人間のようで人間でない、おぞましい目をした奴らに比べてマルス、貴様の目は純粋すぎる。正義を頑なに信じる3歳児の如き目だ。嘘をつくとすぐ表に出る。貴様はよく悪ぶった言行をするが、我から見れば酷く滑稽だ。貴様は真の悪人ではなく、むしろその性根は清らかで全き善人だ。そのはずなのだ……」


 いや、俺を善人と呼ぶのは無理があると思うんだが。


「いや、起きた結果が全て。アリアを犯した貴様を我はやはりどうしても許せん。アリアは世界一可愛いからな。所詮貴様も男。アリアの美貌に目が眩んで血迷ったのだろう。そうに決まっておる!」


「……その通りです。申し訳ありません。私が悪うございます」


「その通りだ。申し訳ない。俺が、悪かった」


 俺が血迷った。そういことにしておいた方が、真実を隠せる。何がきっかけでリュートが現れるか分からない。とにかく、徹底的に真実を隠すんだ。これ以上犠牲者を増やさないためにも。


「二度とアリアに近づくな。国から出ていけ。この決定を覆す気はない。3日だけやる。その間に知人との別れでも済ませておくんだな」


「……即出ていけと言われるかと思っていた。寛大な処遇に感謝する」


「ふん……話は終わりだ。さっさと出ていけ。二度と我に顔を見せるな」


「……じゃあな、ギルガメス。達者でな」


 俺は一礼して王の間を後にした。


 一つの季節が終わった。グリモワール王国での俺の人生は今日この時、終わりを迎えた。悲しいとは思わなかった。悔しさは、溢れる程に込み上げてきた。





 ホリィと合流した俺は、宿屋ホライゾンに戻っていた。神に課された誓約もあるし、それがなくとも二人きりでなければ扱いづらい話題だったからだ。一通りの経緯をホリィに話し終えた俺は、現在頭を下げて謝意を示している真っ最中だ。


「すまないホリィ。結局国外追放されることになった」


「そう、ですか……。ギルガメス王はマルスを恨んでいましたから、やはり撤回は厳しかったですか」


「ホリィともお別れか……。短い間だったけれど、お前の優しさには本当に救われた。ありがとう」


 再度、ホリィに頭を下げる。本当に、ホリィには救われた。自分を理解してくれる人がいる。それだけのことが、どれほど嬉しかったことか。


「へ? 私はマルスについていきますよ。当たり前じゃないですか」


 それなりの決意を籠めて切り出した俺の言葉は、しかしあっさりとホリィに否定される。予想外の反応。予想を上回るという意味で。


「……いいのか? ホリィにも、別れたくない大切な人がこの国にいたりとか」


「いませんよ」


 ホリィはきっぱりと言い切る。


「マルス以上に大切な人なんて、私にはいませんよ。だから、躊躇いなんてこれぽっちもありません。例え行く先が地獄だろうと私はあなたについていきます」


「ホ、リィ……。う、ぐゔっ!」


 俺は、泣いた。涙を抑えることが全く出来なかった。こんなにも嬉しい言葉をかけてもらえたのは人生初めてだ。他人の前で涙を流すなど、10年振りだろうか。ホリィが、驚き目を見開いて俺を見ていた。


「あなたが泣くところを初めて見ました」


「俺も、びっくりしてる。思ったより心が憔悴してたみたいだ。人の優しさがやたらと心に染みる。こんなの初めてだよ」


「マルス。おいで」


 俺の頭に回される二の腕。優しい、それでいて抗い難い力で引き寄せられて、俺はホリィの薄胸に掻き抱かれる。ふわりとして気持ちいい感触が俺の頭を包んでいる。幸せだ。


「好きなだけ、甘く、優しくしてあげますよ。だって、あなたは私の大切な人だから。何だってしてあげちゃいます。昨日みたいなことだって、好きなだけ……」


「ホリィ、いいのか?」


「えぇ。勿論です」


「それじゃあ……」


 ……。


 …。


 。



「おはよう、ございます」


「ああ。おはよう」


 俺はホリィと今日も同じベッドで寝た。幸せな時間だった。




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