タイトル未定

@newjoa1038

第1話

暗いな、というのが第一印象だった。


管理棟の隅に追いやられた、窓の無い小さな暗室。かつて写真部が使っていたというそこは、一般生徒であればまず立ち寄らない廃墟さながらの淀んだ雰囲気を醸し出している。それでもその部屋が現在進行形で使われていることが分かるのは、入口の真上に煌々と灯った「使用中」のランプとドアの向こうから途切れることなく響き続けるタイピング音があるからだ。


(本当にいいのかな……)


ここまで来てなお悩みそうになる気持ちを無理やり飲み込んで、控えめに、けれど相手にはしっかりと伝わるようにノックを2回。タイピング音がパタリと止んで、ドアの向こうからどうぞー、と明るい声が聞こえてきた。


伊藤優、16歳。今日からここが、私の新しい居場所になるのだ。



ギシギシ歪む立て付けの悪いドアを開けて、最初に目に飛び込んできたのはありとあらゆるプリントが散乱した床と手書きのメモに埋め尽くされた壁だった。あと全体的になんか黴臭い。想像の斜め上を行く汚さに思わず絶句していると、部屋の奥、本と雑誌の積み重なった狭い机にかじりついていた人物が回転式の椅子に座ったままくるんとこちらを向いた。新しく入る子だよね、と嬉しそうに立ち上がった相手の姿を見て、私は部屋の汚さに対する衝撃を吹き飛ばす勢いでそのルックスに度肝を抜かれた。


アイドルも顔負けの華やかな目鼻立ち、仄暗い部屋の中でも映える色素の薄いさらさらの茶髪、すらりとした細身かつそれなりの高身長。この辺鄙な田舎の高校に通っているのが信じられないぐらいの逸材が、あろうことかせんべいをバリボリ食いながら満面の笑みでこちらへ近付いてくるのだ。驚くなという方が無理な話だろう。


「いやー、見ての通り部員1名の廃部寸前弱小部だから入ってもらえて本当に嬉しいよ〜!わざわざこんなとこまで来てくれてありがとね」

「えっ、え、そんな……こちらこそ……?」


せんべいを貪るイケメンに本当に嬉しそうにそう伝えられて、私は訳が分からないままに適当な返事でその場をやり過ごそうとする。が、流石に名前も伝えないのはまずいだろうとまともな思考に行き着いて、後ずさろうとしていた身体をぴたりとその場に押しとどめた。


「改めて、本日より転部してきた伊藤優です。よろしくお願いします」

「はいはい、ゆうちゃんね〜。俺の自己紹介もいる?まあ初対面だしいるかあ」


イケメンは私の自己紹介にふんふんと頷き、問い掛けに勝手に答えを出すと真っ直ぐにこちらの目を見た。瞳の奥を射抜くようなその強い輝きに思わずどくん、と胸が高鳴る。


「2年の長谷川恵。「めぐみ」って書いて「けい」って読みます。じゃ、改めてよろしく!」


そう告げてからりと笑ったイケメン、もとい長谷川先輩は圧倒的な陽のオーラを放っていて、ぐちゃぐちゃに汚れた部室とのコントラストはいっそ痛々しさまであった。精巧な顔立ち、明るさと打ち解けやすさを兼ね備えた笑顔。ビジュアルだけ見れば満点だろう。


(なんでこんな先輩がここにいるんだろう……)


思わず心の奥に抱いてしまった疑念を慌てて笑顔で覆い隠して、私はもう一度先輩によろしくお願いします、と頭を下げる。菊園高校文芸部。部員は私と先輩の総勢2名。


(私はここで、見つけてみせる)


固く握り締めた手のひらに、ズキンとあの時とよく似た鈍い痛みが走った。

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