第29話

 今日の夢が始まった。

 晴れた日のどこかの駐車場。

 中くらいの大きさ、そんな車の周りで派手な奴らが騒いでいる。車のエンジンはつきっぱなしで、運転席に居る奴も笑っていた。

 その内の一人が別の奴を持ち上げ肩車する。肩車された方は「お? なんだ?」とか言っているが、また大声で笑い出した。

 駐車場には他の車もあり、とても迷惑そうな連中に見える。


『分岐です。彼は屋根に乗りますか? それとも降りますか?』


 とてもイージーだ。考えるまでもない。こんな奴らの為に、一生懸命に悩む労力も惜しい。

「答えは『降りる』」

 肩車された男は助かった——。


 今日の夢。

 駅のホームだ。

 半袖のワイシャツを着た男が一人、乗り場近くに立っている。ホームの両側には柵が設けられており、乗り場部分の自動ドアは閉じられていた。

 遠くから汽笛の音が聴こえる。


『分岐です————』

「飛び降りない」

 この男が善人ならば、この男が死ぬ必要はない。悪人だったとしても「望む死」を、与えるつもりはない。

 男は助かった——。


 何日か過ぎた。もう八月だ。今日も映像が流れる。

 今月から始まるブロック予選のレギュラーに俺はかろうじて入り込む事ができた。ポジションは左のハーフ。俺の希望していたポジションはトップだったが、そんなのはどうでも良い。試合に出れる事が嬉しかった。

 そして浮かれた帰り道、また陽菜に会った。俺のポジティブな近況報告の事もあり、この間の不愉快な会話と打って変わって今日の会話は弾んだ。頼むから、そんな良い気分を壊す様な夢を、見せないで欲しい。


 今日の夢の内容——映像は病院だった。

 ベッドで上体だけを起こした俺の母さんくらいの女と、ベッドの傍にいる白衣の男が話している。


『分岐です。彼女は手術を受けますか? それとも————』


 これは難しい。

 何の病気かは知らないが、治すのに必要だから手術をするのだろう。しかし、失敗のリスクもある。

 手術しないと死ぬ病気なのだろうか。

 死なないけど、苦しみが続くタイプの病気なのか。

 前者なら、リスクを冒してでも受けた方が良い。後者なら、生き死に考えるなら、やらない方が良い。ただし、それが幸せかどうかはわからない。

 彼女はどうしたいのか?

 彼女は怯えた表情をしていた。気の毒に感じる。

 では医者はどうか。

 笑顔ではあったが、緊張していた様に思える。難しい手術なのか。それとも、彼女を説得するのが難しいのか。

 冒険させて良いのだろうか。

 彼女のリスクは死。

 俺のリスクは罪悪感。

 比べるまでもない。

 決めたくないが、決めなくてはならない。

 選ばなければ自然な結果にはなる。

 だが果たして彼女は今の怯えた状態で、正しく意思を示せるのだろうか。

 彼女が持つ「どうしたいか」を、きちんと選べるのだろうか。


『まもなく時間です——————』


 ——俺が決めよう。

「答えは『手術を受ける』」

 彼女は助かった——。



 

 もうすぐ夏休みが終わる。

 今日から予選トーナメントが始まった。相手は春にあった総体の予選、その二回戦で当たった相手だった。その時は負けたが、今回は違う。3対0で俺達が勝利した。

 危なげなく、ではなかったが、相手に攻められるたびに陸達ディフェンダー陣だけでなく、チーム皆んなでそれをことごとく潰して行った。練習中、あらゆるシチュエーションを想定していた成果である。

 それは攻撃にも活き、結果的に一点も決められる事なく勝つことができた。このまま勢いに乗りたい。


 今日の夢。

 何処かのコンビニの駐車場。

「うるせえぞ馬鹿野郎!」

 怒鳴る男だ。どうやら酔っ払っている。

 怒鳴られた相手は迷惑そうにしていた。

 男が近くの車に近づく。


『分岐です。彼は車に乗りますか————』


 迷惑な男ではある。だが、死ぬほどの事でもない。死刑になった、あの男と比べれば。

 それに事故なんて起こされたら巻き込まれた方が可哀想だ。

「答えは『乗らない』」

 乗らずになんらかの形で死んでしまったならば、それは仕方ない事だ。男は助けられなかったが、犯罪は未然に防げた、そういう事にしておこう。

 男は助かった——。


『分岐です——』

『分岐です————』

『分岐です——————』


 俺達は勝ち進み、決勝トーナメントへの切符を手に入れた。ブロックの組み合わせのお陰もあるだろう。総体の二回戦で敗退した俺達にとっては、この上ない快挙である。だが満足するわけにはいかない。十月の決勝トーナメントへ向けて、より一層頑張らなければ。

 そして夏休みは終わり、二学期も変わらず過ごしている。変わらず、部活に真剣に打ち込んでいる。嶋田とはまだ一度も話していない。


 今日の夢。

 バイクに乗る男の後ろ姿がある。

 それが歩道に近づいた。

 歩く女性から荷物を奪う。


『分岐です——』

 

 死ねば良いと思う。だが、助かったならばそれでも別に良い。ナンバーをバッチリ撮っている奴がいた。どうせ捕まるだろう。

 こいつの危険な運転に巻き込まれる人間がいない事を願う。


「『左へ曲がる』」

 なるべくを選んだ。

 バイクが大きく傾き、そして倒れる。

 脚を車体に挟まれ、男の体はしばらくバイクと一緒に対向車線へはみ出たが、そのうち解放されて地面を転がった。

 バイクだけが更に滑り、歩道に植えられていた木にぶつかって止まる。

 男の直前で車が急ブレーキを踏んだ。

 男はぐったりしている。

 だが、頭が動いた。起きあがろうとしている。

 ————なんだ助かったのか? 運が良いヤツ。

 だがこれで懲りただろう。良しとする。


 俺は自分の感覚で、死ぬべき人間とそうじゃない人間、どうでも良い人間を仕分けていた。死ぬべき人間にはまだあの男以外に出会っていない。

 死ぬべきではない人間は全力で救いたい。

 どうでも良い人間はどうでも良い。

 もし死ぬべき人間がまた現れたなら——。


 その時は、全力で殺す。


 俺はそんな決意を胸に秘めて、この夢を、観続けている。

 昼間も、そして夜も、俺はいつでも真剣だ。

 


 第二章

 俺は夢をどうしたい?


 終わり。 

 


 

 

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