【神田夜宵視点】身長だけの眼鏡

 なんやかんやで迎えた、体育祭当日である。

 あれから萩ちゃんは当然のように調子を取り戻し、絶好調だ。僕の体調もばっちり。何の憂いもなく体育祭を――、とはならないのが辛いところではある。


 駒田さんだ。

 

「いまは誰とも付き合う気がない」


 というのをそれとなく匂わせる、という作戦なのだが、その機会が全くないのである。よくよく考えてみればあの時だって、本当に珍しいことだったのだ。たぶん僕が何か具合悪そうにしてたから(もちろんそんなことはなかったんだけど)、来てくれただけなのである。それじゃまた具合悪い振りでもしてれば良いのかな? とも思ったけど、それは体育祭の今日やることではない。


 それでも萩ちゃんの話では、「彼女気どりであれこれ理由つけて接触してくるのではないか」ということだったんだけど、そういうこともない。女心って難しいな、と思っているところだ。


 さて、そんなことより、体育祭なのである。萩ちゃんはありとあらゆる種目で一位をかっさらい、クラス内のみならず後輩の女の子からも黄色い声援をもらいまくっていた。正直複雑な気分ではあるけど、仕方ない。恰好良いんだもん。


 僕はというと、まぁ無難な結果というか、辛うじて百メートルでは一位を取れたけど、いやもう、その時の走者に恵まれていたとしか。それで、だ。ちょっと困ったことになった。


 お昼休憩が終わり、応援合戦の後は、最も盛り上がる種目、各クラスの代表による選手リレー。萩ちゃんは当然のようにアンカーだ。ビリでたすきが回って来てもぶっちぎってやるぜ、と絶好調なのだが。


 そのリレーの大四走者のホウキ君が足を捻ってしまったのである。第四走者はアンカー、つまり萩ちゃんにたすきを渡す大役だ。


 こういう時のための補欠なのである。

 そしてその補欠とは――僕だ。


 僕は、自分としては運動は苦手な方だと思ってるんだけど、周囲からしてみるとそれは「常に南城といるせいでそう見えるだけ」なんだそうだ。「どんなに自信があっても、南城と比べれば一発でアウト」「これまで何人の鼻を折ったか(もちろん慣用句的な意味で)わからない」ということらしい。これでまだ萩ちゃんが何かしらの運動部に所属してたら違うんだけど、彼は一度だってその手の部活に入ったことがないのである。なのに、陸上部よりも速いのだ。それで自信をなくして陸上を辞めた子もいるという噂もある。


 というわけで、「お前は、自分が思ってるほど遅くないし、むしろめちゃくちゃ速いから」という理由で抜擢されてしまったのである。それでもホウキ君が怪我をしたり休んだりしなければ当然出番はないわけで、まさかそんなこともないだろうと引き受けてしまったのだ。


「ううう、僕のせいで負けたらどうしよう……」


 膝を抱え、そんなことを呟いて丸まっていると、ぽん、と背中を叩かれた。


「だぁーいじょうぶだって、夜宵。どんな順位でも、俺が絶対になんとかしてやるから」

「萩ちゃぁん……」


 なんて頼もしいんだ、萩ちゃん。


 そんなやりとりをしていると、選手リレーの出場者は待機場所に集合するようにという校内放送が流れて来た。よいしょ、と立ち上がる。待機場所に向かって歩いていると、後ろの方から、笑い声が聞こえて来た。


「さっきの聞いたか、『萩ちゃぁん』だってよ」

「女々しいよな、神田って」


 そんな声が聞こえた。

 後ろの方にいたのは、誰だったっけ。同じ方向に向かっているから、リレーの選手ではあるはずだし、話しぶりからして後輩でもなさそうだ。


「あいつアレで結構モテるんだぜ。どこが良いんだ、あんなの」

「顔じゃねぇの? あとほら、アイツん家、親がどっちも医者じゃん。金持ちだしな」

「ありそー。女子って、そういうとこちゃっかり見てるしな」

「良いよな、人生イージーモードじゃん。俺も医者の家に生まれたかった」

「俺もー」


 ぐっ、と拳を握り締める。

 僕の人生は君達が思っているほどイージーじゃない。恵まれていることは否定しないけど。でも、好きな人に好きって簡単に言えないんだぞ。勇気が出ない僕が悪いけど、それは僕が悪いけど、いまの日本は同性婚だって認められてない。そんないばらの道に、好きな人を引きずり込むわけにはいかないじゃないか。


 言い返したくても、なんて言ったら良いかわからない。下手なことを言ってケンカになっても困るし。


「おい、片田かただ迫田さこた


 僕の少し前を歩いていた萩ちゃんが、勢いよく振り返った。その言葉で、僕の後ろにいたのが隣のクラスの片田君と迫田君だということに気付く。ほぼ面識はないけど、確かどっちもバレー部だったと思う。


「お前らその鈍足でよくリレーに選ばれたよな。一組は他にいなかったのかよ」

「んなっ!? なんだと!」

「ちょっと足速いからって良い気になんなよ南城!」

「ちょっとじゃねぇよ。お前らの倍はえぇわ。ついでに言うけど、夜宵の方がお前らより速いからな」


 えっ、そうなの?! それは僕初耳なんだけど?!


「はぁ?! そんな身長タッパだけの眼鏡が俺らより速いわけねぇだろ」

「はぁ~? お前らちゃんと目ェついてんのかよ。夜宵のどこが身長タッパだけの眼鏡だっつぅんだよ!」


 ごめん萩ちゃん、僕は正直彼らの方が正しいと思うな。


「萩ちゃん、僕……」

「大丈夫。夜宵はいっつも遅い遅いっていうけど、マジでそんなことねぇから」

「だけど」

「っつーわけで、だ。俺らが勝ったら、お前ら、夜宵に土下座な」

「は?」

「何だと!?」

「ちょ、萩ちゃん」

「全部聞こえてんだよ、馬鹿。俺の耳の良さ舐めんな。どうすんだよ、あぁ?」

「じゃ、お前らが負けたら俺らに土下座な」

「おうよ、何でもしてやらぁ」


 忘れんなよ! と悪役の下っ端が逃げる時みたいな台詞を吐いて、片田君と迫田君は足早に去っていった。


「ちょ、萩ちゃん! あんなこと言って大丈夫なの?」

「うーん、まぁ、大丈夫じゃね? 実際夜宵は足速いし」

「僕そんな速くないよ」

「そうか?」


 どうしてそんな平気な顔してられるんだよ! 萩ちゃんに土下座なんてさせられるわけないじゃん!

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