#14 『夜闇の中の出逢い(2)』




 ■ SIDE:アシェリー




 戦うことが、苦手だった。


 フィアーノ公爵家。

 王国の騎士の筆頭とされる家柄。

 傘下にも多くの貴族家があり、国王の覚えもめでたい。


 所有している騎士団は、王国の最高峰とも言われている。


 王都にある別邸で第二夫人である母に育てられていた私は、5歳になった途端に、実家に呼び出された。


『アシェリー。今日からお前も兄たちと同じく、戦闘の訓練を始めるぞ! 2年後には魔物を相手にしてもらうから、そのつもりで鍛える!』


『う、……うん』


 そういって、木剣を渡された。

 言葉の意味は分かったけど、それ以外は良く分からなかった。

 「なんで私が」ってそう思った。


 私は、戦うことが苦手だ。


 いつもは優しい父が、兄が、母が、剣を構えているのを見て。

 魔物と戦う騎士たちを見て。


 人の死に立ち会って。


 身が入っていないと怒られて、殴られて。


『アシェリーィ! お前には、罰として腹筋100回追加だああ!』


 心も身体も打ちのめされて。


『弱らせた虎などに負けては恥だ! やってみィ!』


 体中が、傷だらけになった。


『痛かろうが、その痛みがお前の力になるんだぁあああッ!』


 嫌いになった――魔法も剣も。

 戦いがあるから、優しいみんなが、私にきつく当たるんだと、そう思った。


『お父様、お母様。私、剣はもう握らない』


 父が呆然としていたのを覚えてる。


 みんな、結局、優しかった。

 私がやりたくないと言ったら、剣も魔法の授業もなくなった。


 家庭教師の宿題が少し増えたくらい。


 勉強は好きだから良いの。

 学術学園に入って、将来的には、学者とか研究員になれれば良い。




 ――その苦手の代償がこれなの?




 暗い場所に閉じ込められ、悍ましい魔物が身体に次々と手を伸ばしてくる。

 引き裂かれるような乖離感と、暴走する魔力と、頭がぐちゃぐちゃになるような痛み。


 自分ではない何かに、体を取ってかれるような痛み。

 周りにいる少女たちもまた、同じ苦しみに苛まれ、人格を保てていないものさえいた。

 私も何度も気絶と覚醒を繰り返していき――、

 肌が黒く染まっていって――、


 絶望する。

 絶望に、付け込まれるようにして、意識が剥離していく……。


 『シャドウ』に乗っ取られて往く。




 ■




 馬車を追いかけ、20分くらい経った。

 深い森の中、平坦な小屋があった。


 小屋の前では、松明を持った大柄の男が番をしている。

 馬車から出てきたスキンヘッドの男に、声をかける。


「おいおい、尾行されてないだろうな?」


「大丈夫だ。問題ない」


 自信満々にそう言ってるけど、残念ながら僕が尾行している。


「お前、そう言って前も連れて帰ってきただろう?」


「あのときのことは言うなよ。俺が責任もって殺したろ?」


「荒事になるのが嫌なんだよ。聞けば今回のターゲットの1人は王国のお嬢様なんだろう? 王国の有名な武人と殺りあうなんてやーだよ、俺」


 僕は、何か怪しい話をしてるな、と訝しむ。


「今回は本当に大丈夫だ。仲介屋と話をつけてきただけなんだから、そんな神経質になるなって」


「俺らみたいな仕事で、神経質になり過ぎて困ることなんてないよ。仲介屋については、……中で話をしよう」


「オーケー」


 会話の後、すぐに、2人は小屋の中に入っていってしまった。


 仲介屋って何だろう?

 ――と、少し思案して、考えても無駄なことだと悟る。


 いいさ。

 知りたいことがあれば、中に入って、盗み聞きしてしまえばいいんだ。


 犯罪者っぽい人相だし、実際犯罪っぽいことを言ってたし……。

 あれだけ怪しいんだから、プライバシーの侵害とか言われる道理もないだろう。


 正面にいた彼は見張りだと思ってたんだけど、中に入っていってしまっている。近くに人の気配もないし――正面から入っちゃうか。


 隙間から小屋の中を見ると、やたら暗くだだっ広く、木箱やゴミが散乱していて視界が狭い。


 それを確認し、ドアを開ける。

 意外なほど音はせず、僕は抜き足差し足で小屋の中に入った。


 気配を消して歩くのは得意な方だと思ってた。

 だが、失敗した。


 ドアを開け、入ろうとした途端、「ミシ――」と床を踏み抜く音が鳴ったのだ。


 それは、攻撃の合図だった。




 気配を感じ――、


「――ずっと気づいてたぜ。てめえがついてきてるのはよぉ!」


 次の瞬間――ナイフが右側から出てきた。


「む――」


 【身体強化】の魔法を常時発動させている都合上、僕の体に攻撃は通りにくいが……、今の強化具合では無傷では済まない。

 そのうえで、流石に障壁を張る暇もなく、左手でナイフを捌かざるを得なかった。


 ナイフの刀身に沿うように手の側面をなぞらせ、軌道を変えてやる。


「僕の尾行……どうやって気づいたのか、参考までに聞けないかな?」


「それを知ってどうする? あの世で使うのか?」


 スキンヘッドの男はそう言って、両手にナイフを持つ。


「隙を攻撃したのを捌いたのは流石だ……だが、お前は俺に勝てないし――」


「悪いけど、僕は君に負ける気はしないかな?」


 僕はそう言うが、男は動じずに続ける。


「――当然、『俺たち』にも勝てねえよ」


 ――目の前の男は中指を立てながら、上を向く。


 その瞬間にはもう、盗賊の武器はナイフだとばかりに――、僕の真上から、投げナイフの雨が降ってくる。


「負けないよ。上から見てる『君ら』が合わさったとしても、ね?」


 気を抜いてなければ、僕も多少は経験を踏んだ剣士の端くれ。

 気配には気づいていた。


 ただ魔法を生起する。


「【氷障壁】――アーンド、障壁殴り!」


 障壁は固い。

 固いものでたたかれると痛い。

 ナイフを防ぐと、そのまま目のまえのスキンヘッドの男の胴体へ向け、障壁で殴る!


「おごべぁ!」


 スキンヘッドが吹っ飛んだ。


 更に僕は風魔法を使って、マ〇オみたいにジャンプする。

 相手は体育館のキャットウォークみたいな通路に並んでる奴ら。

 ドミノ倒しのように追突事故させ、一網打尽。


「ぶぎゃっ」「へぶっ」「ぼぎゃん」


 全員、制圧完了!


 ここ最近魔物と戦った経験上――分厚い【氷障壁】を作って、【身体強化】した身体に纏ってぶん殴る――それだけで大抵の魔物は吹っ飛んでいくことに僕は気づいた。


 技名は、【障壁殴り】。

 戦闘中になんとなく口が滑ってこの名前になった。


 今回は少し威力を抑えたが……いい感じに動作してくれた。

 やっぱ思った通り、良く分からない弱めの敵を適当にあしらうのには最適だ。


 防御をしながら、攻撃にすぐ転じられるという点でもグッド。


 それにしても、まさか尾行がばれてたなんて。

 相手の方が上手だったってことなのか……。


 まあ、僕も尾行の名手ってわけじゃないから、……うん、今後に生かすしかない。


 以前の僕なら苦戦したかもしれないけど、今の僕の体は絶好調だ。

 あの程度の相手なら負けることもないだろう。


「殺してはないから、いずれは起き上がってくるだろうけど……」


 今のところ、僕は不法侵入者で相手は撃退しようとしただけだ。……いきなり肉体コミュニケーションは如何なものかとは思うが。


 彼らの処遇は中を検めてからにしよう。




 とは言ったものの――、ざっと調べても特に何もなさそうだった。

 そこらへんにある木箱も、中に何か入っている訳でもなかった。


 犯罪者っぽいと決めつけたのは悪かったかな……。


 10分も探して回ったあと、調べるのを止めようとしたところで――、


「ん? 何か聞こえる?」


 遠くから叫ぶような声が聞こえたのだ。


 一瞬、盗賊たちが起きたのかとも思ったのだが、そうではない。


 音源は僕の足元、音の響きは甲高く、男の声には思えなかった。


「足元……」


 魔力視を発動させ、床を見る。

 木でできた床で、少し歩けば軋むくらいの、雑な作りの床だ。




 自然物には魔力が宿る。

 床にも当然、魔力が宿っている。

 しかし、僕の足元に見えたのは、自然の魔力のそれと違うものだった。


「――何だろう……少し、大きめの魔力?」


 魔力は普通は壁みたいな遮るものがあると自然物の魔力と重なって見えない。

 だが、大きな魔力だと見えることがある。

 床を貫通して可視化できる魔力となれば、それはかなり強力だ。


 なんだろう。

 貴族? 魔物?


 僕は床を破って、光で照らしながら、――地下の部屋へと降り立った。




 ■ SIDE:アシェリー




 ここにいる少女たち全員が、絶望していた。

 神が、奇跡が、自分たちを救ってくれるのだと、縋るしかなかった。


 だからこそ、そこに現れた『彼』は――、


「ああ……っ」


 御伽噺で語られるような――まさに私たちにとっての『救世主』だった。


 夜の地下――男は、月光さえ射しこまないそこに光を纏って現れた。

 ゆったりと降り立つ様は、世界の法則を捻じ曲げているかのよう。


「これは……ルナティックか」


 嫌なものを見るように、彼は私たちを見やる。

 全身の肌が黒く変色し、化け物のようになった私たちのことを、忌んでいるのだろうか?


「僕と同じか――」


 そう言うと、彼は、私の首に触れてきた。


「少し痛むけど、耐えてね」


「ぁあッ!」


 次の瞬間――白い光が私の近くを漂ったかと思えば、身体に強い痛みが走った。


 耐えきれないほどの痛みが。

 痛みを耐えた後、安らぐような癒しが。

 そしてまた痛みが……。


 ひと思いに、殺してほしい。


「……痛いかもしれないけど、もう少し耐えてね」


 そんな優しい声を聞きながら、私は気を失ってしまった。




 ――長い痛みと安息の繰り返しを耐えた後に、救いがあった。


「これって……」


 両手を見ながら、確認する。


 黒く変色した肌が、白く戻っていた。

 銀色の髪も元の光沢を取り戻し、身体はすこぶる調子が良い。


「凄い、……全部、元通り」


 身体の調子は普段よりも良いくらいだ。


 気が付くと、近くには私と同じくらいの背丈の男の子がいた。


「起きたみたいだね、君も手伝ってくれない? 人手が足りないんだ」


 男の子が近くの女の子を地面に押さえ込んでいた。

 女の子は、苦しそうだ。


「私を助けてくれた人、よね? 一体、あなたは……?」


「僕はイスト・ル――じゃなくて、ただのイスト。偶然通りかかっただけだから気にしないでいいよ」


「賊の根城に、偶然?」


「あーまー、少し偶然じゃない部分もあるけど……広い帝国の中で盗賊の馬車が奔ってるのを見つけたって考えると、大した偶然かもね」


 そう言いながら、彼は私と同じように捕えられていた少女たちを治療している。

 メカニズムは分からないが、それは聖女にしかできない筈のことだ。


「……偶然じゃない。これはきっと奇跡よ」


「へ?」


「救世主……イスト様」


「はい? キュウセイシュイストサマ?」


「私たちを――救って頂くれて、感謝に耐えません。あなたを主と仰ぎ、私はこれからあなたのためだけの剣となるでしょう」


「うん? まあ、ちょっと待ってて。あと3人も治しちゃうから」




 ■




「ありがとうございます」「あなたは救世主です」


 少女たちが罹ってた『ルナティック』の病を治すと、彼女らは思い思いに感謝を伝えてきた。


 3人の少女たちはみんなメイド服を着ている。

 おそらくはドレスを着ている子の侍従なんだろう。


 戦闘は恐らく素人――しかし、全員がかなり多めの魔力を秘めているのが分かる。


 自分の魔力を客観的に見るよりも雄大に、それは『ルナティック』による魔力の増大の事実を表している。




「【アシェリー・フィアーノ】」


 僕は、少女から聞いた名前を反芻する。

 知ってる名前だ。


 なにせ王国の公爵家。

 ルケ家は永久に関係を持てないかもしれないくらいの名家である。


 特に、『武術』で鳴らした家だとか。


 彼女――アシェリーからはそこまで武者の気配的なものは感じないが……。


「フィアーノ公爵家のご令嬢でしたか……。では、あなたは王国に帰らなければなりませんよね?」


「はい。そうです。それと、敬語は止めていただけませんか? あなたにそんな風に接して頂くような者ではないので……」


「公爵家の人に向かって、そんな砕けた話し方は流石にどうかと……」


 僕とて一応は王国の貴族社会の人間だ。

 目上の人に目を付けられることが厄介なことは知っている。


 相手との距離感でちょうどいい話し方がある。


 フランクに話せと言われても、空気を読んで敬語を使う必要がある相手はいる。

 例えば、『公爵』とは、そういう階級の人たちだ。


 ただ、立場は場所や格好が作るものでもある。

 僕はもう貴族じゃないし、僕たちは子供同士で、ここは山奥の悪い奴らの拠点だ。


 王都の会食会でもないなら……いいのか?


「じゃあ、取り敢えず敬語は止めておくよ。僕もそっちの方が喋りやすいしね」


「はい。ありがとうございます」


「まあ、それは良いとしても……うーん。どうしようかな……」


 彼女らを不憫に思ったのも事実だが、僕が彼女らを助けたのには少々の打算があった。


 彼女らの状況を見れば、聖教の犠牲者であるに違いなく――、僕がこれからやりたいことを助けてくれる仲間になってくれるのではないかと思っていたのだ。


 勿論、そのやりたいこととは、悪しき聖教への反撃だ。

 そのために、「仲間を増やす」ことが今の目標だ。


 だが、王国の上級貴族は聖教への信仰心は篤いと聞く(事実かは分からないが)。

 下手なことを言えば、信仰への冒涜だと見做されてしまうかも?


 ……。


 まあ、仮に彼女らが僕の仲間にならずとも、彼女らを浄化したことで、聖教の連中への意趣返しくらいにはなるだろう。


「……いや。やっぱ、なんでもないよ」


「イスト様……私たちに何かお望みのことがあるのであれば、言ってください」


「うん?」


「そういう表情だったので。――もし私たちができることがあれば、なんでもやる……あなたに私の全てを委ねます」


 他3人も強く頷く。

 でもそう言ってくれるなら、折角なら――。


「じゃあ、今からちょっと、変な話をするけど……いいかな? 教えてあげるよ。この世界の真実を――」


 そう言えばルアンが同じような感じで話してたな。

 王命騎士団とか言う組織が何やら悪いことをしてるとか……。


 あのときは陰謀論だと鼻で笑ってたけど、実際に陰謀があるんだから仕方ない。


「君たちが誘拐された理由は……、君たちを『ルナティック』に罹らせて、その身柄を『聖女の魔法』に利用するためだ」


 僕は、僕に起こった出来事の断片から、聖教の闇を継ぎ接ぎながら、話し始めた。



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