グリモワール王国編

第1話 俺の名はマルス

 俺の名はマルス。端正な顔立ちで燃え盛るような赤髪がトレードマーク。世界一の剣の使い手で聖剣にも選ばれた。その証は今も俺の腰の横で鞘に収まっている。聖剣セイント・ソード。俺の唯一無二の相棒だ。こいつさえいれば俺は他になにもいらない。例えば、頑強なタンクだっていらない。高火力の剣士だっていらない。美人な僧侶だっていらない。遠距離から魔法を打つ勝ち気な魔法使いだっていらない。この国、いや世界一の美貌をもつチートスキル持ちの聖女アリア様だっていらない!何故なら俺は単体で完結してしまっているから!誰の助けもいらない。いや必要ない。むしろいると俺という完全無欠に正確無比な旋律を乱す不協和音にしかならない。天才に生まれたがゆえの宿命的に分離不可避で成り立ちから不可欠の逃れようのない寒々しい悲哀ってやつだな。


 繰り返し言うようだが俺は天才だ。誰もついてこれねえ。だから今日もSランクダンジョンに一人で潜る。世界一の美女の聖女アリアさえ俺には必要ないのだ!俺には必要ないのだ!くっそぉアリアの奴俺を振りやがってェ……アリアェ……「みんなを守れる強い男が好き」とか言って筋肉バカタンクのガスキンとくっつきやがってあの股緩女が!


 おっといけない記憶を改竄するところだった。アリアが俺を振ったのではない。俺がアリアを振ったのだ。ガスキンにNTRたのではない。アリアに片思いしていた奴に聖人の心で俺に惚れてたアリアを譲ってやったんだった。記憶を改竄するところだった。ふぅ。過剰に恩を感じさせないようについ露悪的な言動を演じてしまうのは完璧な俺の俺の唯一の欠点といえるかもしれないな。見方によってはこの欠点もまた人間みという美点に変わるのだけど、ね。


 俺は震える足でS級ダンジョン「死の迷宮」に歩を進める。武者震いだ。強敵や高難度ダンジョンに挑むときはいつも足が震える。膝が笑うのだ。膝も顔も同じ肉体なので実質顔が笑っているようなものだな。どんな困難を前にしても笑顔を忘れず、恐れず、ひるまず立ち向かう。俺こそ勇者の中の勇者、プリンスオブユウシャって奴なんだろうな……。


「やばいやばい。すっかり忘れてた。魔王軍の幹部以上を倒すかS級ダンジョン討伐しなきゃ王国永久追放されちまうんだった。まだ行ってない風俗一杯あるのに……」


 誰だこいつ。ああいつもの幻聴か。時々聞こえるんだよな。情けない声で風俗がどうとかふがいない事を抜かすうつけの妄言が。俺の口許あたりから。ったく、少しはこの完全無比な俺様を見習えよな……。


「行きたくないが行くしかない。スライム風呂にまた入るんだ……!」


 また聞こえる。だが仕方ない。付き合ってやるか。俺もスライム風呂入りたいしな。




「どっせええええええええい!」

「グギャアアアアアアアアア!」


 俺の聖剣に貫かれて黒い影が人形に集まったようなモンスター――シャドーリーパーが苦悶の叫びを上げて光と散る。俺は愛剣の聖剣を舌舐りして勝利の美味を味わう。


「ひひっ! 邪悪なるモンスターどもめ!いくらでもかかってこい! 俺の愛剣の錆びにしてくれるぜ! ギャーハッハッハッハッ!」


 俺は既に死の迷宮を半ば程まで踏破していた。攻撃も、防御も、魔法も、回復も、索敵も、搦め手さえ一人でこなせる俺はまさに最強の男。アリアに相応しいのはこの俺しかいない。


 なのになぜなんだ。アリア、なぜ強くて格好いい俺を選ばなかった。なぜあんな脳筋筋肉タンクとベッドインしたんだ。ビッチなのか?


「違うだろ! 勝手に記憶を改編すんなよ! 俺は、アリアに、振られたんじゃない! ガスキンに腐れマンコをくれてやったんだ!」


 戦いの場に身を置くと、時折古傷が理由もなく疼く。戦いに身を置くもののサガ。悲しき運命。俺もまた戦士。そして人間。なればこそ時には心の古傷が開くこともある。それは人間らしさの証。恥ずべきことではない。


「チッ! またシャドーリーパーか。しかも今度は群れ。本当、壁をすり抜けてどこからでも現れやがって。へっ、銭湯も覗き放題ってか? この潜在的犯罪者どもが。俺が憂さ晴らしついでに誅してやるよぉおおおおおおおおお!」


 迷宮壁から無限ポップする、死の迷宮がSランク認定された最大の要因シャドーリーパー。こいつは物理攻撃完全無効という恐ろしい特性を持ち、魔法攻撃しか通じない。それなのに並のモンスターとそう変わらない耐久力を持つ。魔法は当然ながら有限。しかしシャドーリーパーは無限に湧いてくるので持久戦には勝ち目はない。

 だから大抵の冒険者はシャドーリーパーを無視してダンジョンをボス部屋まで短期決戦で突っ切ろうと考える。いや、考えたが諦めたというべきか。

 その考えを咎めたのがこの死の迷宮というダンジョンの構造そのものだ。このダンジョンは名前の通りに迷宮であり、しかも広大な面積を誇る。全5階層。壁は頑丈で並の攻撃では傷一つつかず、よしんば壊せたとしてもそれは無数にある壁の一つ。しかも迷宮は入る度に構造が変わりマッピングが通用しない。階下に通ずる階段と真逆の方向の壁を必死に破壊している可能性もあるわけで、そもそも壊しきる前に体力ないし魔力が尽きる。壁から無限に現れるデスリーパーを相手にしながらそのような手段を取るのは完全な自殺行為であると言い切って問題はないだろう。

 また、デスリーパーにはライフドレインという厄介な能力がある。触れたものの生命力を吸い取って己の力に変換する力だ。このライフドレインが発動するとデスリーパーの体力が回復する他、全ての能力が大きく強化される。そして当然生命力を吸い取られたものは体力が減り、弱体化する。攻撃と回復、強化と弱化を文字通り一手で行うライフドレインは強力な技だ。そのライフドレインを見通しの悪い迷宮壁から不意を打って現れるデスリーパーが放ってくるという悪夢。しかも群れで現れることも多い。


「まぁ俺には関係ない話なんだがな。世の無能な冒険者には同情するぜやれやれだぜ……」


 俺の聖剣は剣というより正確には膨大な光の魔力を圧縮して物質化した魔力の結晶体なのでデスリーパーを問題なく切り裂ける。しかも邪悪な存在に対する特効効果があるから人に仇なす邪悪な神の上位眷属であるデスリーパーには効果抜群、一撃で葬れる。更に邪悪な存在の気配を察知する効果を常時発揮しているのでデスリーパーの所在も数も丸分かり。壁に剣を突き立てて待ち伏せてやれば壁から現れたデスリーパーが自ら剣に突き刺さって苦悶の叫びをあげながら消滅するというスタイリッシュ自殺を披露してくれる。ははっ、笑える死に様だな。


 ちなみにこのダンジョンにはデスリーパー以外のモンスターは存在しない。デスリーパーは生命力を持つ存在を無差別に襲う性質があるため、デスリーパーに駆逐されたのだろうというのが定説だ。時折道に、別のダンジョンでモンスターが装備しているのを見たことがある武器や防具が落ちているので、おそらくその説は正しいだろう。殆ど傷のないピッカピカの品ばかり。腐ってもSランクダンジョン産のアイテムだ。新人冒険者とかなら喜んで使うかもしれない。俺には聖剣があるからこんなゴミいらないけど、一応回収しておこう。


「回収(インベントリ)!」


 俺は聖剣魔法インベントリを発動。無限にものが入る謎の空間を剣の中に産み出す便利な魔法だ。聖剣の全長を越える大きさの武器や防具が空間をねじ曲げながら屈折して薄く光る刀身に吸い込まれるさまは何度見ても摩訶不思議だ。



「多分もうそろそろ階段だな。強力なモンスターの気配が近付いてる」


 聖剣には歩いたダンジョンの場所を自動マッピングする機能もあるので時間はかかるが迷うこともない。ついでに邪悪な気配を察する、俺が邪悪レーダーと呼ぶ機能もついている。階下に降りる階段の近くには基本少し強めのモンスターや通常より多くのモンスターが配置される傾向があるので邪悪レーダーが強く反応する場所へ迎えば、


「ビンゴ」


 通常個体の3倍の速さで動く赤い特殊個体をレッドリーパーを一撃で葬り、俺はその背後にある階段を下る。このダンジョンちょろ過ぎるぜ。




「とうとうボス部屋まで来たか……」


 俺は上部位に赤い宝石が埋め込まれた巨大な扉の前に立っていた。扉の向こうから感じる邪悪な気配は、極大。間違いなくボスだろう。もしこれでボスじゃなかったら俺はガスキンの野郎に尻の穴を差し出してもいいよ。多分むしゃぶりついてくるだろう。


「流石にこの気配の持ち主とガチでやるのはヤバイ。俺のことだから負けはしないだろうが、苦戦ぐらいはするだろう。もしかしたら傷の一つでも負うかもしれん。まぁガチでやればの話だけど――収束光(スーパーチャージ)!」


 聖剣が一瞬ぐわん!と巨大な光を発して揺らめいた。それは本当に一瞬のこと。だがその一瞬の後、聖剣の輝きと内包する力は誰の眼にもそうと分かるほど膨れ上がっていた。


「収束光(スーパーチャージ)」


 俺は再度呪文を唱える。再び聖剣が光り、輝きと力強さが更に増す。更に唱える。更に増す。更に唱える。更に増す――。


 1時間後、俺の腕には極小の太陽が握られていた。


 収束光の効果はシンブル。聖剣に力を蓄え次の攻撃を強化する。ただそれだけだ。だがある一つの特性がのこの技を極悪な代物に昇華している。なんとこの技重ね掛けができるのだ。しかもその効果は無限に重複する。次の一撃に限り理論上無限に威力を高めることが可能なのだ。

 今、俺の手の中にある聖剣には1時間分の収束光が込められている。放つ光は半端なく、外ならば例え日中だろうと100Km離れた場所からでもその存在を黙視できる程だ。

 勿論威力も半端ない。試したことはないがこの状態で必殺技の一つでも放てば都一つ軽く消し飛ばせるだろう。ある意味王都の命運を文字通りこの手に握っているといってもいい。


(アリアをこの力で脅せば俺を振り向いてくれるだろうか)


 一瞬、脳裏に浮かんだ邪な考えを頭を振って振り払う。そんなことしたら駄目だ。アリアが悲しむだろう。俺はアリアを悲しませたくはない。ただ合法的にSEXしたいだけなのだから。脅すなんて論外。悪人のすることだそれは。俺は聖人君子も裸足で逃げ出す善人だからそんなことはしない。だけどアリアがどうしてもというなら脅すこともやぶさかではない。私を脅してってアリア言ってくれないかな……。


「アリアに会いたいな。運命で結ばれた、俺の恋人になるべき愛しい人……。いつか、俺の子を産んでくれるかな。そして一緒に暮らすんだ。俺たちの故郷グリモワール王国で――悪いが、俺たちの未来がかかっているんだ。名も姿も知らぬボスよ。この光に飲み込まれて死ぬがいい。おらぁっ!」


 俺は扉を蹴り開けてそのまま邪悪な気配のする方向へと剣を振り下ろした。


「300倍超・神聖爆発光(スリーハンドレッドオーバースーパーノヴァ)!」


 光が爆発し世界を白く染め上げる。一瞬、視界に映ったボスらしき黒い影は全体像を確認する間もなく俺の放った光に呑み込まれそのまま消滅した。俺の完勝だった。


「俺の強さは圧倒的だな」


 冒険者ギルドの定めたS~Eの6段階のランク分けで最上級難度Sランクに認定されたダンジョンをソロで傷一つ負うことなく攻略。くっくっ。強い。強すぎる。アリアも惚れること間違いなしの強さだ。なのにガスキンなんかに奪われたのは幻覚だったなそういえばうん幻覚。現実じゃない。


「ふふ、アリア。お前の夫がご帰還だぞ。たっぷり可愛がってやるから覚悟しとけよ」


 今日こそアリアを抱いてやる。もちろん、大人な意味で。


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