小説版・埋蔵少女アツミちゃん ~1万年の眠りから覚めた人造女神はどうして小学生の姿でいるのか~ 1.始まりのビギニング

にへいじゅんいち

第一章 復活のリバイブ

第一章 復活のリバイブ-1

「なんで私が《一緒に行けない》ってメール送ったのに、様子も見に来ないで、平然と一人でここに来れるわけ? おかしいでしょ?」

「えっ……いや《行けない》って言われたら、どうしようもないじゃないですか? もちろん、ここの後でエーコさん家へ行こうと思ってましたよ?」

「思ってましたって、シンイチがいつ、何を思ってたかなんて、わかるはずないじゃない! 後からだったらどうにでも言い訳できるでしょ? 何なのよもう!」


 男女の言い争い……というか《痴話ゲンカ》以外に表現しようのない、言葉のぶつけ合いがかれこれ五分以上続いている。これが喫茶店、駅のホーム、テーマパークの入り口などなら「はいはい、お気の済むまでどうぞ」で片づけられそうなものだが、ここはそんな場所ではなかった。

 あたり一面は深い闇に包まれていたが、微かな青い光によって、相手の姿を見て取ることができる。ドーム状にくりぬかれた壁面や天井は、つややかな人工物と自然の岩肌がまだらに入り乱れている。長い時間、人間の立ち入りを拒んでいた地下空間……その中心に、この男女は立っていた。


 わが国を襲った巨大災害から、二か月余り。

 数千年に一度とも言われるほど激しく震えた大地は各所に大きな傷を負い、地割れや土砂崩れに見舞われた山肌は、それまで隠していた様々なものを人目にさらけ出していた。

 この場所も、石器時代に造られたとみられる横穴の最深部が崩れ、大きな亀裂が入ったことで発見された空間である。明らかに人の手が入って整えられた壁面や天井。そして中心に鎮座するのは、台座のような金属質の構造物。二人の背丈より少し小さく、先端を平らにしたピラミッドのようにも見える。空間を照らす青い光は、台座の天面に埋め込まれた……いや、そんな収まりのいい感じではなく、無理やり押し込められたと言った方がいい、金属質の球体から放たれている。


「でも! 今までいろんな遺跡を調査してきても、こんなものは見たことないですよ! エーコさんだって一緒に《超古代文明》

 を追っかけてきたんだからわかりますよね? 俺たちが一番乗り

 で調べられる、こんなチャンス、めったにないですよ!」

 シンイチ、と呼ばれた男性はパーカーにジーンズ、リュックサックというラフな……あるいはあまり身なりにこだわらない男子大学生の装いである。山に入るには少々軽装と言わざるを得ない。

「そうやって《チャンス》とか《めったにない》って言葉を便利に使って! 私のことはどうでもいいの? そうやって他人の気持ちが考えられないから、シンイチはいつまでたっても子供なのよ!」

 一方でエーコと呼ばれた女性は、迷彩模様のアサルトスーツを着込んでいる。一七〇センチに届こうかと言う長身、均整のとれたプロポーションはスーツ越しにも伝わってくる。シンイチに向けて伸ばした手には一丁の拳銃が握られていた。

 ……拳銃? 冗談ではない。角ばったフォルムが特徴的な銃のグリップには彼女の細い指が絡まり、人差し指が引き金に軽く触れていた。

 さらに、それだけではない。エーコの背後には、重装備に身を包んだ男たちが十数人、ズラリと並んでいる。エーコを含め、全員のアサルトスーツの胸には白い文字で「UTU」と刺繍されたワッペンがあしらわれ、男たちの手にはマシンガンが握られている。

 ……マシンガン。陳腐な単語だが、これも物のたとえや冗談ではない。モデルガンを疑ったシンイチの目前をかすめて、先ほどすでに実弾が発射されている。拳銃もマシンガンも間違いなく《本物》である。

「子供って……エーコさんだって二十歳になったばっかりでしょ?

 エーコさんが大学を辞めて、何の組織に勧誘されたんだか知りませんけど、後ろの人たちみたいに数で来られてもどうしようないです!」

 シンイチはいくつもの銃口を向けられながら、激しく言葉を投げかけた。銃口のどれか一つが火を吹けば、その瞬間に自身の命は奪われる。あまりにも現実からかけ離れている状況のせいか、恐怖はほとんど感じない。逆に異常な高揚感につつまれている。

「おかしいですよ!」

 シンイチは、エーコを正面から見据えて言い放った。シンプルな非難の言葉を投げかけられて、思わずエーコは半歩あとずさる。むしろ追い込まれつつあったのは、銃を手にしたエーコの方だった。

「減らず口を!」

 声とともに、エーコが引鉄を引く。……えっ、本当に撃った? 甲高い銃声が響くよりも早く、シンイチは驚いてよろけてしまう。履きつぶしたトレッキングシューズのつま先の数メートル先、エーコの放った弾丸が突き刺さる。

 着弾と同時に火花があがり、シンイチは思わず片足を上げた。

「のっ、のわーーーっ!」

 シンイチの絶叫が響く中、エーコは眼をいっぱいに開き、荒い呼吸を整える間もないまま、もう一度引鉄を引く。

「のわわわわわっーーーーーーっっっ!」

 先ほどより確実に近づいた火花にのけぞり、シンイチはもう一方の足も上げようとして、耐えきれずしりもちをつく。ターゲットの姿勢が変わったと見るや、マシンガンの銃口がすかさずそれを追いかける。一斉に響いた金属音が反響する。

 先ほどまでの高揚感は一気に吹き飛んだ。エーコの機嫌次第で自分の命はどうにでもなってしまう。急に現実味を帯びた恐怖心がシンイチの全身を包んだ。

「エーコさん……何やってるかわかってます? 撃ったんですよ? 銃で! しかも二発も! 二発も撃ったんですよ!」

「ええ、わかってるわ。でもね、今日あんたと一緒にここに来られない、大学も辞める、私をそうさせた理由に比べたら、こんな弾の一つや二つ、どうってことないわよ」

「エーコさん……」

「もうね、ウンザリしてたのよ! 大学にも、研究室にも、この《超古代文明》にかかわるすべてに! 私より知識もない、考える力もない、どうしようもない連中がアタマを押さえつけて! 見せかけの権力を振りかざして、幼稚な恫喝で私を黙らせればどうにかなると思ってるのよ、アイツらは!」

「ちょちょちょちょっと、落ち着いて」

「落ち着いてるわよ! 黙って聞きなさい!」

 エーコが、銃口をシンイチに向ける。

「うひっ」

 二人の間には、まだ十メートル近くの距離があったが、シンイチに具体的な意識、「ここから出た弾が当たったら死ぬ」と思わせるには十分なアクションだった。

「……でも、この《秘密結社ウトゥ》は、最初から私の力を認めてくれた。私を信頼してくれた。ここが私のいるべき場所だって確信したの」

 言いながら、エーコは陶酔の表情を浮かべる。それは、シンイチが一年ほどの付き合いの中で見たことのない顔であり、美しくもあったが、同時に嫌悪感を覚えさせる顔だった。

「だから私はここに来た。そこにある、《超古代文明》の痕跡をかき消すために。そんなもの、この世界にあってはならない。この世界に残しちゃいけないものなのよ」

「何言ってるんですか、エーコさん! 俺には全然わかりませんよ! いい加減、目を覚ましてください!」

 立ち上がろうと、シンイチは片膝をつく。

「うるさい!」

 叫びとともに、三発目の銃弾がエーコの手から放たれた。

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