強者と弱者
「申し遅れたが私は
無精ひげの男はマイクを使い俺たちに自己紹介をした。
男が政府に雇われた人間........
俺たちを誘拐したテロリストではないのか.......エリート育成計画?
多量の情報が俺の脳内を駆け巡る。
ホール全体にもどよめきが起こった。俺と同じようにほとんどの人が状況が吞み込めていないのだろう。そんなどよめきを無視して綾小路と名乗る男は続ける。
「早速、説明に移らせてもらうが、ここには全国から集められた100人の学生がいる。君たち全員が将来を期待された才能ある若者たちだ」
俺は男の言葉を聞き
この綾小路勘助という人物によって.......
「そして私は君たちをこの先日本を導いていく
綾小路はそう言って頭を下げた。
全員が気絶させられ誘拐されたわけではないのか.......
俺がその事について思案していると後方から叫び声が聞こえた。
「謝罪するぐらいなら俺たちを解放しろよ!政府に雇われてるとか
言ってっけどやってる事は、ただの誘拐だろーが!」
身長は一志と同じぐらいあるだろうか。椅子に縛り付けられているため正確な身長は分からないがかなりの座高の高さだ。威圧感もかなりのものだ。モヒカンの男の子が綾小路に対して叫んだ。
.......あのモヒカンの男の子どこかで........
「申し訳ないが、これは私に与えられた
その言葉を聞きモヒカンの男の子だけでなく他の学生たちも綾小路に反発する。
ホールのあちこちで解放を求める声や暴言が飛び交った。
だが、綾小路は何も言わず沈黙している。
黒服が制止に向かおうとするがそれを綾小路は手で制止する。
「確かに君たちが言う事はもっともだ。いきなり
男は呟く。
「そうだ!!分かってるなら家へ帰らせろよ!
モヒカンの男の子が叫ぶ。
「あぁ、分かった。君には家へ帰ってもらおう」
「ふんっ!最初からそうすれば————————」
モヒカンの男の子の言葉を遮るようにプシュっという小さな発砲音のような物が聞こえたかと思うと次の瞬間眉間から血しぶきをあげ男の子はドサッと倒れた。
モヒカンの男の子の近くに縛られていた数人の学生の悲鳴がホール内にこだまする。
「速達で送ってやるよ。まぁ家に帰る頃には肉体が腐ってるだろうがな」
綾小路は微笑を浮かべ煙をふーっと吹き拳銃をしまった。
綾小路の纏うオーラが一瞬でガラリと変わった。
「勢いで殺っちまった........おい、他に家に帰りたいやつはいるか?」
綾小路はマイクを使い俺たちに尋ねた。
今度は誰も口を開かなかった。
綾小路を照らすスポットライトの光が強くなる。
「お前らは今、私に自由を奪われてる。拘束され銃を向けられいつ死んでもおかしくない状況にある。怖いか?辛いか?でも世界じゃこれが普通なんだよ。弱者が強者に虐げられる。これが自然の摂理だ。弱者はどんな理不尽を受けようとも強者に従うしかない。平和慣れした日本じゃ憲法やら法律やらに弱者が守られてその摂理が分かりにくくなってるようだがな。だが海のむこうを見てみろ。今この瞬間だって軍事力に優れた国が他国に戦争をしかけその国の人間から土地を奪い食べ物を奪い自由を奪ってるだろう?そして多くの人間が理不尽に殺されてるだろう?そんな理不尽に弱小国家は抗う術を持たない。そして軍事力で先進国に劣る日本にとってそれは他人事じゃない。日本もいつ他国から攻撃されてもおかしくないんだよ」
綾小路は大きく息を吸い込んだ。
「世界は弱肉強食。圧倒的強者の前では弱者は人権をも剝奪される。だが、そんな世界は変わらない。受け入れるしかない。この世界で生きていくしかないんだ。今の日本は弱い。だから考えろ。この世界で生き抜くためにどうすればいいのか........答えはシンプルだ———————————————————自分が絶対的な強者になる事。
弱者に選択権はない。選択権があるのはいつも強者だ。弱者は自由を奪われる。だが強者は奪われない。さらに強者は弱者から自由を奪う事もできる........
お前たちの家族が........子孫が自由を侵害されないために........お前たちは強者でなくちゃならない。
俺は絶対的強者としてこの先、日本を導いていく
俺はたまった唾をゴクリと飲み込んだ。
綾小路の言葉を聞けば誰もがこう思うだろう。
狂っていると........
だが同時にこの男の言葉からはただならぬ熱意も伝わってきた。
本気でエリート育成計画が日本の未来のためになると信じているのだ。
しかし、それでも綾小路がしている事は誘拐、犯罪行為。
許される事ではない。
俺はフツフツと湧き上がる怒りを抑えた。
ここで抵抗しても死ぬのは分かっているからだ。
ホール内は静まり返っていた。
一志も含めほぼ全員が無言で綾小路を見据えていた。
「さて、話がズレてしまった。本題に戻そう。お前たちには今から私が考案した5つの
綾小路がそう言うと、数人の黒服が赤い布をかけた台車を重そうに押してきた。綾小路が勢いよく布を取ると何百ものアタッシュケースが積み重なっていた。
「1000億が入ったアタッシュケースの山だ」
その言葉を聞いてホール内が再びざわつきだした。
1000億円........そして政府が何でも願いを叶えてくれる権利........
誰かが綾小路に質問する声が聞こえた。
「アイドルと結婚する。とかもお願いできるんですか?」
「それはほぼ不可能だろうな。買収できるアイドルならいいが、人の気持ちまでは買えないからな」
その質問をきっかけに何人もが次々と質問を始めたが綾小路はほとんどそれを無視した。
「質問があるなら後で担当の奴らに尋ねてくれ。まだ説明が残ってる。それに........あまり調子に乗らない方がいい。命がけのプロジェクトだ。失敗は死を意味すると肝に銘じろ」
綾小路の目は冷たく氷のようだった。
先ほど質問をしていた学生たちも蛇に睨まれた蛙のように動かなくなった。
そう。忘れてはいけない。
1000億円だとか願いが叶う権利だと言ってもそれは本当に貰えるのか分からない物。綾小路が俺たちをやる気のさせるためにハッタリを言っている可能性だってある。そしてまず俺たちは誘拐され拘束されている。
今、殺される可能性が低いといっても少しも気を抜ける状況ではないのだ。俺はその事を再確認した。
「訓練に進む前にお前たちには1次審査を受けてもらう。お前たちの能力を測るためのものだ。今からここにいる100........いや、99人を9グループに分け、それぞれの会場に移動してもらう。審査内容は会場で伝える。審査が終わったグループからもう一度ここへ戻ってこい。お前たち全員がもう一度、このホールに戻ってくる事を期待する」
それだけ言い終えると綾小路はホールから出て行った。
それを見送った黒服たちが前列に縛られている人に近づき順に目隠しを付けだした。俺と一志に目隠しが付けられるまではまだ少し時間がありそうだ。
「一志........悪いな。こんな事になっちまって」
俺は今のうちに一志に謝っておこうと思った。
「謝るなよ。俺が講演会受けようなんて言わなきゃこんな事にならなかったんだ。俺が悪い」
薄暗いホールの中、一志の綺麗な瞳だけがはっきりと見えた。
しばらく沈黙が続いた。
だんだんと黒服が俺たちに近づいて来た。
俺は最後にこれだけは伝えようと口を開いた。
「死ぬなよ」
「死ぬなよ」
一志も俺と同じことを考えていたようだ。
俺は思わず吹き出してしまった。
一志も笑っていた。
「じゃあな。また後で」
次の瞬間、俺の視界は黒い布で塞がれた........
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