#20 『4人目の聖女(4)』




 ■




 服を与えられ、自然になるようにウィッグを整える。

 今後は髪を伸ばすつもりだが、今は用意できない。


 鏡に映るのは、可憐な自分だ。


 僕はもともと中性的な顔であり、軽いメイクをすれば大抵の人の目には女の形として映るだろう。


 そんな僕の顔面と髪をいじっているのは、アシェリー。


「やばいわ」


 声が出る。

 普段「やばい」なんて言葉を使わないアシェリーだからこそ、彼女の今の精神状態が変であることが分かる。


「僕の方がやばいと思ってるよ。やっぱ止めない? 女の子の格好なんて、絶対、変態だと思われる……」


「――凄く可愛い♡」


「……」


 目が――逝っちゃってる。


「……。……。パンツも変えていいかしら?」


 アシェリーはそう言って突然、ズボンを下ろそうとする。

 平民ならスカートでなくてズボンタイプでも問題ないということで、今はまだその一線は超えていない。


「――流石に殴るよ?」


 僕は、女装して聖女を装うことに決めた。

 アシェリーはふざけているが、今は真剣に対処すべき状況だ。


 そのうえで、王国と交渉して聖教や聖女機関とのしがらみをできるだけ回避する腹積もりだが、……上手くいくとは思えない。

 聖女は王国の最大の利権であり、聖教においては教皇にも優先される神秘の存在だ。

 本来、その発言力は国王や教皇にも劣らない。


 だが、かつて遭遇した聖女キリエは自由を制限する類の首輪を装着し、操られていた。

 だから、実体として、聖女の権力は見せかけのものであると分かる。


「だからもう少し緊張感をもって欲しいんだけど」


「分かってるわ。でも貴方が可愛すぎるから仕方ないでしょ? この外見で男なんてっ……ぞくぞくするわ」


 舌なめずりするアシェリー。


「僕は別の意味でぞくぞくしてるよ」


 中性的な顔立ちが女装にピッタリと言えばそうかもしれない。

 そしてそれは女装するのには役立つかもしれない。


 でも僕には男の自覚がある。


 完全に納得しきれていない現状で、着せ替え人形のように扱われることにはかなりの抵抗感もある。


 そこのところアシェリーはあんまり理解してくれていないようだ。




「取り調べには、聖教の異端審問委員<クルセイダー>が動くみたいね」


 僕の髪を整えながら、アシェリーが言う。


「異端審問委員か……。悪名でしか聞かないけど、大丈夫かな?」


 僕らは聖教がある理由でかき集めている『ルナティック』という病の患者を救い出す活動をしている。

 その途中で何度か異端審問委員と交戦したが、彼らは末端でもかなりの実力者だ。

 聖女を除けば、聖教が持つ最大戦力と言っても差し支えない。


 こちらもあちらも被害が大きくなることから、互いに本格的な戦闘を避けているが……。


「あれは聖教内部からも度々問題視されるくらい『激しい』組織だから……でも、聖女に対して無体なことはできない筈」


 とそこまで言って、しかし相手が聖教となれば、思い通りに動くなどとは思わないべきである。アシェリーはそう考えて――、


「ただそれでも、最悪の場合を想定しましょう――その場で一戦構えることも有り得るわ」


 と想定を言葉にする。僕もおおむね同意だ。


「嫌だなあ」


「ええ、面倒ね。口止めが厄介になる――キリがないわ」


 僕とて僕にクルセイダーが攻撃を仕掛けてくる場合には、応戦することになる。

 異端審問委員を殺せば、何が起こるかは想像に難くない。




 そうならないために、アシェリーは作戦とは言えないまでも、今後の方針を言う。


「だから、今回の戦略は、できるだけ相手の都合に合わせてしまうことね。そして、そのうえで攻めの姿勢を取るわ」


「というと?」


「聖女機関か王宮か。どっちにしろ、一旦、相手の監視下に入ってしまいましょう。名付けて、『インチキ聖教丸裸作戦』よ」


 作戦名はともかくとして、敵の懐に入って内部から情報を盗み出すことには意義がある。

 今現在行っている僕らの諜報活動では、本丸の聖女機関や王城や学園の情報を取ることはできない。

 欠点として僕自身が探られる可能性が挙げられるが……。


「聖女機関や王宮への諜報はうまくいってなかったからね。僕が入り込めば連携がとれる……か。はぁ」


 今後はより警戒していかなければならないだろう、と思うと、自然ため息が出る。


「貴方に負担を掛けるのは申し訳ないけれど……」


「いやそれは仕方ないよ。それと……名前はどうしようか? 流石にイストと名乗る訳にはいかないし」


 アシェリーは少し考えて、人差し指で僕を指す。


「なら【イリス】でいきましょう」


「名前の由来は?」


「特にないわ」


「適当だなあ……」


「平民の名前って大体こんな感じでしょう?」


「まあ、確かに適当な名前の方がリアリティがあるのかも。イリス……イリスね」


 平民の間では、最近は少しおしゃれな名前を付けるのが流行っているらしい。

 最近の平民の地位向上もあり、王都も止めるつもりは無いらしく、貴族と平民で名前が同じだったりもざらにある。

 なお、僕も実際に王都でゼファという名前の傭兵を見たことがある。


 貴族連中にとってはつまらないだろうが、これも時代の流れって奴だろう。


 親が赤い月の日に生んだ子供に親がちょっと華美な名前を付けたとしても、対して気にされないだろう。


 僕の新しい名前は――【イリス】。

 聖女と認定されれば、初代聖女の名前であり、この国の名称でもある【シルリア】を付けて、【イリス・シルリア】と呼ばれることになるだろう。




 ■




 王都のフィアーノ公爵家、執務室にて聖女への審問が行われることになった。

 審問官は、聖教――聖女機関特権機関、異端審問委員、第7位【幻惑騎士】。


「我は【幻惑騎士】と、そう呼ばれている聖騎士なり。本日、我は聖女機関の代表として、お主に問うことがある。正直に答えられたし」


「はい」


 騎士と名乗るだけあってたくましそうな肉体を持っており、こちらが戦闘の準備をすればすぐにでも襲ってきそうな凄みがある。

 そして、どこかこちらを値踏みするような目が特徴的だ。


 魔力を可視化すれば、目の前の男の身体に多くの魔力が宿っていることが分かる。

 負けはしないと信じているが、この状態から一撃で殺せるかと言えば恐らく無理だろう。


「聖女よ。我らが所属する、聖教の【聖女機関】についてはどの程度ご存じか?」


「聖女を保護、育成する機関ですよね」


「ああ。本来であれば、生まれてから数日後には保護する必要があるのだが、我々の不手際である」


「では、僕もその聖女機関という組織に入る必要があるんですかね?」


「是である。お主には聖女機関所属の聖女として、世界を滅ぼす厄害や人々を脅かす厄病を祓って頂く――その命に懸けて」


 少しカチンときた。


「僕はフィアーノ公爵家に縁があってこの場にいますが、無条件であなた方を信用して聖女機関に所属するつもりはありません。僕はあなたがたを知らないし、あなた方だって僕のことを知らないでしょう?」


 そう言うと、クルセイダーの男は中空を見て『考える人(ロダン)』みたいになる。


「うーむ……。是である。聖女様にもお考えがあるのだろうな」


 あれれ?

 激高してくる可能性もあったが……。

 こいつ、意外と話し合いができるタイプか?


 いや、もしかして僕がこういうことを言うという予想があったうえでの人選だったりするのか。


「我は、聖女様のご意思を大切にするつもりである。然らば、我々は聖女様が我々について知って考える『機会』と『時間』を提供したい。――聖女様には、王立学園への入学を進言する」


「学園に?」


「ご友人のアシェリー殿も入学される学園にて、同年代の聖女や貴族との交友を深めて頂きたい。そのうえで我々と関わりながら、評価なさればよい」


「つまり、学園に通いながら、聖女機関には見習のような形で参加するということですか?」


「うむ。その見立てで間違いない」


「分かりました。その提案を呑みましょう」


 アシェリーと自然に連携を取りながら、聖女機関や聖教を探ることができる。

 妥結点としてはまずまずだ。




 話はそれからトントン拍子に進み――王立学園の試験日となった。


 僕の対応は特別のようで、面接試験で現れたのは、聖教の偉そうな人と、その横でにこやかに微笑む学園長だ。


「聖女様。我々一同、貴方様のご入学をお待ちしております。つきましては、本日は最終確認をさせていただきます。――まずは、受験番号と氏名を教えて頂けますか?」


「受験番号004番。名前は【イリス】と言います」


 手元に何かを書きながら、学園長が更に聞いてくる。


「専攻する領域は、魔法学園ですね?」


「……ん?」


 違うが。


「騎士学園への入学を希望しています」


「……ん? すいません、聞こえませんでした。今、魔法学園と言いましたか?」


「……」


 難聴か? それともこの歳にしてボケてるのかな?

 難聴だと信じて、大声で言ってみようかな。


 僕がそんなことを考えていると、学園長は更に続ける。


「聖女様。どの学園への入学を希望してますか? 魔法学園? 魔法学園? それとも魔法学園ですか?」


「騎士学園を希望しています」


「今、魔法学園と?」


「騎士学園!」


 少し大きな声で言う。


「魔法――」


「騎ー! 士ー!」


 もっと大きな声で言う。


「……ふむ。なるほど」


 学園長は納得したような声を出すと、隣にいる聖教の偉い人となにやらこそこそと話し合う。


 学園長は少し苦い顔をして、僕に言う。


「――。委細承知しました。聖女様」


 それで最終確認とやらは終了した。

 本当に大丈夫なのかな?


 僕は少し不安になった。だって大人はいつも嘘つくんだ。


 学園長は何が何でも僕を魔法学園に通わせたいみたいだ。

 これで騙し打ちのように「間違って魔法学園にしちゃいました。てへぺろ」とか言われたらグレるよ、マジで。


 それからはすり合わせするように、小さい部分についていくつか話していく。


「イリス様。当学園では原則として寮に入って頂く必要がありますが、その点は大丈夫ですか?」


「う……はい」


 正直女子として寮に入るのは少しアレなのだが、1年生だとほぼ強制入寮になっているらしい。

 その問題をアシェリーとも話したのだが、「普通に女子寮入ればいいじゃない」とアシェリーは言った。

 ジーザス!




 ■




 シルリア王城――玉座の間。


 統治者である国王が、外部者との接見に用いる部屋。

 権力を象徴する玉座と赤い絨毯の引かれた広間のある部屋。

 RPGとかで王様が居そうな部屋。

 多分、兵士も接見者も王様すら気持ちの落ち着かない、緊張感の漂う部屋。


 煌びやかだがシンプルな内装だが、部屋にあるすべては特注の魔道具による防壁であり、侵入者に対する罠であり、王への加護である。


 例えば、国王が座る玉座は、凡そあらゆる属性の魔法と物理攻撃を無効化する【障壁】の魔法で守られている。


 そこで、ゼファ・フィアーノ公爵と【国王グンキ】が対面していた。

 近くには『王の盾』と言われる王に侍る騎士団――『近衛騎士団』が強い圧力をゼファに掛ける。


 ゼファをして、生きている心地がしない場所。


「4人目の聖女か……あるいはお前が隠していたんじゃなかろうな?」


 王が問う。


「滅相もございません! 我が身は王国のため! 全てを捧げています! 我が娘の友人が4人目の聖女だったなどと、私にとっても全くの不覚だったのです!」


 イストが使用人だったことはゼファもアシェリーも伏せている。

 聖女の判明により過度な調査は中止され、「イリス=イスト」の方程式が暴かれることもなくなった。

 対外的にアシェリーの友人という形でおさまっている。


「その言葉を信じよう。ゼファ。だが分かっているな? 聖女の身柄は今後王国の預かりとなる」


「勿論でございます」


 ゼファが忠義を捧げるのはこの王だ。

 フィアーノ公爵家の歴史の重みが、ゼファの王に対する忠誠を確かなものとしている。

 貴族を重んじないアシェリーやイストとは違い、ゼファには上位貴族という古ぼけたコミュニティへの、確かな尊重があった。


「では、去って良い」


「はっ」


 ゼファは最大限の礼をし、下がる。


 近衛が扉を閉め、たっぷり10秒は経過したとき――、柱の陰に隠れていた人影が、姿を現した。


「こんにちは」


 黒いローブを被り、身体全体を隠した男がそこに立っていた。


「何奴!」


 近衛の一人がそう叫び、剣を向ける。しかし――、


「構わん。その男は客人だ」


 王は柱の裏に隠れていた者を客人と呼んだ。

 だが――、


「4人目の聖女に聖教が神経質になるのは分かるが、この王のことも信用できないか?」


 くぎを刺しているとも見える発言を、客人とやらに向ける。


「いえ、そういうわけでは……。ゼファ様の言っていることに虚偽もないようでしたので、私は退散させていただきます」


「さっさと帰れ」


 王は鬱陶しそうにそう言った。

 客人への態度にも見えない。

 男はもう一度柱の影に隠れると、そのまま消えてしまった。




 ■




 そして現在――学園入学の少し前の時間軸へと物語は戻る。


 王都の北にある公爵家の屋敷にて。

 僕はアシェリーとストレッチをしていた。

 少々屋敷に長居してしまったが、夜になる前に学園へと戻らなくては。


 さて、フィアーノ公爵家は武で鳴らした家であり、その一員は、普通ではない身体能力を持っている。

 僕もまた、そしてアシェリーもまた。

 そしてそれゆえ僕らには、他の貴族とは異なる常識を幾つか共有している。


 その一つは、移動手段に対するものだ。

 僕らはかなりの遠方を除けば、馬車や人力車などの"楽"な移動方法を基本的に禁じられている。


 そのため僕らは、一つの都市の間くらいなら、人の間を縫うようにして、時にはパルクールを利用しながら、移動する。


 で、今回も同じように。


「行こうか」


「ええ、行きましょう」


 2人は、荷物を手に玄関を飛び越える。


 もうすぐ陽が沈む街道に――人はまばらだ。

 これが夜になれば、ほとんど人の行き来はなくなる。


 僕らには夜の方が移動に適しているが、僕らが夜に活動できることは他者にあまり知られたくない。

 ――太陽が出ているうちに王都中央にある学園にたどり着く必要がありそうだ。


「ちょっとだけ急ごうか」


「オーケー」


 夕日に照らされた2つの影が、少しばかり速度を上げた。


 先を行くアシェリーが障害物を次々飛び越えている。

 僕もまた、それをなぞるように移動していった。



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