囁く闇

朝月刻

踏み込んだ先

第1話




 関東の地方都市、都津上市で未曾有の事件が勃発した、と一報があって一月ほど経っただろうか。

 都津上大学の学生による集団通り魔事件。それも市内各所で同時多発的に発生した、ただの通り魔事件とは思えない凄惨な事件だった。あまりの無惨に当初テレビのワイドショーはその話題で持ちきりだったものを。無論、全国ニュースとしても報道された大事件。戦後日本においてこれほどの通り魔事件があっただろうかとまで言わしめたものが。

 一月経ったいま、続報がまったくと言ってない。テレビ、雑誌、インターネット。どこにも話題の欠片もない。

「お久しぶりです、相楽さん」

 三門陸と名乗る雑誌記者が電話した先は実のところ公安警察の警察官。互いに情報を交換し合う仲だったが、たぶん世話になっている率は自分の方が高い、と三門は苦笑する。

「あー、久しぶりです。どうしたの? 何かあった?」

「それを聞きたくて。例の都津上事件」

「あれか……」

 電話の向こうで相楽の苦い声。これは何かある、と三門は直感する。相楽のこんな声はスクープに繋がると経験的に知っていた。

「あんまり言えないですかね? いや、ほら。続報が全然ないじゃないですか。――そっちで報道規制かけてます?」

 なんらかの事情によって報道を差し止められる、お願いという形ではあるが事実上の規制であるそれはさほど珍しいことでもない。三門としてはそれを疑っていたのだが。

「うーん、まぁ。三門さんならいいかなぁ。まぁ、ね。こっちで止めては、いないんだけどねぇ」

 歯切れの悪い相楽に三門は唇を吊り上げる。これは、何かがあると。相楽は調べるならばかまわない、そのつもりで口にしたに違いない。

「あれなんだよ」

 ふぅ、と相楽が溜息をついた。はっきりと聞こえるそれに三門は耳を澄ませる。片手ではメモをすでに取る準備。相楽もそれを見越しているのだろう、一呼吸おいて話しはじめた。

「正直言ってさ、集まる情報がみんな与太レベルなんだよね」

「与太話?」

「そう。もうさぁ、夢はベッドで見てくださいレベルだわ」

「ははぁ、なるほどねぇ」

 そして相楽は宇宙人がどうのリトルグレイがどうのと話し出す。メモを取りつつ三門はぽかんとしていた。確かにそれは与太と言われても不思議はない。公安の情報担当が頭を抱えるわけだ、と申し訳ないが笑ってしまった。

「笑うな。こっちは真面目なんだからな」

「すみません。でも――」

「笑いたくなるのは認める」

 相楽も苦笑しているらしい声をしていた。三門は礼を述べ、改めてこのとんでもないメモを見る。面白そうだ、そう感じる。隠された事実があるに違いない。相楽にも思惑があるのだろう。

 ――どうせ俺が向こうに飛ぶってあの人、わかってて言ったな。

 調べたことは横流ししろ、ということだろう。三門は一介の雑誌記者、否やはなかった。こちらは記事を書ければそれでいい。

「編集長」

 デスクに声をかければ、にやりとされた。相楽と話していた、と気づかれていた様子。公安との付き合いを特に隠してはいない三門だった。

「ほう、うちらしい記事になりそうだな、それは」

「でしょう?」

「とりあえず現地に行ってくれ。あと、言うまでもないが、まだ事件から日が経っていない。その辺りは気をつけてくれ」

「あい、了解です」

 冗談混じりに敬礼すれば呆れた答礼が返ってくる。互いににやりとして三門は都津上に発った。編集部に出張の準備はできている、この体を運べばいいだけとは気楽なもの。まして今回は国内だ、ビザを考えないでいいだけ非常に楽だった。

「さぁて、行きますかねー」

 鼻歌まじりに足を踏み出す。この一歩がスクープへの一歩、そう思う自分の青さすら楽しい。凄惨な事件だからこそ、裏の事実を掴み取りたいとでもいうように。

 電車で向かった当地は東京から一時間前後。乗り継ぎもスムーズで通勤圏内としては人気も高い土地柄。そのわりに昔から住み続けている人々のいる古い集落があったりもする面白い土地だと三門は思う。

「ふーん」

 電車の中でスマホをいじりながら検索しただけでもその程度のことは拾えた。同時に都津上大学のことも。中々に興味深い。

 関東圏では相当に大きな大学だろう。学生数も多く、卒業後の人脈が見込めるところも魅力的。だが、噂話は面白いことも語る。

「多いねぇ、これは」

 昨年のことだが、学生の不審死が連続している。一年足らずで二人が死亡、一人が失踪。加えて研究室の助手も一人、消えている。死亡した一人は過労からの心筋梗塞、と小さな報道があった。もう一人は市内の森林公園で起きたカルト教団によるテロ事件に巻き込まれたもの。関連性はまったくない。

 ――これは、確かめといた方がいい、かな。

 念のためと三門は相楽に車内からメールを打つ。無関係とわかればそれで充分だ。そのつもりが。

「うっわ。マジか……」

 返ってきたメールに思わず声が上がって恥ずかしい思いをする羽目に。だが、それだけのものはある文面だった。無関係だろう死者二人は同じ研究室に所属しており、しかも失踪した二人も同様と来た。

 ――この大学、絶対になにかある。

 記者の勘と言えば馬鹿らしいが、案外と捨てたものでもない。これで他社に抜きん出たこともある三門だからこそ。知らず口許が緩んだ。

 ――不謹慎にならないように気をつけないとな。

 まずは学生から取材をはじめる予定だった。そこで嫌な思いをさせると学生は怖い。あっという間に口コミが広がって仕事にならなくなる。社名を背負っているとなればなおのこと、三門は心する。

 ――ま、うちは大丈夫かな。

 思って苦笑した。世間からは真っ当な雑誌、とは思われていない。相楽が都津上での情報を与太話と切って捨てたけれど、三門の会社の記事こそ、そう言われる。

 季刊レムリア。どこぞのオカルト誌を思わせるがあちらからも完全に相手にされていないおかげてこんな名前を使い続けていられる。編集長は「絶対に抗議が来ると思っていた」と頭を抱えていたのだと三門は聞いている。二回ほど出せばよし、とでも思っていたのではないだろうか、社は。案外と続いているのはオカルトのみを扱わず三面記事から怪奇現象まで幅広くというべきか節操なくというべきか、なんでも面白そうならば手を出すせい。一定の読者もついていて三門はやりがいもある、と感じはじめている。

 ――よし、行くか。

 電車内の機械音声が都津上大学前と告げていた。スマホとメモをバッグに片付け三門は立ち上がる。同じく立った若者がちらほら。大学生だろう。

 ――ちょっと懐かしくなるのが面白いな。

 三門は大学卒業後すぐにいまの会社に入ってまだ二年と経っていない。好きこのんでレムリアを希望したら編集長には変人扱いされたが。元読者の行動力を舐めてはいけない、好きでこの場に立っている彼だった。

 大学生とさほど年齢の変わらない三門だけに大学周辺をうろうろしていてもさほど不審でもない。これが先輩記者だと通報されかねない昨今、編集長は便利に三門を使っている。

「ちょっとお時間いいですか?」

 話し好きそうな女子学生に声をかければ乗ってくる。しかも雑誌の記者と名乗った三門に興味津々。渡した名刺をしげしげと見ていた。

「へぇ、さんもんさんっていうんですか。珍しい名前ですよねー」

「みつかど、ね」

 苦笑して訂正する。読みにくい名前なのは本名ではないせいだ。オカルト風雑誌なのだから、と隠秘学で有名な大学の名をもじったのだが、知らなければ通じない。

「三門さんね、うん。覚えた。それで、何を聞きたいんです?」

 立ち話もなんだから、と喫茶店でも提案しようとしたら運の悪いことに彼女を呼ぶ友人の声。失敗かな、と三門が落胆しかけたとき、彼女は言う。

「お友達も一緒でいいですか?」

「もちろん!」

「あ、だったら……噂とか好きな子、他にもいるし……声、かけます?」

「あなたに会えて最高の気分だね! お願いしていいですか」

 三門の大袈裟な言い振りが面白かったのか彼女はくすくすと笑いスマホで連絡をまわしてくれた様子。その間にも先ほどの友人に三門の紹介を済ませてくれた。

 ――幸先いいな。この子めちゃくちゃ有能だ。

「すごいね」

「なんで?」

「いや、連絡とか手早くて。見習わないと」

「あぁ、それか。この子、運動部の主務なんですよ」

「せめてマネージャーって言って!」

「正しい役職名で言わないと」

 歯を見せて笑う友人を彼女は悪戯に叩く。これほど大きな大学ならば運動部もそれなりに大きなものもあるだろう、そのマネージャーならばと納得した三門だった。

 連絡と共に三門提案の喫茶店に集合と告げておいてくれた彼女に改めて感謝したい気分でいっぱいだった。喫茶店にはもう大学生が数人ばかり待っている。いずれも彼女を認めるなり手をあげたり笑いかけたり。

「こっち。席ここでいい?」

 大勢が座れるように、とテーブルをいくつか寄せてあった。ならばまだ増えるらしい。感激した三門を彼女はくすぐったそうに笑っていた。

 しばらく待てば総勢で十人ほどにもなったか。ほとんどは体格の優れた男子学生でわいわいと賑やか。三門も大学時代を思い出しては懐かしい。

「記者さんも何かやってた体ですよね?」

 彼女が所属しているのはラグビー部とのこと。道理で体格のいい男ばかりだと三門は笑う。部員も三門に興味深げな目を向けていた。

「高校まではボクシングしてましたよ」

「すげぇ! って、なんで続けなかったんです?」

「ちょっと目をやっちゃってね。角膜」

「うわ、すみません……」

「いやいや。日常生活には問題ないんだけど、競技を続けると失明って脅されるとさ、さすがにねぇ」

 残念そうに首を振る三門に部員はわかる、とうなずいていた。接触の多い競技だけに実感があるのだろう。そして三門に運動経験があると知った部員たちは一気に親近感を抱いてくれた様子。

「痛い系競技はやっぱ新人が入らなくって。うちに来て欲しいやつ、いたんだけどなぁ」

「わかるわかる。そういうのに限って『痛いのイヤです』って言われちゃうんだ」

「そうそう。――あの人どうしてるのかなぁ」

 ふと漏らされた一言。何気なく覗き込めば学生はばつが悪そうに視線を外し、マネージャーを窺う。そこまで言ったなら仕方ないと肩をすくめた彼女に軽く頭を下げ、彼は言う。

「失踪しちゃったらしいです、その人。編入生だったから、あんまり知らないんですけどね」

 三門は相槌を打ちつつ、知らず寒気に襲われていた。スクープをものにできる、そんな感覚ではない。この奇妙な符合はなんだとばかりに。




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